26 それだけ浮気してりゃヤンデレにもなる
前回までのあらすじ。生首のオオクニヌシ様がしゃべった。以上。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!!」
「あ、あばばばばぁ~!!!」
わたしやトヨちゃん、ミヤっちは、首だけでしゃべるオオクニヌシ様にビビって悲鳴を上げ、ウカちゃんと母親のカムオオイチヒメさんは立ったまま気絶してしまった(すぐに復活したけど)。鈴ちゃんは声を上げることもできずに固まり、鈴ちゃんの後ろにいる椿ちゃんと名取さんは泡を吹いてぶっ倒れた。
猿田くんやタヂカラオ、神使の動物たちもドン引きしているみたいだ。クシナダヒメさんも「うわぁ……きもっ」と呟いている。
「よう、オオクニヌシ。久し振りだな。首だけになって、どうした?」
荒ぶる神と呼ばれるだけあって、スサノオ様はさすがに胆力がすごい。首だけのオオクニヌシ様に動じる様子もなく、普通に話しかけていた。
「ご無沙汰しております、スサノオ様。いやはや、こんなみっともない姿になってしまうとは……。前々からスサノオ様にもご忠告しておかなければと思っていたのですが、女の嫉妬は恐ろしいですので気をつけてください」
ハクトちゃんに首を抱きかかえられているオオクニヌシ様はそう言った。……首がしゃべっている光景こそ、わたしには恐ろしいのですが……。
オオクニヌシ様の口調は穏やかでいい人っぽいけれど、その笑顔はどことなく疲れている様子。まるで、ブラック企業の社員みたいに顔に生気がなかった。首だけになっているのに、生気もクソもないだろうけど。
「女の嫉妬? なんだ、また新しい妻を作って、嫉妬深いスセリビメ(スサノオ様の娘)に怒られたのか?」
「今回はスセリビメさんだけでなく、他の妻たちも爆発しちゃいまして。あはは……」
オオクニヌシ様は力なく笑うと、首だけになってしまったいきさつをわたしたちに語るのであった。
☆ ☆ ☆
わたし――オオクニヌシ――は、みなさんも知っている通り、とても忙しい神なのですよ。あっ、うずめさんは神としての記憶を失っているのですよね。だったら、うずめさんにも分かるようにお話しましょう。
わたしたち神は色んな別名を持っていて、各地に祀られているものなのですが、特にわたしはたくさんの別名を持っていましてね……。日本の各地にあるわたしを祀った神社を飛び回り、現地の人間たちにご利益を授ける仕事で大変なのです。
それに、わたしはアマテラス様に、隠り世――人間の目には見えない様々な別世界――の管理を押しつけられ……ごほん、任されていましてね。
隠り世は、ただ一つの世界だけを指す言葉ではありません。人間が寝ている時に迷いこむ夢の世界や、妖怪や悪霊がうじゃうじゃといる恐ろしい異世界などたくさんありまして、それらをわたし一人で管理するのはとても難しいのです。正直、ストレスで死にそうな毎日です。
そんな中、わたしの唯一の楽しみは、出張先で新しい現地妻を見つけることなのですよ。
偽名がたくさんあると便利ですよ! 浮気する時とかに!
でも、なぜか正妻のスセリビメさんにはすぐに分かっちゃうんですよね~。……なんででしょう?
スセリビメさんって、本当に嫉妬深くて怒ったら恐いんですよ……。わたしの最初の奥さんのヤガミヒメ(八上比売)を追い出しちゃうし……。
いえ、スセリビメさんにはいつも支えてもらって、すごく感謝しているのですよ? スセリビメさんがいなかったら、わたしはこんなにも立派な神になれていなかったでしょうしね。
でもまあ、妻が恐くて浮気がやめられるとかといえば、そうではありません。
わたし、見ての通りのイケメンですし、行く先々で女の子に惚れられちゃうんですよね。据え膳食わぬは男の恥というじゃないですか。毎日の激務で疲れ切った心を癒してくれる美女が必要なんですよ……。
で、調子に乗りまくってドキドキ浮気ライフを送っていたら、気がついたら子供が181人。
いや……愛人や子供がそんなにもいることは、スセリビメさんたち主だった妻にはずっと隠していたんですけどね。でも、最近、とうとうバレちゃいましてね……。
スセリビメさんの機嫌が過去最高に悪くなってしまって――ぶっちゃけ殺意すら感じました――ここ数カ月間生きた心地もせず、アマテラス様に相談に乗ってもらっていたんですよ。「調子に乗って浮気しまくるあなたが悪いんでしょ~?」と呆れられてしまいましたが。
で、とうとう、数日前にスセリビメさんが爆発しちゃいました。
「よくもわたしに隠れてこんなにもたくさんの子供を作ってくれましたね!! 子供が181人とか、光源氏もビックリな浮気男じゃないですか! ……そんなにも子供が欲しいのなら、今日から、わたしが181回出産するまでわたしと子作りしてください!!」
嫉妬の炎で狂ったスセリビメさんがわたしを押し倒して、そのまま子作りを始めようとしたのです。
しかし、他の妻たちも「スセリビメさんに負けていられない!! 今こそ子作りのチャンス!!」と思ったらしく、
「スセリビメさんばかりずるい! わたしたちにもオオクニヌシ様とイチャラブさせてください!」
と口々に言い、わたしに飛びかかったのです。そして、みんながいっせいにわたしの体を引っ張り合いました。
スセリビメさんがわたしの頭
ヌナワカヒメさん(沼河比売。新潟県糸魚川出身の女神)が右手
タギリヒメさん(多紀理毘売命。アマテラスとスサノオの誓約で生まれた宗像三女神の一人)がわたしの左手
カムヤタテヒメさん(神屋楯比売。七福神の恵比寿と同一視される事代主を産んだ女神)がわたしの右足
トトリノカミさん(鳥取神。鳥取県の名前の元ネタ……かどうかは不明)がわたしの左足
そして、アヤトヒメさん(綾門日女命。『出雲国風土記』だけに登場する女神)がわたしの胴体にしがみついたのです。
全員、霊力フルパワーでわたしの体を引っ張った結果……。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!! 痛い痛い痛い!!! ちぎれるちぎれるちぎれるぅーーーっ!!!」
ぶちっ!! ぶち、ぶち、ぶち~!!
わたしの体は頭、右手、左手、右足、左足、胴体と見事に六分割されてしまった……というわけなのです。
☆ ☆ ☆
「なんだか……すごく猟奇的ですね」
鈴ちゃんがポツリとそう言うと、いつの間にか気絶から復活していた椿ちゃんが「神様同士の愛って分からないっす……」と呟いた。わたしも神様のはしくれだけど、ぜんぜん理解できない……。
でも、ただ一つ、これだけは言えることがあるよね。
「それだけ浮気してりゃ、奥さんたちがヤンデレ化するのも頷けるよ」
「いやはや、お恥ずかしい……。それで、妻たちが体の一部をそれぞれ持って逃げたため、『うずめを助けるため、スサノオに女の嫉妬の恐さを教えに行ってあげてちょーだい』というアマテラス様の呼び出しにすぐに応じることができなかったのです。足の速いハクトがほうぼう走り回って妻たちを何とか説得し、首と両手、両足は回収できたのですが……」
オオクニヌシ様がそう言うと、ハクトちゃんが申し訳なさそうにしゅんとうつむき、
「オオクニヌシ様、ごめんなさい……。胴体を持ち去ったアヤトヒメ様はかくれんぼのプロなので、どこに隠れてしまったのかぜんぜん分からないんですぅ~……」
半泣きになって謝った。
「気にしなくていいのですよ、ハクト。アヤトヒメさんは、わたしが求婚した時、『かくれんぼでわたしに勝てたら結婚してあげます♪』と言って鮮やかに雲隠れてしまったようなイタズラっ子なのですから。あなたが見つけられないのも当然です。
……わたしが『アヤトヒメさ~ん、どこですかぁ~?』と伺いまわったことから、その土地の名前が宇賀になっちゃったぐらいですし」
かくれんぼ好きの女神様とか、どーいうキャラだよ。ちょっと会ってみたい……。
でも、これでオオクニヌシ様が首だけになっている理由が分かった。
せっかく体のパーツを取り戻しても、胴体がなかったらくっつけることができないもんね。体をバラバラにされてなんで生きているのかがそもそもの謎だけど。オオクニヌシ様ほどのビッグな神様だと、その程度じゃ死なないのかしら?
「……アヤトヒメはかくれんぼが好きなくせに寂しがり屋なので、しばらくしたら自分から戻って来てくれると思います。……たぶん」
「お、お前も大変なのだな……」
さすがのスサノオ様も、オオクニヌシ様の壮絶な修羅場ばなしを聞き、あぜんとしていた。
「いえ、スサノオ様。あなた様も他人事ではありませんよ?」
「何? どういうことだ?」
「スサノオ様も正式な奥さん二人以外に、あちこちで愛人や隠し子がいるのでしょう? わたしの正妻のスセリビメさんも、スサノオ様がとある女性に産ませた女神ですし。
スサノオ様の前ではニコニコ笑顔でいるクシナダヒメさんとカムオオイチヒメさんも、たぶん心の中ではジェラシーの炎がメラメラと燃えていると思いますよ? わたしの妻たちもスセリビメさん以外は、普段はわたしの浮気に何も文句を言わなかったのです。それが、突然ぷっつんと切れてわたしに襲いかかって来たのですから……前々からわたしに怒りを覚えていたのでしょう。わたしの不徳のいたす限りです。スサノオ様もくれぐれもお気をつけください、わたしのように首だけにならないためにも」
「む、むむむ……」
スサノオ様がうなると、オモイカネが「何が、むむむですか!」と声を荒げた。
「スサノオ様は知らないだけで、実際、あなた様の奥さん二人はヤンデレ化する一歩手前なのですよ!? それを娘であるウカ様が必死になだめ、機嫌を取り、苦労してこられたのです。そのせいでストレスがたまって幼児退行してしまったというのに、父親のあなたはのんきに『新しい妻が欲しい』ですと? 少しは大人になってください、スサノオ様!」
「うるさい」
スサノオ様は二本指を素早く突き出し、オモイカネに目潰しをした。オモイカネは「ぎゃーーー!!」と叫び、のたうち回る。
「……だが、知恵の神の言うことにも一理ある。たしかに、オレはウカに妻二人の面倒を押しつけすぎていた。これでは父親失格だな……」
うつむき、珍しく反省の言葉を口にするスサノオ様。
さすがは知恵の神オモイカネの弁舌だ。オオクニヌシ様の恐ろしい実体験の話も功を奏し、スサノオ様の心を動かすことに成功したらしい。
「……でも、反省しても、説教されたのが悔しいから目潰しはするのだな。いかにもスサノオ様らしい」
猿田くんがわたしにだけ聞こえる声で呟くと、わたしはコクコクと頷いた。
「うずめよ!!」
「えっ、は、はい!?」
急に大声でスサノオ様に話しかけられて、わたしはビクッとなった。猿田くんがわたしをかばうように前に出てくれたけれど、スサノオ様は何もしてこようとはせず、ただ「すまん……」と言って頭を下げた。
「オレは…………お前を妻にはできん!!」
「最初から嫌だって言ってるんだけど……」
スサノオ様は、わたしのツッコミには反応せず、さらに自分が言いたいことを口にした。
「オオクニヌシの二の舞になって体がバラバラになるのは嫌だ。それに、ウカにも迷惑をかけすぎた。だから、ウカが元の大人の姿に戻れる日までは、女漁りは自重しようと思う」
「いや、一生自重しろよ」
ビシッとツッコミを入れるわたし。
でも、さんざん父親のわがままと母二人のいがみあいに苦しんできたウカちゃんには、父のその言葉は嬉しかったらしい。
「ほ……本当でちゅか、父上……!!」
などと、感極まってだばだばと涙を流していた。
「ああ、約束する! 子供の気持ちを考えずにわがまましたい放題だった愚かな父を許してくれ!!」
スサノオ様はそう言いながら、ウカちゃんの幼い体をひっしと抱きしめた。クシナダヒメさんとカムオオイチヒメさんも、ウカちゃんに優しく声をかける。
「ウカさん。わたしたちも娘のあなたに負担をかけすぎたと反省していますわ。これからは極力、カムカムと仲良くするようにがんばりますね。……ただ、今までもわたしはカムカムと仲良くしたかったのですよ? カムカムが一方的にケンカを吹っかけてきただけでぇ……」
「ウカ、ごめんね。わたしも少し大人げなかったと反省しているの。……腹黒クシナダヒメの挑発にいちいち乗っていたら、きりがないものね。これからはなるべく挑発に乗らないように努力するわ。……五回のうち一回はブチ切れるかもだけど」
……く、クシナダヒメさんとカムオオイチヒメさん、ぜんぜん反省してねぇ~。
それでも、ウカちゃんは「うえぇぇぇん! 父上ぇ~! クシナダヒメ義母上ぇ~! カムオオイチヒメ母上ぇ~!」とわんわんと泣き、父と二人の母に甘えるのであった。
「う、う、う……。ウカ様、良かったですね……」
ミヤっちも感激し、号泣していた。傍らでは命婦ももらい泣きしているようだ。
「ふぅ~。これでわたしがウカちゃんに命を狙われる心配もなくなったし、一件落着ね。…………あれ? ねえ、ミヤっち。ウカちゃんの体が何か光ってない?」
「……え? ああ! ほ、本当です! こ、この光は……ウカ様が、成長か幼児退行をする時に発する光です!!」
「な、なにゅ!?」
ピカーーーっ!!!
う、うおっ、まぶし!!
成長か幼児退行って……今このタイミングで!? ま、まさか、ミヤっちの過去の記憶で見た赤ん坊姿になるんじゃないわよね!? 赤ちゃんになっちゃったら、稲荷大神のお仕事ができなくなっちゃうじゃないの! またまた一大事だよ!
「う、ウカちゃーーーん!!!」
わたしは、まばゆい光に包まれているウカちゃんに大声で呼びかけた。
ど、どうなっちゃうの!?
<雑談コーナー:オオクニヌシ様×作者>
※これはオオクニヌシ様の体がちゃんと元に戻った後の対談です。
オオクニヌシ様
「読者のみなさんにいちおう言っておきますが、わたしの体がバラバラになった……みたいなエピソードは神話にはありませんからね?」
作者
「すみません、わたしの創作です。あえて言うなら、発想の元ネタはキン肉マンのミートく……」
オオクニヌシ様
「オオクニヌシ・パーンチ!!」
作者
「げふぅーーーっ!?」
オオクニヌシ様
「でも、わたしは意地悪な兄たちに殺されそうになっても生きのび、娘のスセリビメさんに手を出したわたしに怒ったスサノオ様が課した数々の試練も乗り越えているので、体がバラバラになる程度はどうということはありません。たぶん」
作者
「あのスサノオ様に睨まれることを承知で娘に手を出すオオクニヌシ様、すげぇ……。そこに痺れる憧れるぅ~!! でも、浮気しまくりぃ~!!」
オオクニヌシ様
「光源氏なんて雑魚ですよ!! あははははは!!」
作者
(この神様、ぜんぜん懲りてねぇな……)




