毀誉褒貶
俺はルーヒル達に今朝スカルラット邸で焼いたあんパンとカリーパンを10個ずつ差し入れた。
ポーターがパンを詰めて並べた箱を恭しくパカ……と開けるところを見てぽかんとしているルーヒル達、ちょっと面白かった。
普通にお土産、かつ新聞広告に出してもらう話もするから持ってきた。表向き今回の訪問は『広告を出す話』をしに来た、ということになっている。
だがまあルーヒル達も最近の記事の危うさを指摘しに来るのだろうと何となく予想はしていると思う。
工房の見習いっぽい女子が用意してくれたお茶は緑茶だった。デミオ辺りに俺の好みをリサーチしたんだろうか。
「こっちはあんパン、甘い豆のクリームが入ってます。こっちがカリーパン、少し辛めのソースが入ってます」
雑な説明だけしてとりあえず食べてもらう。
「はあ、いただきやす。……お……ふむ」
「! うま……もう一個……」
「おい、今は一個だけにしろ」
「……これスカルラットで売るんですよね? 王都では売らないんでやんすか?」
「王都ではまだ。評判によっては王都の薬局でも売れるかもしれませんね~~」
リアクションは悪くない。緑茶は俺がいつも飲んでいる物と少し風味が違うが美味い。あんパンに合う。後でいいタイミングがあれば牛乳も合うよと言おうかな。
ビートにも勧めたが「……後でいい」と素っ気なく言われた。
食べてもらいながら、俺は先ほど起きたことを適度にはしょりながら伝え、早過ぎる訪問を詫びた。
「そうですか……帝国の商人がビートを連れて行こうと……」
「違法な取引をしていないかとか帳簿を見せろとか、私が威嚇……怪しんでいる姿勢を見せたため暫くは控えるんじゃないかと思われますが」
「この子を気にかけてくださってありがとうございやす。コレリック家の騒動があったばかりのこのご時世にそんなナメた奴らがいるとは……注意喚起しないといけやせんね」
「えっと、彼らは奴隷を調達しようとしていたというより……ビートの力が目当てだったようなのですが」
「!! ……お前、話したのか?」
ルーヒルがビートに『アマデウスに"嘘がわかる能力"を打ち明けたのか?』という意味らしき問いを投げるとビートはぶんぶん首を振った。
「……そいつら、たまたま俺をフーリイアン族だと知ってた商人だったんだ」
「そうなのか。じゃあ、その商人から……」
ルーヒルは"嘘がわかる能力"については商人ズズウから俺に伝わった、と解釈したらしい。そうじゃないけどそういうことにしておくか。
少し動揺したり驚いた顔をしている新聞社の面々。ここにいるメンバーはビートの能力を承知済みか。ズズウ達が違法取引をしているって話は彼の力を踏まえた上で説明したいのでそれは丁度よかった。
「―――――そんなわけで、帳簿の購入欄に"毒"の字があった貴族に関して、何か知っていたら教えてほしいんです」
俺の手帳の名前に目を通したルーヒルは眉を寄せながらも口元を笑みにした。
「へへっ……丁度こいつらの情報をいくつか記事にしようと思ってたところだったんですよ。先行記事飛ばしてちゃんと逮捕されりゃあ俺の命狙ってくる輩は減りやすかね、増えやすかね」
「逮捕でちょっと減って新規で多めに増えるかな……いや笑い事じゃなく。その話もしに来たんですよ」
俺は『全民裁判義務法令』とジョアンナ様の懸念を説明する。
ジャルージ辺境伯家とネーヴェ妃殿下の名前はまだ出せないが、協力してくれる貴族も見つかりそうだから数年内には成立・施行するはずだと。
「ジョアンナ修道女……今は大司祭様でやんすか。彼女に世話になった貧民は多い。王都の聖職者ってのは貴族の末子とかが多くて汚れた貧民の相手なんかは嫌がったり避けたりする御方も多いが、彼女が率いる一派は皆親切だって聞きます。ジョアンナ様本人は嫌な顔しながら『きったないねえ!! 洗うからさっさとこっちおいで!!!』とかでっかい声で言うらしいですけど……。まるで近所の世話焼き婆さんみたいなお人で、慕われてますよ。確かにジョアンナ様ならこういうことをお考えになるかも……」
「ええ、慈悲深い方です。ジョアンナ様のお心遣いを無駄にしないためにも……」
「貴族批判の記事を書くなって仰りたいんですね? それは……」
「いえ、そうじゃなくて」
「へっ?」
「書くなとは言いません。休み休みというか、交互にしてほしいんです」
「交互……?」
「批判記事と、褒めちぎる記事を交互に出すようにしてほしいんです。少ないかもしれませんが全くないわけじゃないでしょう? 褒める余地がある貴族の話題も」
「まあ、なくはないですが……」
今流通している新聞は犯罪やトラブル、政治や新しい法、流行や恋愛沙汰についてなどのもので、『ちょっとした美談』みたいな記事は俺の観測した限りない。そういうのを書いても読者の反響がわかりにくいってのはあるのかも。
糾弾するような記事ばかりだと貴族そのものを批判されているように感じられ、貴族全体の反感を買ってしまう。だが褒める記事を適度に挟めば後ろ暗いことがない貴族は『批判されている貴族と自分は違う』と思えて、気分をそこまで害さない。
ルーヒル達記者を味方になり得ると考える貴族も出てくるだろうし、名誉欲を満たすために善行を施す貴族も増えるかもしれない。
批判の対象を"貴族"から"横暴な貴族"に限定する。それだけでも印象は結構変わるはずだ。
「提案というか、これは依頼ですが。貴族を褒める記事が載る新聞には広告を出して多めに広告料を払うので……でっちあげでもすんごく些細なことでもいいので、褒め記事を書いてほしいんです」
「……なるほど」
「最近あった中央教会での治験の話とか、コレリック家の下男下女から聞きました?」
「"傷跡を消す魔法"のことですね? 既に何人かに取材しやした。正式に発表されたら経緯を含めて記事にするつもりですよ」
「手始めにその辺とカミルーア男爵の話を……あ、俺を褒める記事は書かなくていいですからね、広告出してると自作自演みたいで恥ずかしいから……」
「……アマデウス様って……」
「うん?」
「あ、いえ。では、帳簿にあった怪しい貴族の話に戻りますが……」
――――話し始めて三十分くらい経った頃。
ルーヒルの息を吸ったり吐いたりする音が大きくなった気がして顔を見ると、額に汗が滲んでいた。
「顔色が悪い気がするけど……大丈夫です?」
「……すんません、俄かに腹の調子が……」
「胃腸が弱かったりします? もしかすると香辛料のせいかな……」
「いえ、そんなことは……うっ……少々厠に行って来ていいですか、すんませんが」
「はい、勿論……」
カリーに使われているスパイスは発汗を促したり胃腸の動きを活発にする効果があるが、胃腸が弱い人は辛いもののせいで腹を壊すこともある。今日持ってきたカリーパンの中身は甘口と中辛の間くらいのものにしたが、香辛料に慣れてない人には効きすぎたりするのかも……と思ったりしたのだが。
新たな呻き声が聞こえた。立ち上がったルーヒルの背後からだった。部屋の扉の近くに中年男と若い男、中年の女の計三人が座っていたのだが、若い男からだ。
「ウグッ……」
「フレン、どうした?」
「すまん、は、吐く……」
「えっ!?」
若い男が突然嘔吐して膝をついた。
「フレン!! ……うっ、実はさっきから私も、吐き気が……」
「お、俺も少し……腹が……」
「ゲホッ……ま、まさか、さっきのパンに……! 畜生、善人面して俺達を始末しに来たのか……!!」
「え?! パンにって……ええ?!」
「ただじゃ殺されねえぞ……!!」
フレンと呼ばれた若い男が這いつくばりながら俺を睨みつけ、懐からナイフを取り出して構える。ほぼ同時にポーターが俺の前に立ちはだかり、俺の後ろにいたセレナが剣を抜いて一番前に出た(ゲイルは部屋の外に控えてもらってる)。
「くそっ、どけよ!! 出て来い卑怯者ッ!!」
「ぉおおお落ち着いて、俺じゃないって!! 何で俺が君らに毒盛るんだよ!!」
「デウス様、お下がりを!」
「うぅ、やっぱり、やっぱり貴族を信用しちゃいけなかったんだ……!!」
「ぐぅ……ま、待てフレン、うっ……」
ルーヒルや他の二人も取り乱してるフレンに言葉をかけたいようだったが、全員吐き気で口がうまく回らないようだった。
恐れたことがすでに起こってしまっていたってことか? このタイミングで!?
商人ズズウが売り捌いていた物――――――俺の予想では、死因を食中毒に見せかけることが出来る毒!
旧カーセル伯爵領で密かに流通していたが、調達した者の死亡によって出所が不明だった物だ。
先ほど皆で何か食べていたようだからおそらくそっちに入ってたんだと思うけど、直近で食べた物を疑うのは無理もない。ルーヒル一派は貴族をずっと目の敵にしてきた者達だから俺を疑うのもわかる。流石活動家、血の気が多い。
しかし重めの食中毒でも毒物でも、早めに処置しないと命取りだ、争っている場合ではない。ナイフ構えられてたら治癒も出来ないし、危険と判断したセレナが斬り捨ててしまうかもしれない。
「ビート!!」
「っ!?」
何が起こってるかまだ把握できず呆気に取られている少年に呼びかけてから、俺は大きく息を吸って大声を出す。吐瀉物の臭いが鼻の奥に広がってちょっと後悔。
「――――っ……あのさあ!! ジョアンナ様に頼まれたってのもあるけど、あんたらに死んでほしくないからこんな得にもならない根回ししに来てんだよこっちは!!!!」
よく考えたら侍従と女騎士の背中に守られながらキレ返すというのは少々情けない絵面だが、軽くパニックなので許されたい。俺だけでなくこの場の皆気が動転してると思う。
言い終わってビートにバッと視線を向けると、自分に期待される役割に気付いた少年がハッと息を呑んだ。
「う、嘘じゃない……こいつの言ってること、嘘じゃない!! フレン、ナイフを離してくれ!!」
「っ、ビート……」
蒼白になった少年に懇願され、フレンの手からナイフが落ちた。
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