未来へ
上質のリネンが、リルの手に触れた。
見たことのない贅沢な作りの室内に、リルは自分はいったいどうしたのか…と記憶を探った。
「…私、生きてる?」
確かにこれまでと、全く感覚は違わない。
魔法の気配も感じるし、記憶通りのリルの体。ただ、ネグリジェと、部屋が全く知らないものである。
「気がついたのね?」
入ってきた人は第二王妃のセリーヌである。
「ここは…百合の宮、ですか?」
「そうなの、私の息子たちのせいで…追い詰めてしまってごめんなさいね、リル。怖かったでしょう?」
優しく触れるその手がとても心地よくて、リルは思わず頷いた。
「私が…勝手にしたことです」
「いいえ…。私たち、妃たちも王子たちも、自分達の事だけで考えてしまっていたわ。私たちも、息子たちがわざとああいう振る舞いをしていることに気づいていた。けれど、そうでもなければ、もっと後宮と私たちの実家とで陰湿な争いが起こったと思うと、それを止めようと思わなかったし…何よりも…上手くいけば…アランを取り戻せるかもしれないと、そう思ってしまったの」
リルはその美しい顔を眺めた。
「アランに…アラシに言ったそうね?このまま内乱にでもなれば、街に犠牲が出るかもしれないと…そこには貴女の家族がいるからと」
「ええ、言いました…。貴族の人達は…庶民にはない力があるでしょう?…だから、私に出来ないことをしてもらおうと、カイル様の…願いを聞きました。私の思いは…もう告げました。だからもう、関わらせないで下さい貴方たちに」
リルは握られた手をそっと外した。
セリーヌにそっとガウンをかけられて、リルは新しい客人を迎えた。それはアラシとカイルだった。
「アラシが、私を助けたの?」
「俺と…長が、助けた」
「助かって本当によかったと思ってる…まさか、リルがそんなことをするとは…」
カイルの言葉にリルは
「ひた隠しにしていた事を暴かせたんですよ?何かさせようとすれば…それなりの覚悟はありました。貴方は気にせずに、私の命なんて哀れに思うの一言で、よかったんです。そういう立場なのだから…」
カイルの眉がぎゅっと寄った
「すまなかった…。その可能性を…無意識に排除していた」
「言ったはずです。私は自分で決めますと…」
「私の、処分は?」
リルはアラシに聞いた。
「村から、一生出さない。それが処分だそうだ」
きっと、カイルやフェンナ。それにセリーヌたちが頑張ったのかも知れない。魔法使いの牢屋じゃないなんて…リルはふっと笑みを浮かべる。
死ねなかった事は……少し残念で……罪を思えば罪人の扱いのそれで良かったのに、と。
「わかった…。アラシは…王子に戻れる?」
「いや、俺は魔法使いとしての道を選びたい。そう、兄達にきっちりと宣言した。その代わり…いつか長になって、王となった兄達と一緒に、リルと約束した国を作るべく働くよ…」
「ありがとう…アラシ」
リルはもう、魔法使いにはなれない…。
いざ、そうなると惜しくなるから不思議である。
そして、ダガーがやって来てリルに告げる。
「今から君に魔法をかける…。村から出られない魔法だ」
「はい」
「会わなくて、いいか?」
「会いたい人は…もう誰もいません。私は罪人ですから…誰にも会いたく…会えないと、思います」
ダガーたち、魔法使いに連れられて、リルは育った村ではなく、もう一つの魔法使いの島についた。
「ここは…?」
「ここも、魔法使いの住む街だ。あちらが、子供たちの育つための村なら、こっちは大人たちの街という感じだな」
確かに、村よりは都会的な雰囲気があり、牧歌的な風景が広がっていた村より洗練された空気が漂う。
その街からすこし離れた所に、大きな森があって、かつての木の上の家を思い出す。森の中に、古びた屋敷があって誰も住んでいず、手が加えられていないせいか痛んでいる。
「ここを、直しながら住むといい」
一度死を選んだリルに、何かを成す事を与えることで救おうとしているのかもしれないと、そう思った。
「…やりがいが…ありますね」
魔法石がないと、難しい事もあるかもしれない。
「街にいけば、きっと色々と助けてもらえるはずだ」
古びた屋敷に、リルは一人きり。
のろのろと、近づいて魔法の息吹のないその屋敷はまるでリルそのもののように見える。
屋敷の汚れを払い、とりあえず一室を住めるようにする。
広い屋敷にはたくさんの部屋があって、リルは二階の一番外側の部屋を選んだ。
ホコリまみれの屋敷が、毎日少しずつ甦ってゆく。
魔法があっても、それは大変なこと。
リルはもくもくと、街にも通い、毎日毎日屋敷に魔法の息吹をかけてゆく。
やがて、時はゆるやかに過ぎて、リルは自然と笑顔を取り戻していた。
「リル、なんか困ってない?」
「平気よ、おじさん。ありがとう」
街の住人も、屋敷の管理人のリルを気にかけてくれるようになっていた。
「リルちゃん、お友だちが探してたよ」
「え?」
「屋敷を教えておいたわ」
(友達…?)
リルは、森の中に馴染むようにたたずむ屋敷の前に…魔法使いの制服を着た男性を見つけた。
そして、振り返ったその顔を見てリルは思わず口許を手で覆った。
「どうして?」
「一緒に住もうって言ったはずだけど?」
「そんなの…もう…」
「勝手に、終わらせて…何の相談もなく…やらかして、死のうとして…行方をくらまして。本当に文句の一つも言いたくなるよな?」
ふっと笑っている。
「アラシも…頑張ってるけどさ………俺も、あいつと頑張ってる……。リルの気持ちを無駄にしないために、マユリもシオンも…ティナもディオンも…それから、王子たちも」
「ジル…」
「やっと、名前呼んでくれた。忘れてないよね?」
「ジルヴェール・アルディーン・ルーフェ・リース・ミルランディ…忘れてないよ」
ジルはリルの手を引いて、その手を取った
「覚えてる?ラヴェンダー畑」
ジルはラヴェンダーの花を手渡した。
「もう、あの場所に連れていってあげられないけれど、ここにたくさん咲かせよう」
「どうして私を探しにきたの?」
「一度好きになったものは、なかなか変わらないみたいだ。なかなかの、執着心だから覚悟して」
リルは思わず笑った。
「今度、マユリも連れてくる。先に会ったって言ったら、攻撃されそうだけど」
なつかしい声にリルは泣きそうになる。
「長と、アラシが…リルを助けてくれて、本当に良かった」
「うん…」
「リルの実家の花屋で、花も買ってくる」
「うん…」
「だから…もう、終わりなんて言うなよ…」
「うん。言わない…」
リルはその黒の魔法使いの制服の胸にすがり付くように抱きつい
た。
「ラヴェンダーがいっぱい咲いたら、また虹の橋をかけて…」
ファンタジー世界…。という事で、なかなか難しい部分もありましたが、ここで、完結とさせていただきました!
初恋と、はじめての恋人…。
好きな人だったからこそ、必死になってしまう。そんなか弱くて強い主人公をお伝え出来ていたらいいなぁと思います。
後程よみかえして、加筆修正するかも知れませんがっ!
ここまでお読み下さった皆様、ありがとうございました!
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