6 ようこそ高天原へ!
うずめ、ついに神様の国・高天原へ!
今回は、料理が得意な食べ物の女神様が初登場します。
では、続きをどうぞ!
高天原。
太陽神アマテラス様が治める天上界の都。
かつて天の神々がここで生まれ、数々の神話が繰り広げられた聖なる地。
そのはずなのに……。
「どうして、神様の都に、高層ビルが建ち並んでいるのよーーーっ!」
ここは東京ですかと言いたくなるほどのたくさんのビルの下、神様とそのお供の神使の動物たち(キツネやサル、シカ、ウサギなどがうじゃうじゃといる!)が忙しなく行き来している。
「高天原スカイツリー見学ご一行」という旗を持ったガイドの女神とその後にぞろぞろと続く神様たちもいる。遠くに東京スカイツリーっぽいのが見えるけれど、あれのこと?
地面は幻想的だった薄桃色の雲からただのアスファルトに変わっていた。そんな現代日本の都会とほとんど変わりない風景が広がる中、なぜか車だけは牛車。
渋滞中の道路に、平安時代からタイムスリップしたような、車を引く牛たちがわじゃわじゃといて、モーモー、モーモーとうるさく鳴いているのだ。ワケガワカラナイ……。
「神様って、もっと幻想郷みたいなところに住んでいると思っていたのに……」
「オレも二千年ぶりに来たから、あまりの変わりように驚いている。何だ、これは……。アマテラス様がいらっしゃる御殿には、どうやって行ったらいいんだ?」
「ええー! あんただけが頼りなんだから、しっかりしてよ~! 導きの神なんでしょ?」
「わ、分かっている。……よし、あそこの神に道を聞いてみよう」
猿田くんは、近くにいたちょっと気が弱そうな神様に声をかけた。でも、神様は猿田くんの顔を見ると、「うひゃぁ!」とさけんで逃げて行ってしまった。
「人の顔を見て、逃げ出すとはなんて失礼なやつなんだ」
「天狗のお面をかぶった不審者に話しかけられたら、神様だってビックリして逃げるわよ。ていうか、なんでそんなお面をずっとかぶっているの?」
わたしがそう聞くと、猿田くんは顔をうつむかせ、ごにょごにょと答えた。
「…………恥ずかしいから」
「へ?」
「素顔を見られるのが恥ずかしいんだ。昔から、顔が恐いと仲間の神たちから言われていて、自分の顔に自信がないんだよ」
何それ。人を見た目だけで判断して、仲間外れをするようなやつが神様にもいるの? わたし、そういうのは気に入らないんだよね。なんで、もっと相手のいいところを探して、友だちになろうとしないのかな。
自分の勝手な思いこみで、あの子は嫌な子だって決めつけるのは、絶対に損しているよ。ちょっと苦手かもと思う子でも、好きになれるところを見つけたら、仲良くなれるのに。
「たぶん、あんたを恐いって言ったやつらは、あんたっていう人間をちゃんと見ていなかったのよ。お面の下から見える、あんたの目、とても優しそうだよ?」
猿田くんは、ハッと顔を上げて、わたしを見つめる。
「初めて出会った時も、おまえは同じを言ってくれたな……。あの時は、本当にうれしかった……」
お、おい、おい。そんなことぐらいで涙声になるなって。神様なんでしょ?
「……ま、まあ、わたしがアメノウズメなのかっていう問題は置いておいて、わたしはあんたの素顔を見ても、恐いとか言ったり、笑ったりすることはないからね。それだけは約束する。あんた、変人だけれど、悪いやつじゃないもの。恐くなんかないよ」
「ありがとう、うずめ。……愛しているぞ!」
猿田くんは、感極まった口調でそうさけぶと、両腕をひろげ、わたしに抱きつこうとした。
「だれが抱きついていいって言ったぁ! まだ夫婦って認めたわけじゃないんだから!」
猿田くんのハグをひらりとかわしたわたしは、顔を真っ赤にして怒鳴った。
ちょっと優しくしたら、こうだよ! 油断ならないやつ!
☆ ☆ ☆
「あらぁ? そちらにいらっしゃるのは、アメノウズメさん……ですよね?」
わたしが猿田くんにギャアギャアと説教していると、一人の女神様が声をかけてきた。
何だか、耳に心地よい、ほんわかと和んでしまう声だ。
ニコニコとほほ笑んでいるその女神様は、紅花染めの和服に白のエプロンを着ていて、いかにも大和撫子といった雰囲気の美人だった。
肩には鮮やかな水色の衣をマフラーみたいにかけている。よく見ると、その衣はふわふわと浮いていた。あれって、もしかして天の羽衣……?
小さいころ、お母さんが読み聞かせてくれた絵本の中に『羽衣伝説』というお話があった。
地上に降り立った天女が人間に天の羽衣を奪われて空を飛べなくなり、地上にとどまったという伝説だ。あの女神様が身にまとっている衣は、その天の羽衣によく似ているのだ。
「さっき、アメノイワトさんが、『うずめが帰って来たぞ~!』って、さけびながら走り回っていましたが、本当だったんですね。うずめさん、お元気そうで何よりです」
女神様は、野菜がいっぱい積まれたカゴを重たそうに抱えながら、ゆっくり、ゆっくり、わたしと猿田くんのところまでぷかぷか浮いてやって来た。
や、やっぱり、浮いてるーーーっ!
すごい! あれは本物の天の羽衣だよ! この女神様、空が飛べるんだ! ようやく神様らしい神様に会えて、感激だよ!
「あなたは、だれだ?」
猿田くんが、ちょっと警戒しながらたずねた。
何? 神様同士なのに、知り合いじゃないの?
「わたしは、食物と穀物を司る女神、豊受大神です。またの名を豊宇気毘売神ともいいますが、アマテラス様からはトヨちゃんと呼ばれておりますので、トヨちゃんでいいですよ?」
何だか小難しい名前だなぁとか思っていたら、可愛いニックネームで呼ばれているんだね。じゃあ、遠慮なくトヨちゃんと呼んじゃおう。
「豊受大神……。ああ、あなたは三重県の伊勢の地でアマテラス様と一緒にまつられている女神様でしたか。失礼な物言いをして、すみません。オレは、うずめの夫のサルタヒコです」
猿田くんが、突然、腰を低くしてトヨちゃんにあいさつをした。
「え? もしかして、トヨちゃんって、偉い神様なの? いや、神様な時点で十分に偉いんだろうけれど……」
「トヨウケビメ殿は、アマテラス様のもっともおそば近くにいる女神様だ。偉いに決まっている。オレは、トヨウケビメ殿がアマテラス様とともに伊勢の地でまつられるようになる前に、黄泉国に堕ちてしまったから、今日が初対面だったのだ。それで、顔を知らなかった」
「黄泉国にいたのに、よくそんなことを知っているわね。大昔には、黄泉国にもテレビはなかったでしょ?」
「黄泉国にいても、高天原や人間界で起きた大きな出来事は、ウワサとして聞こえてくる」
「そっかぁ。だったら、トヨちゃんなんて、気安く言えないかぁ……」
わたしが残念がってそう言うと、トヨちゃんはさびしそうな顔をした。
「うずめさん。しばらく会わない内に、冷たくなってしまわれたのですか? 行方不明になる十数年前までは、『トヨちゃん、ハンバーグ食べたい』『トヨちゃん、プリン作って』『トヨちゃん、トロピカルジュース飲みたい』って、たくさんわたしを頼ってくれたのに……」
そ、それは便利に使われているって言うんじゃ……。
トヨちゃんがすごく悲しそうにしているものだから、わたしは、
「わ、分かったよ。トヨちゃんって呼ぶよ。実は、わたし……」
と、自分と猿田くんが高天原に来ることになった事情を話した。
「まあ! 記憶喪失? それは大変ですわ。早くアマテラス様のもとに参りましょう。アマテラス様なら、何とかできるかもしれません」
「う、うん……。でも、自分が女神様だなんて、まだ半信半疑なんだけれどね……」
「高天原に行って、オレ以外の神を実際に見たら信じると言っていたではないか」
「うーん……。空の上にこんな天上界があるんだなぁってビックリしているし、あんたのことも神様かもしれないって思い始めているけれど、自分が神様だっていうのは……」
今まで普通の女の子として平凡に生きてきただけに、まだ実感できないんだよねぇ……。
「とにかく、アマテラス様が缶詰をしている天岩戸に行きましょう。案内しますから」
「え? 天岩戸? 缶詰?」
天岩戸って、太陽神のアマテラス様がそこに引きこもっちゃって、世の中が真っ暗になったという神話に出てくる洞窟でしょ?
その天岩戸の中にアマテラス様が今いるの? それって大変じゃない! 世界が真っ暗闇になっちゃう!
「うずめさんが心配しているようなことは起きませんよ。洞窟の入口が岩の扉で封印されていたら、アマテラス様の神々しい光が岩の扉にさえぎられて、天も地も夜の世界になってしまいますが、今は天岩戸の管理をしているアメノイワトさんの許可がなかったら、アマテラス様といえども天岩戸を岩の扉で閉ざせないシステムになっていますので」
アメノイワトって、高天原の都の入口で門番していたあの神様?
ああ。天岩戸の管理をしているから、アメノイワトっていう名前なのね。
「でも、日本で一番偉い神様が、なんで、原稿の締め切りが迫ってヤバイ小説家がホテルに閉じこもって仕事するみたいに、洞窟なんかで缶詰させられているの?」
「ここ最近、神様のお仕事をさぼっていたから、三か月分の書類がどっさりとたまっているんです。それで、秘書のオモイカネさんに叱られて……」
ええぇぇ……。か、かっこ悪い……。
何だか頼りなさそうな神様っぽいけれど、そんな人に相談して、大丈夫なのかなぁ?
<うずめの一口メモ>
伊勢の外宮にまつられているトヨウケビメは、実は天女だったという伝説があるの。そのエピソードを参考にして、この物語では、トヨちゃんは天の羽衣を身に着けているという設定になっているのよ。