6 脱出
地下室に閉じ込められてから、数日が経った。
食事は最低限。光も乏しく、空気は湿っていた。
けれど、それ以上に私を苦しめたのは、ハーレムの女性たちの視線だった。
「聖女様って、何様のつもり?」
「2,3匹の泥棒猫を逃がしたくらいでいい気になって!」
「私たちの居場所を奪いに来たんでしょ?孤児のくせに図々しい!」
「村長様に気に入られて、いい気になってるのね?しゃらくさいこと」
彼女たちは、私の部屋に来ては、冷たい言葉を浴びせた。
時には水をかけられ、時には食事を隠されることもあった。
私は、ただ…黙っていた。
彼女たちもまた、村長の“悩み”に巻き込まれた”被害者”なのだと…、わかっていたから。
「あなたたちも、苦しいんですよね」
そう呟いてしまったとき、彼女たちは一瞬だけ動きを止めた。
「……何それ。同情?」
「バカにしてるの?!」
「偉そうな事言ってんじゃないわよ!」
「上から目線で…なに様のつもり?!」
「違います。私はただ、誰かの、あなたたちの幸せを…みんなの幸せを、願っています」
心の奥底から飛び出した私の言葉を聞いた彼女たちは、顔をしかめて地下室のドアを乱暴に閉め…姿を消した。
……孤独だった。
味方は、いない。
誰も、助けては、くれない。
けれど、私は…祈り続けた。
「幸せを願うことは、無駄じゃない」
誰かが幸せになれば、まわりも幸せになっていく。
みんなが幸せになるという願いの中に、私も含まれているはず…。
……その夜。
地下室の扉が、静かに開いた。
「……大丈夫ですか?」
現れたのは、屋敷の管理をしている青年だった。
彼は、私に毛布とパンを差し出した。
「ありがとう!あのっ……」
「…シッ!ここは声が響きます…誰が聞いているか、わからない。…夜明け前に迎えに来ます。それまで休んでいてください」
温かい毛布に身を包み、やわらかいパンを一口ずつかじると、ポロリと涙がこぼれた。
…誰かのやさしさに触れたのは、久しぶりだったから。
大丈夫、きっと私は…幸せになれる。
胸の中でそう信じ、そっと目を閉じた。
「昔、村の外れで倒れていたとき、あなたに助けてもらった薬師…あれは僕の祖父なんです」
青年の手引きを受け、村長の屋敷を抜け出すことに成功した私は、明けていく夜空を見ながら思いがけない告白を受けた。
「祖父は…、にっこり笑うと八重歯がのぞく、若草色の瞳をしたみつあみの少女の事を僕に教えてくれました。名指しでお礼を言う事で目を付けられてしまうかもしれないから公にはしない、けれど命の恩人だから、いつか必ずお礼をするんだと…自分ができなかったら必ずお前たちが成し遂げるのだぞと…、最後の、今わの際まで口にしていました」
私は、記憶を辿った。
――あのとき、薬草を煎じて手当てした老人、その、お孫さん。
「そう、ですか……」
「偉大な祖父の、最後の頼みは忘れていません。だから、今度は僕が助けます。妹も弟も協力してくれていますから、安心してください。村から出れば、村長の目は届きません」
こんなことって…!
私は思わず、神に感謝した。
その時、音もなく、目の前に馬車が到着した。
驚いていると、馬車の中から青年とよく似た風貌の少年が顔を出し、遮音効果が付与してあることを教えてくれた。このまま、別の町まで乗せて行ってくれるとのこと。
「あの!あなたは……大丈夫なんですか?」
私を連れだしたことがバレたら、青年は…責任を取らされてしまうかもしれない。あの村長のことだ、恐ろしい罰を与えそうで…手放しで喜んで逃げ出すことは、できない。
「僕の願いは、あなたが自由になることなんです。何も心配することはありません、生き延びて…たくさんの人の幸せを祈ってください!…頼んだぞ、ベルグ!」
「まかせて!さ、早く!」
私は、深く頭を下げ、馬車に乗り込んだ。
そして、青年の目をしっかりと見つめて…心から祈った。
「あなたの幸せを、心から願っています!」
その言葉を聞いた彼は、にっこりとほほんで手を振った。
「その言葉…、ずっと聞きたかった!ありがとう!!」
こうして私は、村長の屋敷を後にした。
着のみ着のまま、髪も乱れ、靴は底に穴が開いていた。
身一つで、持ち物はなにもない。
けれど、心は…自由だった。
私のやさしさが、巡り巡って…かえってきた。
誰かの優しさが、私を救ってくれた。
今度は、私が誰かの希望になる番ね。
――――――そして、私は歩き出す。




