第54話 ハサット先生
何で?この男は自分の故郷の事を知っているんだ?と、グレアラシルは更にアルセア・ティアードを疑った。
それに、本当にメルヴィレッジの行政官なのかも分からなかったし、証拠も無かった。
かと言って、今更証拠を出せ!と言うのも失礼な様な気がしたので、グレアラシルはこの一言に絶句するしか無かった。
「ああ、そうですよね。急に自分の故郷を名指しされて驚きますよね。実はグレアラシルさんの苗字のハサットに聞き覚えがあったのです。確かお父様が昔クレモストナカでは魔法学校の先生をされていましたよね?」
急に親の、しかも父親の話を切り出されたグレアラシルは、非常に困惑した状態になった。
何故なら、グレアラシル自身は小さい頃から母親と二人暮らしで、父親と暮らした記憶が無かったのだった。
「いや、すんません。実は俺の両親離婚だか別居だかしてて小さい頃からつい先日まで、全くと言っていい程父親との接触が無いので、この話も初耳なんですよ。なので、聞き覚えがあったと言うのだけ信じることにします。」
グレアラシルはそう言って、ペコリと頭を下げた。
アルセア・ティアードの方はそれを見て苦笑いをした。
「そうですか、それは大変失礼な事を言いました。そうだったのですね。私はハサット先生から魔法を習いましたので、非常に印象に残っていたのです。」
グレアラシルは、あまり会った事も無い父親の素性が実は魔法学校の先生だったと言う事実に驚いていたが、この会話の歯車が少しかみ合わなくなっていた事に疑問を感じ始めた。
そもそも、この男は基本的にセレスに会いに来たのでは無かったか?
グレアラシルは特に、この男と何か話が合う事も無いと感じていたので、そろそろ引き上げてもらうことにした。
「と言う訳なので、今は店主は居ませんので、日を改めて来てもらえるとありがたいですね。それとも、会う日を予約しておきましょうか?言伝しておきますよ?」
グレアラシルはそう言いながら、近くのテーブルに置いてあったメモ帳とペンを手に取った。
「いや、そうですね。今日はとりあえず撤退する事にします。また、営業中の看板が下がる頃に来ようと思います。」
と、アルセア・ティアードは本棚を見渡しながら答えた。
そして軽く会釈をしながら、
「では、また。」
と言いながら店のドアを開けて出て行った。
後ろ姿は、アズワルド商店街の裏道を抜けて、表通りに向かって進んで行く。
その姿が見えなくなるまでグレアラシルはドアの前で佇んだ。
「一体何をしに来たんだ?本当は。」
それが本音だった。
セレスが居ないのを確認したら、早々に帰っても良さそうなモノなのに、何故か見ず知らずの男に話しかけてきて更に、クレモストナカが故郷では?とも言って来た。
「何か怪しい。」
グレアラシルは、そう言いながら、セレスに習った方法でドアに鍵をかけた。
ソラ・ルデ・ビアスの書架を後にしたアルセア・ティアードは、特に収穫も無く会いたい人物にも会えずに終わったと言うのに、その顔は満面の笑みだった。
しかも、予期せぬ収穫が得られたとも言いたげな顔をしていたので、知らない人が見たらちょっとニヤニヤしている変な人に見えたかもしれない。
ただ、一つ心残りだったのが、グレアラシルの変幻した姿を見られなかった事かも知れないと、アルセア・ティアードは思っていた。
「まぁ、とりあえず、ハサット先生の言っていた『欠陥品』の実物が見られただけでもヨシとしよう。」
メルヴィの男は、チラリとソラ・ルデ・ビアスの書架のある方向に目を向けると、またスタスタと歩みを早めて行った。
不意の来客?があったのに、グレアラシルは何故かお茶を出そうと言う思考に至らなかった事を不思議に思っていた。
普段なら、誰か来る度にお茶を出そうと身体が動くのだが、今回は全くそんな気にならなかった自分に驚いていた。
それとも、自分は本当はお茶を出すのも面倒臭い面倒臭がり野郎なのかも知れない?とも思ったりしたが、たまたま今日はそんな気分だったのだろうと自分に言い聞かせていた。
「それにしても、久しぶりに苗字の方を名乗ったな~。」
それは、クレモストナカではもしかして見知った人かも知れないと思って、それで苗字を出したのだろうと思っていたが、まだか父親の話が出て来るとは夢にも思わなかった。
「ずっと母ちゃんと二人でやって来てたからな~。」
昔の事を思い出しながら、『初めての魔法』の本をまた開いた。
何か簡単な、誰でも出来る魔法からでも使える様になって、セレス達の役に立ちたいと思っていた。
が、『初めての魔法』程度の魔法から練習して行って、一体何年経ったら彼らに追いつけるのか?と思い始めると、魔法の練習をする気がどんどん小さくなって行くのに気が付いた。
「とりあえず、次は、冷たい水を熱い水~つまり熱湯にする魔法を試してみましょうかね!」
そう言いながらグレアラシルは、台所に行ってコップに水を汲んだ。
この魔法が成功したら少しは生活の中で便利に使えるようになるだろうか?と、淡い期待を抱きながらコップの水に魔力を注いで行った。




