005
「私ね、親友を交通事故で亡くしてるの。」
彼女が自分のことを自分から話すのはこれが初めてだった。
ぼくは彼女のことを何も知らない。クラスも部活も好きな音楽も趣味も。名前すら知らなかった。分かるのは彼女が1年生であるということだけだ。彼女は自分のことを話さなかったし、聞かれてほしくもないようだった。またぼくも彼女のことを彼女に聞くことはなかった。それはどうでもいいことだったのだ。ぼくたちにとってお互いの名前だとか好みだとかは必要なかった。ただいつものように何気ない話を交わしているだけで十分だった。
だからぼくは彼女が自分のことを話し出したことにまず驚いた。そしてそのことに驚いた後に彼女の言ったことを呑み込んだ。
「その子はね、私の恩人なの。学校に馴染めなくてクラスで浮いていた私に手を差し伸べてくれたの。その子はクラスの中心人物でみんなその子のことが好きだった。その子は当時とても地味で内気だった私にも他の子と同じように笑って話しかけてくれたの。私はその子に救われた。その子のおかげで学校にも馴染めることができた。その子にとって私はたくさんいる友達の内の一人だったかもしれなかったけど私にとってはすべてだった。でも彼女は死んだの。」
ぼくは黙って彼女の話を聞く。おそらく彼女にとってその子は唯一の、彼女にとっては例外の''いい人"だったのだろう。
「その子が死んだって聞いて最初は理解ができなかった。その子がいない世界なんて考えられなかった。でもその子の葬式に出て、もう二度と私に向けてくれることはないその子の顔を見てやっとその子が死んだってことを理解できた。それからはずっと泣き続けたわ。どれくらいかはわからないけどとにかく部屋で布団にくるまって泣き続けた。泣いて泣いて泣いて泣いて泣いた。しばらくして涙も枯れてきたころ学校に行かなきゃって思ったの。その子のおかげで学校も好きになることができたから。その子のためにもって。でもダメだった。だって学校にはその子がいたから。教室も友達もすべてその子と一緒に過ごしたものだったから。学校の何もかもがその子を私に思い出させたの。」
ぼくはまだ黙って彼女の話を聞いている。
「それからはもうずっと家に引きこもっていた。何もできなかった。その子をいつまでも忘れることができなかった。でもね、私の両親が引っ越そうって言ってくれたの。知ってる人が誰もいない何も知らない街へって。この街にいたらいつまでもその子のことを忘れることができないだろうって。それで私はこの街にやってきた。引越してからしばらくかかったけど少しづつ新しい学校に通うことができるようになったの。それでもその子のことは忘れることはできなかった。彼女の一回忌にはまたあの街に戻って彼女の墓の前でひたすら泣いたわ。一年経ってもその悲しみは少しも癒えなかった。でも新しい学校のみんなは私にとても優しくしてくれた。私を楽しませ笑わせようとしてくれた。私もそんなみんなのおかげでだんだんと学校を楽しむことができるようになった。部活にもはいったのよ。学校に行って友達と仲良く話して、遅くまで部活に励み部活が終わるとまた友達と話しながら帰った。休日にはみんなとショッピングにも行った。楽しかった。私は学校を楽しんでいた。」
彼女はその楽しかった思い出をひとつひとつ思い起こすように話した。ぼくも彼女が悲しみに打ちひしがれている姿よりは、そのような姿の方が想像しやすかった。
「その日もね、部活が終わったあと友達とぺちゃくちゃ話しながら、寄り道しながら家に帰った。家に帰った私は家族にその日あった楽しかったことを話した。家族も嬉しそうに私の話を聞いてくれた。学校生活を満喫しクタクタだった私は寝ようと思ってふと部屋のカレンダーに目が止まったの。もう日をまたいでいたんだけどその日はその子の2回目の命日だった。」
ぼくは何も言えない。言うべき言葉が見つからない。
「ショックだった。あれだけ一回忌のときに悲しんだのに一年経ったらケロッと忘れて私は友達とくだらない話をして楽しんでいた。私は人生を楽しんでいた。彼女の命日だということに気づかなかった。ましてや彼女の存在も忘れていたのかもしれない。それくらい私は生きているのを楽しんでいた。そんな私にショックをうけた。頭の中がぐちゃぐちゃになった。そして私は私を憎んだ。その日から私は終わっているの。生きる資格もない。止まっているのよ。」
それは違うと言うべきだった。だが言えなかった。そんな簡単に言うべきではない。言ったところで彼女には届かないだろう。それくらい彼女にはその想いが彼女のとても深く、暗いところに刻まれていた。
10月の半ばにさしかかり、この昼休みの屋上にも少し涼しい風が吹き始めていた。




