表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/6

弱いところは、ここに置いていく

5(4)弱いところは、ここに置いていく 澪弱音 投稿済


澪が「今日は行けないかも」とメッセージを送ってきたのは、珍しいことだった。


いつもなら、どんなに疲れていても「少しだけでも行きます」と言う子だ。だから、その一言を見たとき、私は少しだけ胸がざわついた。


「無理しなくていいよ。大丈夫?」


そう返すと、少し間が空いてから、


「……大丈夫、じゃないかもです」


と返ってきた。


結局、澪は少し遅れて、私の部屋に来た。


インターホンが鳴って、ドアを開けると、そこにはいつもより元気のない澪が立っていた。


「……こんばんは、白石先輩」


声はいつも通り丁寧なのに、目が少しだけ疲れている。


「入って」


そう言うと、澪は小さく頷いて、靴を脱いだ。


部屋に入っても、すぐにはソファに座らず、少しだけ立ったまま、どうしていいか分からないみたいにしている。


「どうしたの?」


「……いえ、その……」


言いかけて、黙る。


私はキッチンに行って、温かいお茶を用意してから、澪の前に置いた。


「とりあえず、座りな」


「……はい」


ソファに座った澪は、カップを両手で持ったまま、しばらく何も言わなかった。


「……学校で、何かあった?」


そう聞くと、澪は一瞬だけ、視線を逸らした。


「……テスト、返ってきて」


「悪かった?」


「……思ってたより」


それだけなら、いつもの澪なら「次は頑張ります」で終わる話だ。


でも今日は、続きが来ない。


私は、無理に急かさずに待った。


しばらくして、澪は小さく息を吐いて、ぽつりと言った。


「……私、頑張ってるつもりだったんです」


「うん」


「ちゃんとやってるって……思ってたのに」


カップの縁を、ぎゅっと指で握る。


「……全然、足りなくて」


声が、少しだけ震えている。


「……クラスの子は、みんなもっとできてて。私だけ、置いていかれてるみたいで」


それでも、まだ敬語のまま。


でも、いつもの澪より、ずっと弱い声だった。


「……白石先輩は、すごいじゃないですか。ちゃんと結果出してて」


「そんなこと――」


「あります」


少しだけ、強く言ってから、すぐに弱くなる。


「……私、追いつけてない」


そのあと、澪は、急に黙ってしまった。


顔を伏せたまま、肩が、ほんの少しだけ揺れている。


私は、何と言えばいいか分からなくて、ただ隣に座った。


「……澪」


名前を呼ぶと、澪は少しだけ顔を上げた。


その目は、少しだけ赤い。


「……ねえ、紬」


呼び方が変わる。


声も、いつもよりずっと小さい。


「……私さ」


一度、言葉を切ってから、


「……もう、ちょっと、疲れた」


その一言で、何かがほどけたみたいだった。


「……ずっと、ちゃんとしてなきゃって思ってて」


「……弱いとこ、見せたら、嫌われるかなって」


私は、思わず首を振った。


「そんなわけないでしょ」


澪は、少しだけ困ったように笑う。


「……でも、先輩の前では、ちゃんとしてたいって……思って」


「……恋人なんだから、ちゃんとしてなくてもいい日くらい、あっていい」


そう言うと、澪は、少しだけ目を見開いて、それから――


ゆっくり、私のほうに寄ってきた。


「……じゃあ」


小さな声で。


「……今日は、甘えてもいい?」


私は、少しだけ迷ってから、頷いた。


「……いいよ」


その瞬間、澪は、思っていたよりずっと分かりやすく、力を抜いた。


ソファの背にもたれて、私の袖を、きゅっと掴む。


「……つかれた……」


「うん」


「……ちょっとだけ、一緒にいて」


「いるよ」


それだけでいいみたいに、澪は小さく息を吐いた。


しばらく、何も話さずに、ただ同じ空間にいる。


やがて、澪は小さく言った。


「……ねえ、紬」


「なに?」


「……私、弱くても……ここにいていい?」


私は、少しだけ考えてから、ちゃんと答えた。


「……澪は、強くても弱くても、ここにいていい」


澪は、しばらく黙ってから、


「……それ、ずるい」


と、小さく笑った。


「……安心する」


その日、澪は帰るまで、ずっと「澪」のままだった。


敬語も使わず、無理に背筋も伸ばさず、ただ、少し甘えた声で話していた。


たぶん、これが――この子の、本当の「甘え方」なんだと思った。


弱いところは、外では見せなくていい。


ここに来たときだけ、置いていけばいい。


私は、そういう場所でいたいと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ