夢を描く
「ジル、エメリ姫が後宮に入ったの」
「そう」
その表情からは、感情がうかがえない笑みもなく流れる清流のようにいつもと変わりがない。
「気に、ならないの?」
「リル…君には俺の気持ちが、わかるはずだよ?」
気にならないことはない。だけど、それは口にしてしまう事は出来ない。といった所か…。
「ゴーント侯爵は…魔法使いと人とを近づけたいって…。息子を取り戻したいって」
「そう」
「いい、お父様ね」
ジルはそこでようやく笑った。
ぎゅうっとジルはリルのその体を抱き締めた。
「確かに…。もっと距離が近ければ…と思ったこともある。けれど…。魔法を使わない兄弟と、魔法使いの俺が一緒に育つことが出来たか…。きっとそれはいいことにならなかっただろう。リルだって…ここでなきゃいけなかったと、そう思わないか?」
「…そうね…」
それは叶わなくても…。会いたいときに会えるそんな時がやってこないのだろうか?
そんな考えが、リルの心に植え付けられている。
(もしかしたら…アラシが…王子に戻ったら…。なにかかわらないだろうか?)
自分達のこの時代は無理でも、何十年か、それよりもっと後の時代の魔法使い達に今と違う生き方を…。その一石になるのではないか?
かつての魔法を持った王が存在したことで、自分達の命を救ってくれているように。
魔法使いの掟…。
自分達を守るその掟…。その掟がまた自分達を苦しめもする。
「俺は…ここで、みんなに会えて。そしてリルに会えた事をとても良かったと思ってる。それだけで十分だ」
ジルはそう言うけれど、本音は…本当は気になっているに違いない。
ジルの、その暖かい腕が好き。
優しい声と、時々情熱的な言葉が好き。
こうして、すっぽりと抱き締められると、ドキドキするのに安心できて好き。
柔らかな唇から与えられるキスが好き。そして身も心もさらけ出すような熱い契りも…。
いつしか、ジルへの好きは積み重なりリルの心に降り積もる。
「私も、ジルに会えて本当にうれしい。侯爵の息子のジルと庶民の私なら会えなかったものね」
ふふっとリルは微笑んだ。
「そうだね」
くすっとジルも笑っている。
(このままで…私たちは幸せ)
あの名前が変わった日から、花屋の娘のリシェルは魔法使いのリルに生まれ変わったのだ。
「もうすぐ、修業が終わる。そして俺たちは正式に魔法使いになる…そうなったら、リル。一緒に暮らそう」
「一緒に…」
「意味は…わかるよね?」
「…でも、早くないかな?」
「今でも、こうして一緒にいるのに?」
「ほんとだ」
クスクスとリルは笑った。
「その時は…ちゃんと格好つけて迎えに行くから」
絡み合うように握りあった指。そして合わさる唇。
「花束を持って?」
「もちろん」
リルは軽やかに笑ってジルのキスを受け止める。
「家はどこが良いかな…」
「庭があって…それから屋根は三角で…近くに小川があって…大きな木もあるの」
「うん、それいいね」
ジルの手がそっと髪を撫で、リルの背がぽすんとベッドに合わさる。
「リルが花をたくさん植えれるように、花壇もたくさんいるね」
口づけは次第に深くなる。リルの吐息とジルの吐息と…青い瞳と菫色の瞳。
薔薇の香りが鼻腔を刺激する。
昨日、手にした薔薇の香り。




