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屍山血河

ひっそりと更新。

どうぞお楽しみください。

女性は薄っすらと目を開ける。

見上げた天井は記憶にはない。

ゆっくりと身体をおこし、辺りを見回す。


「……病院?」


何故自分はここにいるのだろうと、彼女にはまったくもって心当たりがない。


「なんでこんなとこに……痛っ!」


病院にいるという事は何らかの怪我だろうかと身体を調べるも傷らしきものは見当たらず、代わりに記憶を巡らせると頭に痛みが走る。

いったいどういう事なのだろうか、そもそも自分が誰なのかすら思い出せないことに女性は気が付く。


「記憶喪失……」


何故かそのような事態だというのに驚くほど冷静な自分が居た。

入院していたというなら名前くらいは分かるだろうとベッドに書かれているネームに目を向ける。


「サンドラ・ルイス」


サンドラ・ルイス、自分の名前だというのに呟いた名前は酷く他人事のように響く。

黙っていても仕方がない、状況ならば誰かに聞けば良いだろうとナースコールのボタンを押す。

しかし、待てども誰か来る気配はない。


「職務怠慢ね、早く来なさいよ!」


苛立ちながら何度かボタンを押すも反応が返ってくることは無い。


「もう、なんなのよ!」


何かしらアクションがあっていいじゃないとほかのベッドのナースコールも押す。

やはり反応は無い。

そこまでして初めてサンドラは違和感に気づいた。

まるで人気のないこの病室が大部屋(・・・)だということに。


「……なんで誰も居ないのよ」


ぐるりあたりを見回してみる。

少し開いた窓から風が入り込み、カーテンを薄く揺らしていた。

自分が寝ていたベッドの傍らには一輪の生花が置いてあり、枯れた様子はない。

持ち込まれてからそこまで時間は立っていないようだ。


次にサンドラは空のベッドに目を落とし、ネームを確認する。

そこで入院していたであろう誰かの名前が書かれている。

だのに誰も居ない。

勿論他のベッドのネームにも名前が書かれており、確かに誰かが療養していた事がうかがえる。


「……とにかく人を探そう……」


サンドラはそう一人ごちると、誰も居なくなったもぬけの病室を後にした。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



病院内はシンと静まり返っていた。

普段は看護師たちが忙しなく歩き、入院中の誰かが散歩しているだろう廊下もこうなっては不気味というほかない。

遠くからナースコールの音が聞こえた。


「何があったのよコレ……」


壁面には明らかに血液と思われる赤い筋が続き、途切れる場所では手形が残っている。

自分が居た病室はかなり綺麗だという事がうかがえる。

その証拠に隣の部屋はシーツやカーテン、床にまで血痕が残され、そこで何かしらの事件があった事を伝えてくる。


「テロでもあったのかしら……」


それにしてはおかしい。

壁に銃弾の痕はなく、爆発物を使われた形跡もない。

にもかかわらず人が、人だけがいない。

まるで自分だけが別の世界に迷い込んでしまった、そんな錯覚に陥りそうになる。


何処を見ても血痕の続く廊下をサンドラは歩く。

チラと視界の隅に何か入り込んだ。

非常口と書かれたドアの向こう側に赤黒い塊が転がっている。


――死体だ。


変化があった事は喜ばしいが、それが死体であるならば話は別。

遠目で見る限りははっきりとしたことは分からないが、全身が赤黒くなっていて、胸元が動いてるようには見えない以上死体以外の何物でもない。

近づいて確認する勇気はなかった。


もう少しで正面口に着く。

そこでも彼女は不可解なものを発見する。

スイングドアの向こう側、倉庫というプレートが上にかかった扉。

鎖が巻かれ、大きくスプレーか何かで文字が書いてある。


『ここを開ける事、それは死を意味する』


「何よコレ……」


殴り書きされた警告文は、酷く異質であり、それだけ書いた者の焦燥と恐怖が見て取れるようだ。

一体何が封じ込められているのだろうか……そっと扉に手を触れようとした時、ガン! と大きく扉が音を立てる。

突然の出来事に「ひっ」と声が漏れる、明らかに内側から叩かれたようだ。

もしかして誰かいるのだろうか? サンドラはちょっと覗いてみたい衝動に駆られたが、それよりも本能が打ち鳴らす警鐘が大きく、見なかったことにして正面口に再び歩き出した。


たどり着いた正面口は待合の椅子や机、どうやって持ってきたのか分からないベッドが積み重なり、バリケードを形成していた。


「中に入れない……逆ね……何かを出さない為? あの倉庫の中に秘密が? ……兎に角院内に居た人間は皆非常口から逃げたってとこかしら……だったらアタシを起こしてくれても良かったじゃない」


愚痴を吐いたところで聞き入れてくれる人間はこの場に居ない。

仕方なくサンドラは元来た道を引き返し、非常口に向かう。


「あっちに行くって事はあの死体のそばを通らなきゃいけないって事よね……うげぇ……」


見た目綺麗系なのだから「うげぇ」などと言わないでもらいたい。


ぼやいていても死体が居なくなる訳ではない。

覚悟を決めて非常口のある扉までサンドラは戻ってきた。

扉にはめられたガラスから見える向こう側の廊下、先ほどと変わらずにそこにある乾いた血だまり。


「やっぱりあるわね……血だまり……血だまり?」


サンドラは一度目を擦り、再び向こう側の廊下を見やる。

なんど確認しなおしてもそこには血だまりしか(・・)ない。


「誰かがご丁寧に片づけた? わざわざ?」


先ほどまで確実に転がっていた筈の死体が消えている。

確実な異常事態。

片づけた?

もしそうだとするならば、誰が? 何のため?

弔うにしても先ほど見た状態ではかなりの時間がたっているのは間違いない。

残された血痕も乾いている。

今さら埋葬するために運ぶ理由が無い。

それならもっと早い段階でやるべきことだから。


「ちっ、尻込みしてても出口は今のところここしか思いつかないし……ええい、女は度胸! なんでもやってみるもんよ!!」


意を決して扉をくぐる。


「(なにも居ませんよーに)」


ぼそりとつぶやき、そろそろと歩を進める。

血だまりまであと数メートル。

2M……。

1M……。


「(何もない……わね?)」


最初に見た方が気のせいだったのだろうかと思い、気を取り直して先へ進もうとした時、ズリズリと何かを引きずるような音が響いてきた。


「(な、な、なんなのよぉ……)」


音は進行方向から聞こえてくる。

曲がり角の向こう側だ。

サンドラは壁に張り付くようにしてそっと角の向こう側を覗き見る。

目の前は赤と黒に彩られていた。


「へ? いったいな……に……が……ひぃ!」


視線を少し上に向けるとそこには皮をはがされ、肉がむき出しになった人間の顔。

口元からはぼたぼたと涎のようなものを垂らしながら、瞼を失って閉じることが出来なくなった双眸はしっかりとサンドラを見つめていた。


「あ、あら~……素敵なお顔ね。その特殊メイク今流行ってるの? アタシにも教えて欲しいな~なんて……」


『SYAAAAA!!』


「うひゃあ!」


意味不明な叫び声を上げながらソレはサンドラに向かって腕を伸ばしてきた。

咄嗟に身体を丸め、転がるように回避するサンドラ。

よく反応できたと彼女は自分をほめたい気持ちでいっぱいになった。


「そ、そうよねぇ。今の流行りならお抱えのメイクさんを教えたくないわよねぇ~……それじゃサイナラって、ひいいい!」


ソレは再び大きく口を開きながらサンドラを捕まえるべく腕を伸ばしてくる。

幸い動き自体はそこまで早い訳ではないので、よく見ていれば躱せないものでは無い。


「ちょ、ちょっと! そっちがその気ならアタシだって容赦しないわよ?」


サンドラは近くに転がっていた鉄パイプを拾い上げて、不格好ながらも構えを取る。

先っぽが赤黒くなっていたのに気づいたが、それは見ないことにした。


「てやぁ! あ……あら? 嘘……カルシウム足りてないんじゃない……?」


良くて気絶でもしてくれれば御の字と唐竹に振り下ろした鉄パイプはソレの頭部を一撃で破砕してしまった。

正直やり過ぎた感は否めなかったが、襲われたのだから仕方ないと割り切る事にする。


「……落ち着いてみてみるとコイツ、アソコに転がってた死体よね……うげ……キモチワル。でも、どう見ても生きていられるような状態じゃないし……だけど動いてたし……ゾンビ? んなばかな」


とは言っても目の前にあるものは消えたりはしない。

手の中にある鉄パイプも、殴った時に伝わってきた感触も、必死で気づかなかったが饐えた臭いも全てが現実だと物語っている。


「まさかこいつがこの病院の状態の原因……うひいい!?」


ガゴン! と何かが壊れる音が院内に響き渡る。


「こここ今度はなによ!?」


サンドラは急ぎ状況を確認すべく曲がり角まで引き返すとそこには悪夢が待っていた。


「ななな、なによコレぇ……」


この病院に居た人間全てがそこにいたのではないかと錯覚するほどのゾンビの群れ。

あれこそが倉庫に閉じ込められていた「死」なのだろう。

そして、その血に染まった「死」の河は一様に一つの場所を目指して流れていく。

向かう先にサンドラは心当たりがあった。


「あの方向……さっき見かけたけど確かナースセンターよね……あ、ナースコール?」


何故ナースセンターを目指すのか。

ナースセンターに何があったかを考えて思い出す。

「音」がなっていた。

奴らゾンビどもはきっと音に反応しているのだろう。


「だったらこっちにはすぐには来ないわね、今のうちに……なによアレぇ……」


ゴリゴリと金属的な何かを引きずる音が聞こえてきた。

そして音の主はすぐに判明する。

まるで紙粘土で作ったような粗末なフェイスマスクを被り、巨大なハルバードを引きずるように歩く半裸の大男。

例えるならブギーマンという映画に出てきたようなマスクをかぶった殺人鬼のよう。

身長も恰好も持っている得物も全然違うが。

その大男が突如サンドラの方を向き、列を抜けてゆっくりと近づいてきた。

何かを察知したのか、完全には気づかれていないようだが確実にサンドラ目掛けて歩いてきている。


「(何に反応してこっち来るのよ! 無理無理! あんなの絶対お近づきになりたくないわ! まだ完全に見つかってないから今のうちに早く逃げよ)」


サンドラはそそくさと足早にその場を退散する。

背後からは扉を壊さんとハルバードを振るっている音が聞こえる。


「(ひいいい、ドアノブ開ける頭もないの!? 脳筋万歳、今のうちに!)」


思わぬところで時間稼ぎが出来たが、なんとか見つかることなくサンドラは外に出ることが出来た。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



病院を抜け、街に繰り出したサンドラは途方に暮れていた。

お金は無いがタクシーの一台でも捕まえて遠くに逃げようと考えていたのだが、外の世界も病院内と同じような有様だったからだ。


「はあ……人は居ないし記憶はないし、靴が無いから足は痛いし……どうすれっつーのよ……」


言語や一般常識は忘れていない。

ただ、自分の名前と病院に居た経緯、それと働いていた仕事がスッポリと抜け落ちていた。

目覚めたらだれもおらず、自分がどこの誰かもわからずにクリーチャーに襲われる。

これを悲劇と言わずしてなんというか。


「ああー、可哀相な私……きっとここままゾンビの仲間入りしてしまうのねーよよよ……って、嘆いていても仕方ないわね……落ち着いたらお腹空いたわ」


彼女は逞しかった。


「この街はアーカムね? 確かショッピングモールが近くにあったような……あ、あそこの人に聞いてみましょ。すいませーん」


『SYAA?』


「わー、ゾンビだった―!」


彼女はポンコツでもあった。


「おいアンタ! こっちだ!!」


「お、生存者発見!」


「それはこっちのセリフだ、死ねバケモン!」


「バケモンとは失礼ね!」


「お前じゃねー!」


男が放った散弾はいとも簡単にゾンビの頭を吹き飛ばす。


「今の音で近くのゾンビが集まってくる、早くこっちに!」


「わ、わかったわ!」


「おい、もっと早く走れないのか?」


「靴が無いから痛くて走れないのよ!」


「く、仕方ねぇ」


「きゃ!?」


「しっかり掴まってろ!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「……追って来てるのも居ないな……」


「……ありがとう、助かったわ」


「ん? 見かけちまったら放っておくのも寝覚め悪いしな、気にすんな。俺はジャックス」


彼の名はジャックス・テイラー。

22歳でフリーの記者をやっているそうだ。

少し線は細いが、先の行動を見てもわかる通りのお人よしで、見かけよりもパワーがある。

セミロングの髪とイケメンフェイスのおかげでナンパなイメージだが、性格は好青年といった感じだ。

美形なのに少し乱暴な口調なのは、やはり見た目で軽薄そうなイメージを持たれやすいのでせめて口調は男らしくと意識していたら定着してしまったらしい。

なんとも可愛い理由である。


「とまあ、こんな感じよ。アンタは?」


「サンドラ・ルイスよ……ねえ、なんでさっきから目が合わないの?」


「いや……ちょ、ちょっと待ってろ」


そう言ってジャックスは二階へ姿を消した。

数分後、戻ってきたときには手に衣類と靴を持っていた。


「あら、ありがとう」


「ああ……は、早く着替えてくれ。色々と気まずい……俺はアッチに行ってるから終わったら呼んでくれ」


「は? あー……」


そこまで聞いてサンドラは合点が言った。

サンドラの今の服装は病院で来ていた入院着。

これが検査しやすい様に色々と薄いしはだけやすいしで、その上下着は下しかつけていない。

彼、ジャックスにとっては目の毒……いや、かなり刺激が強いのだろう。


サンドラは決して見た目が悪い訳ではない。

どちらかと言えば綺麗系のお姉さんTYPEな顔立ち。

黙っていると「怒ってる?」と聞かれそうな切れ長の目は、よく言えば凛としている印象だ。

ショートにカットされた髪がそれをさらに引き立てる。

バストは大きすぎず小さすぎず、ウエストはきゅっと締まっており、ヒップは安産型。

古い言い方をするならボン、キュ、ボンのなかなかにバランスのとれたワガママボディと言える。


「ふふーん、貴方童貞ね?」


「どどど童貞ちがうわ!」


「ふ……そういう事にしておくわ」


別に蔑んだわけではないが、ジャックスの反応につい鼻で笑ってしまった。

気を悪くしていなければ良いのだが……と心配しつつも着替えを済ませる。


「……ねえ、ジャックス? 狙ってやってる?」


「ん? 着替え終わったのか……かはぁ!」


Tシャツとジーンズという無難な組み合わせではあったのだが、Tシャツのサイズが少々あっていない。

さらに下着をつけてないおかげでハッキリとわかってしまうのだ。

何かが。


「その反応は天然ね……まあ、アタシのバストサイズもわからないでしょうから今は包帯かなんかで代用しておくわ」


「ば、バス……そ、そうしてくれると助かる……」

いつかの美咲さんポジかと思いきやのコメディ要員。

サンドラみたいなキャラは出してるだけで楽しくなれる。

お付き合いいただき有難うございました。

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