3 旅人
孤児院と日替わりで指示される作業場を行き来する生活にもすっかり慣れ、村の雑用係として働く日々を送っていた私は、誰に言われるでもなく…困っている人を見かければ自然に手を差し伸べ続けていた。
転んだ子供を抱き起こし、荷物を落とした老婆を手伝い、道に迷った旅人に道案内をし。
毎日のように些細な親切を差し出しては、感謝の言葉と笑顔だけいただくことを繰り返していた。誰かの笑顔を糧にして、前を向いた。
「またあの子か。ほんと、よく動くねぇ」
「お人好しにもほどがあるわ」
「気持ちの悪い子」
いろんな声が聞こえてきたけれど、私は気にしなかった。誰かが幸せになってくれるなら、それだけで十分だったから。
ある日、ゴミ拾いをするために村の広場に行くと、見慣れない青年が噴水のへりに腰かけているのを見かけた。
白いシャツに黒いズボン、品質の良さそうなブーツをはいた、旅人風の…薄オレンジ色のマントを羽織った姿。ぼんやりと上の方を眺めているその瞳には、うっすらと空の青色が映り込んで、水色が浮かんでいる。
年の頃は私と同じくらい…、あたりを気にしているのは、誰かを探している?
……、どこか…浮世離れした雰囲気を纏っているような。話したことも、見たことも無い、全く知らないはずの人なのに…懐かしさを感じるのは、なぜだろう……。
「こんにちは!あの、何か…お困りではないですか?」
ほんの少しの違和感を胸にしまいこみ、私はいつものように明るく声をかけた。
青年はこちらを向いて、少しだけ驚いたように目を見開き、そして…柔らかく微笑んだ。
「いや、困ってはいないかな。ただの…旅の者だよ。君は……この村の人だよね?」
「はい。孤児院で暮らしています。村の雑用係をしてるので、いろいろ知ってますよ!なんでも聞いて下さい!」
と言っても、あと半年ほどで…私は孤児院を出るのだけれど。
この世界では、16歳が成人とされている。孤児院は身寄りのない子供のためのものなので、成人したら速やかに退出しなければならない。
私は…たくさんの人が望んでくれることもあって、未だに身の振り方が決まっていない。大衆食堂も、農園も、ゴミ処理のおじさんも、お針子のおばさんも…他の子はいらないからこの子が欲しいと言ってくれて、少しもめているのだ。
「君、ずいぶんと…謙虚なんだね。僕は、この村にずいぶん優しい人がいるって聞いて…うん、君をね、待ってた。直接目で見て…確かめたくなった」
……私を?
もしかして、私の職場を決めるために…見極めに来てるのかな。どうしよう、あまり余計なことを言わない方が良いかも?
「いえ、そんなことは……。私はただ、祖母に教わっただけなんです。誰かに優しくするといつか自分に返ってくる…“情けは人の為ならず”って」
その言葉を聞いた瞬間、青年の瞳がわずかに揺れた。
…あ、もしかして、孤児院にいるのに祖母ってちょっとおかしかったかも?
しまった、前世のおばあちゃんを心の支えにしてたから、つい……。
「……いい言葉だね。君のおばあちゃんは、きっと…素敵な人だったんだね」
青年はしばらく黙って私を見つめたあと…、ふふっと、笑った。
不審には…思われなかったっぽい?
「はい。とても優しくて…、強い人でした」
優しそうな笑顔を向けられて、胸の中にある大切な思い出が、こぼれ出た。ちょっとだけ胸が…えっと、なんか…涙が出てきそう…。笑わなきゃ…。
「君みたいな人が、この世界にいてくれて…よかった」
「え?」
「いや、なんでもないよ。じゃあ、また…どこかで」
そう言って、青年は、私の…手を取り。
そっとキスを落として、去っていった。
いきなりの出来事に顔を真っ赤にしてしまった私は、ほっぺたを両手で挟み込みながら…その背中を見送った。
転生して初めて、ドキドキと激しく鼓動しはじめた心臓の音に困惑しながら…、夕暮れ時まで、一生懸命、ごみを集め続けた。
青年は、頻繁に村に現れるようになった。
市場で野菜を買っていたり、広場で子供たちと遊んでいたり。
誰かと話していたり、一人で田んぼの横のつる草で遊んでいたり。
いつもふらっと現れては、私を見つけて駆け寄ってきて、ちょっとだけお話をして…去っていく。
「あ、旅人さん! また来てたの?」
「うん、ちょっと寄り道をしてね」
「ねえ、おいしいパン屋さんがあるって聞いたんだけど連れてってくれない?」
「それはユーミさんのお店のことね!いいわ、おまけしてもらえるようにお願いしてあげる!」
「この前はありがとう!これ、お礼のハーブティーだよ!」
「ありがとう!みんなで美味しくいただくわね!」
「ちょうど良かった、今僕すごくのどが渇いているんだ、お茶に付き合ってよ!」
「じゃあ…、少しだけ!今お昼休みいただいたばかりなの!」
心地のいいやり取りが、自然と日常に溶け込んでいった。
いつしか、私は視線の先に…薄オレンジ色のマントを探すようになっていた。
ある日、隣村まで急ぎの手紙を届けに行った帰りに、村の外れで倒れている小さなウサギを見つけた。
足を怪我して動けなくなっていたその子を抱き上げ、ポケットの中に忍ばせてある薬草を揉んで手当てをしてあげた。
「大丈夫よ…。きっと治るからね。私は、あなたの幸せを祈るわ」
そう言って撫でていると、ふと…背後に気配を感じた。
振り向くと、太陽の光を背負う、神々しい影が……。
「君は、本当に変わらないね」
手をかざして見上げると、すっかり顔なじみになった青年が立っていた。
…目が眩んでいて、表情がよくわからない。
「……変わらない?」
「うん。どんなに冷たくされても、誰かに裏切られても、君は優しさを手放さない。まるで……祝福そのものみたいだ」
「そんな……私はただ、祖母の教えを守ってるだけです」
青年が、少しだけ、寂しそうに笑った。
「君のような人が、報われる世界であってほしいと…僕は願うよ」
その言葉は、なぜか…私の胸に深く残った。




