9 破壊神
アルテミスの言うとおり、確かにニュムの食事は美味かった。
客を迎えるのが初めてということもあり、当初は不安そうな表情をしていたニュムだったが、俺が「美味い」と言ってやると、とても嬉しそうに笑った。
が、アルテミスと馴れ合うつもりのない俺は、会話のほとんどを盾の女神の本体に任せながら食事を続けた。
何故首だけで食事が出来るのかは分からないが、それが神というものなのだろう。
だが彼女がいたおかげで、食事がつつがなく終わったのも事実だ。
それだけは感謝せねばなるまい。
「さて、私はこいつに少し話がある。お前はメデューサとともに先に寝ていろ」
「あ、はい。分かりました」
頷くニュムと盾の女神を家に残し、俺たちは外へと赴く。
周囲はすっかり夜の帳が下りていたが、月明かりのおかげでそこまで暗くはなかった。
今日は満月のようだ。
「いい月だな。狩りをするには絶好の夜だ。ついてこい。場所を変えるぞ」
どんっ! と地を蹴って飛び立ったアルテミスに続き、俺も彼女のあとを追う。
森を抜け、山をいくつも跨ぎ、そうして俺たちが降り立ったのは、雪の積もる白銀の大地だった。
「ここならば互いに全力で戦えよう。さあ、来るがいい!」
そう言って、アルテミスが弓を構える。
「いいだろう。ならばお望み通り全力で相手をしてやる。それがお前に対する――最低限の誠意だ!」
その瞬間、俺の全身からオーラが弾けた。
◇
「……っ」
なるほど、とアルテミスは固唾を呑んだ。
これを相手にしたのならば、ヘラクレスらが敗れ去ったのも頷ける。
むしろこんな化け物を一体誰が相手に出来ようか。
たとえ〝雷帝〟の異名を誇る父――ゼウスでさえ、これの前では無力であろう。
赤黒く変色した皮膚は甲冑のように硬質化し、額には二本の角と、背からずらりと伸びる鋭利な尾。
魔神……いや、鬼神とでも言うべきだろうか。
あきらかに人ではない眼前の異形に、アルテミスは弓を引く手が微かに震えていることに気づく。
「……認めよう、神殺し――テュポーン。お前は紛れもなく最強だ。その手にかかって死ねることを誇りに思うほどに」
だが! とアルテミスは口元に笑みを浮かべ、己に活を入れ直す。
「このアルテミス、ただでは死なん! 我が全霊の一撃を以て、せめてその身体に一矢報いてくれる!」
そう吼えると同時に天高く飛び立ったアルテミスは、月を背に七色の光を使って術式を展開させる。
「集え七精! ナイアス! アルセイス! ナパイアー! ランパス! アルセイス! ドリュアス! ネーレーイス!」
アルテミスの声に呼応して輝きを増した七色の光は、やがて彼女を中心に月の輪郭をなぞるようにして高速回転を始める。
そして。
「砕けよッ! ――《オリオンズ・フォール》ッ!」
極大の一撃がその手より放たれた。
――どがあああああああああああああああああああんっっ!!
それが地面に直撃するとともに大爆発が巻き起こる。
その威力は凄まじく、一瞬昼になったのではと錯覚するほどに強烈な閃光と、遅れて衝撃波が周囲の全てを薙ぎ倒していく。
当然、積もっていた雪は瞬く間に蒸発し、地肌がところどころ溶岩のようになっていた。
紛れもなく現状放てる最大の一撃だ。
なのに。
「やはり耐えるか……」
やつはそこに悠然と佇んでいた。
まるで何ごともなかったかのように、煮えたぎる溶岩の中心で、最悪の獣はこちらを見上げていたのだ。
「!」
最中、やつがゆっくりと右手をアルテミスの方へと向けてくる。
何か攻撃を仕掛けてくるつもりだろう。
だがこの距離だ。
全神経を集中させ、回避を――。
――ぐしゃっ!
「がっ……」
何が、起こった……?
理由も分からないまま、アルテミスは砕かれた全身の痛みとともに落下する。
やつはただ開いていた手を閉じただけだ。
にもかかわらず、次の瞬間にはアルテミスの身体も同様に握り潰されていた。
なんの気配も感じさせず、なんの術式も発動させずにだ。
まさかここまで力の差があるとは……。
「――ぐふっ!?」
為す術なく地面に身体を打ちつけられ、アルテミスは吐血する。
身体の再生が始まってはいるが、今すぐ動くことは出来なそうだった。
「見事だ……。殺すがいい……」
ずずん、と眼前まで迫ってきたテュポーンに、アルテミスは力なく告げる。
すると、やつはやはり右腕を振り上げ、
――どぱんっ!
「――ぐはっ!?」
「――っ!?」
やつの右側方にいたであろう何かを吹き飛ばした。
突然のことにアルテミスが瞳を瞬いていると、テュポーンの一撃を受け、地面をごろごろと転がっていた人物が、吐血交じりに笑いながら起き上がった。
「いやぁ、まさか気づかれてるとは思わなかったよ」
「お前は……」
アルテミスが驚愕に目を見開く。
そこにいたのは、飄々とした雰囲気を持つ糸目の優男。
瞬神――ヘルメスであった。
が。
「あーあ、せっかくの変装が解けちゃったじゃないか」
やつの姿が次第に別のものへと移り変わっていく。
大方、先ほどの一撃が幻術系の偽装を打ち破る類のものだったのだろう。
ずずず、とヘルメスの顔の下から現れたのは、やはりどこか余裕を感じさせる若い男だった。
いや、むしろ〝胡散臭い〟と言った方が正しいだろうか。
アルテミスにとってはあまりいい感じのする男ではなかった。
「貴様は誰だ? 何故ヘルメスに扮していた?」
「これはこれは女神アルテミス。随分無様な姿に成り果てたね。アテナに啖呵を切っていた君は一体どこへ行ったのかな?」
「質問に答えろ! 貴様は何者だ!?」
やっと起き上がれるまでに回復したアルテミスは、声を荒らげて問いかける。
すると、ヘルメスに扮していた男は優雅に頭を下げて言った。
「――はじめまして、破壊神テュポーン。そして女神アルテミス。僕の名はロキ。〝神皇界ユグドラシル〟の神――ロキだ」
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