25 スサノオ様再び
「みなさん、こんにちはぁ~。わたしたちもいますよぉ~♪」
「ウカったら、こんなイタズラをして……。人間たちを巻きこんで騒動を起こしたらダメだといつも言っているでしょ?」
「く、クシナダヒメ義母上、カムオオイチヒメ母上……」
スサノオ様の左右には、清楚系美女とクールビューティ系美女――クシナダヒメさんとカムオオイチヒメさんもいる。
うげげっ、スサノオ様だけでも面倒くさいのに、これまたやっかいな女神たちが出て来たよ!
「そうでした……。今回の騒動は、スサノオ様がうずめさんを妻にすると言い出してウカ様が怒ったのが原因でした……」
初めてスサノオ様を見る鈴ちゃんが、困惑しながら声を震わせてそう言った。
スサノオ様が発する圧倒的な迫力への畏怖心もあるけれど、アロハシャツと健康サンダルという壊滅的なファッションセンスに半ば呆れているのだろう。
巫女アイドル隊の椿ちゃんと名取さんは、色んな意味で異形すぎるスサノオ様にすっかり怯え、鈴ちゃんの背中に隠れて震えている。
「スサノオ様、いったい何の用なの? 人間界で高天原スカイツリーを炎上させたような騒動を起こしたら、またかかと落としでお仕置きするからね!?」
「そんなに警戒するな、うずめ。オレはただ、ウカが高天原警察署を爆破したというウワサを聞いて、可愛い娘が不良少女になってしまったのではと心配して様子を見に来ただけだ」
「この間、高天原の都をめちゃくちゃにしたヤンキー神様よりはマシだと思うけど……」
わたしは呆れてスサノオ様をジト目でにらんだ。
でも、手がつけられない暴れん坊のスサノオ様でも、娘のウカちゃんのことはちゃんと心配しているらしい。
「ウカ。いったい何が原因でぐれてしまったのだ? お父さんにちゃんと話しなさい」
屋上のフェンスから飛び降りたスサノオ様は、ウカちゃんに歩み寄り、荒ぶる神にしては優しい声音でそうたずねた。奥さんのクシナダヒメさんとカムオオイチヒメさんは、スサノオ様にピッタリと寄り添っている。
「う、う、う……。わたくしは……わたくしは……」
「スサノオ様。ウカ様は家庭内の問題で心を痛めて、このような騒動を起こしてしまったのです。どうか、ご家族でちゃんと話し合ってあげてください」
トヨちゃんが前に進み出て、そう言った。
アマテラス様の親友のトヨちゃんは、三貴神(イザナギ様の子供であるアマテラス様、ツクヨミ様、スサノオ様の三兄弟)の一柱であるスサノオ様に堂々と物申すことができる数少ない神様の一人だ。いくらスサノオ様でも、前回の事故(スポーツカーではね飛ばす)みたいなことがない限り、トヨちゃんに乱暴なことはしないだろう。もしもそんなことをしたら、姉のアマテラス様に今度こそ殺されるからね。
「家庭内の問題? 何のことだ?」
「うずめさんを三人目のお嫁さんに迎える、という話です。勝手にそんなことを決められて、うずめさんご本人も困っているのですよ?」
「そうよ、そうよ! すっごい迷惑したんだから!!」
わたしがキャンキャン吠えると、スサノオ様は「ああ、そのことか」と笑った。
いや、なに笑ってんだよ。あんたのせいで、わたしはウカちゃんに危うく暗殺されるところだったんだからね!?
「それなら、問題はない。妻たちとちゃんと話し合った」
「え? そうなの? じゃあ、わたしを嫁にするという話は――」
「もちろん、うずめはオレの三人目の妻になる。二人ともオーケーしてくれた」
「うっそーーーん!?」
なんでオーケーするの!? 普通、激怒するでしょ!? ワケワカメすぎて頭が痛くなってきたよ!
「クシナダヒメさんとカムカムさんは、それでいいの!? 旦那が別の女に夢中になってるんだよ!?」
「カムカム言うな!! ……え? アメノウズメ、あなた聞いた話によると人間の娘になって記憶喪失中なのでしょ? なぜわたしのあだ名を……」
「そんな話はどうでもいいから! 夫の浮気を許していたら、調子に乗ってどんどん新しい女を作っちゃうわよ? 中学生のわたしでも分かるんだから、二人もそれぐらい想像がつくはずじゃない!」
わたしがムキになって怒ると、クシナダヒメさんがのほほんとした口調で「まぁまぁ、うずめさん。落ち着いてくださいな♪」と言った。
「わたしたちは、スサノオ様をお慕いし、信頼しているのですよぉ~。妻が一人や二人新しく増えても、心優しいスサノオ様は、第一夫人のわたしと第二夫人のカムカムも今まで通り可愛がってくださるはずですわぁ~。だから、うずめさんが第三夫人になっても、な~んにも問題ないんです。ねえ、カムカム?」
「だーかーらー、カムカム言うなー! あと、第二夫人という呼び方もやめろっていつも言ってるでしょーが!!
……こ、こほん。ええ、そうね。わたしたちは何があってもスサノオ様のことを信じるのみ。アメノウズメも安心してスサノオ様の妻になりなさい。新入りだからっていじめたりしないから」
えぇぇ……。この二人って、スサノオ様をめぐって争い、いつも互いの命を狙い合っている関係なのよね? スサノオ様をめぐる三角関係にわたしが入って、四角関係になってもいいっていうの……? いや、わたしは絶対に入りたくないけど。
わたしが二人の女神の発言に困惑していると、ウカちゃんが小声でわたしにこう言った。
「だ、だまされたらダメじゃ、うじゅめ。母上たちは、父上の前では『理解のある健気な妻』を演じておるのじゃ。今はああやって言っておるが、父上がいないところでは『うずめさんが第三夫人になったら、あいさつ代わりに一服盛ってあげましょうかね。うふふ♪』『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。アメノウズメ殺す!!』と不穏なことを言っておったぞ」
「ひ、ひいぃぃぃぃ~!! は、腹黒女神ぃ~!!」
わたしがブルブルと体を震わせると、猿田くんがわたしの手をギュッと握った。
「心配するな。お前は誰にもやらん。うずめはオレの妻だ」
「サルタヒコのことを認めたわけではないが、オレだってうずめの意思を無視した結婚なんか許さねぇぜ」
タヂカラオもわたしをかばうように前に進み出て、スサノオ様をにらむ。
わたしと猿田くんに仕える半蔵、彦太郎、藤吉たち神使も、わたしを守るようにしてスサノオ様と対峙する。
鈴ちゃんは鈴ちゃんで、巫女アイドル隊の二人に「いつでも巫女舞を踊れるようにスタンバイしていてください」と指示していた。でも、椿ちゃんと名取さんは何が何やらワケワカメといった感じで、状況をあまり理解できていない様子だ。
「スサノオ様。うずめお姉様とサルタヒコ様は心からお互いのことを想い合っているのです。お二人を引き裂くようなことはしないでください。……それに、これ以上母親が増えたら、ウカ様がストレスでまた赤ん坊になってしまいます」
ミヤっちが、泣きべそをかいているウカちゃんを後ろから抱きしめながら、必死にスサノオ様に訴えた。神使の命婦もスサノオ様に頭を垂れ、
「どうか、新しい奥様を持たれるのはお考えなおしくださいませ。何とぞ、何とぞ、切にお願いいたします……! ウカ様のためにも……!」
と、懇願した。主人を想う気持ちはどの神使も同じなのだ。
でも、これだけみんなが訴えても、スサノオ様の気持ちは動かされていない様子である。スサノオ様は面白くなさそうな顔をして、「なぜお前たちはそんなにも大げさなことを言うのだ?」と首を傾げた。
「一夫一妻制の現代の人間がよそで女を作るのはよくないことだが、神にはそんなルールはない。オレなんかよりもたくさんの妻を持ち、アホみたいに子供を作っている神もいるというのに……」
「え? スサノオ様よりも上を行く好色神様がいるわけなの!?」
「む……。いくらオレの嫁候補だとはいえ、無礼だぞ、うずめ。いるもなにも、オレの子孫のオオクニヌシだ。あいつの正妻はオレのもう一人の娘スセリビメだが、他にもあちこちで現地妻を作り、181人の子供がいるんだぞ?」
「ひ、181人!?」
オオクニヌシって、因幡の白兎の伝説で有名な出雲大社の神様だよね? 治癒のご利益があって痔も治せるっていう……。(←今はどうでもいい情報)
「ちょ……ちょっと多過ぎじゃないですかね……?」
「それに比べたら、『母親みたいにオレを叱ってくれたピチピチのJC女神と結婚したい』というオレの欲求なんてかわいいものではないか。うずめ、お前にバブみを感じているんだ。結婚してくれ」
「嫌だって言ってるでしょーが! なんちゅうサイテーな告白をしてくれるんだ、この野郎! オオクニヌシ様が女性にモテモテで子供が多い話なんてわたしには関係ないし!」
「だが、男として悔しいではないか。娘の婿がハーレムでウハウハなのに、オレは妻二人だけなんて……」
いや、そんな男のしょーもないプライドなんて知らんがな……。わたしが思いきり眉をひそめて呆れていると、
「スサノオ様! 妻が二人だけなんて嘘を言ってはいけませんぞ! あなた、母親不明の子供が何人もいるでしょう! 女を何人かどこかで囲っている証拠だ!」
そう鋭いツッコミを入れる声が屋上に響いた。おっ、この声は――。
「オモイカネ! ようやく来たのね! 遅かったじゃーん!」
振り向くと、知恵の神オモイカネがいた。仰向けに寝ておぎゃーおぎゃーと泣いている人間たちを「何だ、こいつら……」と不気味がりながら、わたしたちに歩み寄って来る。
オモイカネは、「スサノオ様がこれ以上妻をめとることをあきらめるように説得できる神を連れて来る」とわたしに約束していたのだ。すごく忙しい神様だから連れて来るのに時間がかかるとは言っていたけれど、こんなにも遅れるなんてよっぽど多忙な神様なんだろう。
「待たせてしまってすまない。オオクニヌシ様がなかなかつからまらなくてな」
「へ? スサノオ様を説得できる神様って、オオクニヌシ様だったの!? 現地妻を作りまくりで子供が181人もいる神様に、『これ以上奥さんを持ったらダメですよ』とか言われても説得力ないんじゃ……」
「まあ、待て。とりあえず、オオクニヌシ様を紹介しよう。記憶喪失のうずめにとっては初対面だからな」
オモイカネがそう言うと、さっきからオモイカネの後ろに隠れていたらしい小柄な女の子がひょっこりと姿を見せて、
「こんにちは!」
と元気よくあいさつをした。
その女の子はだいたい10歳ぐらいの見た目で、だぼだぼの白いウサ耳パーカー、フリルがひらひらと可愛いスカート……といういかにもあざとい感じの服装だった。中身は何なのか、人の頭ぐらいの大きさの何かを包んだ風呂敷を大事そうに抱えている。
「あたしは、縁結びの神・白兎神です! 昔、オオクニヌシ様に救われたあの白ウサギです! 気安くハクトと呼んでください♪」
ハクトちゃんは若干媚び媚びな態度でわたしにそうあいさつをした。
「えっ、あの因幡の白兎があなたなの? 神様になってたんだ!?」
「はい~。まだまだ修行中の身ですが、鳥取県に神社もありますぅ~。全部、命を救ってくださったオオクニヌシ様のおかげですぅ~。えへへ~」
この子、卑屈すぎるほど腰が低くいけど……。因幡の白兎って、隠岐の島から因幡の地まで移動したくて、海のワニ(もしくはサメ)たちをだまして一列に並べて向こう岸まで渡ろうとしたんだよね? それで途中で調子に乗っちゃって、「やーい、だまされてやんの~www」と煽ったものだから、怒ったワニ(サメ?)たちに皮を剥がされたはず……。
神話だとわりと性格悪そうだけど、あれから改心したのかな? それとも、相手によって態度を変える腹黒……。
いやいや、今はハクトちゃんの本性とか気にしている場合じゃない!
「それで、オオクニヌシ様はどこにいるの? 見たところ、オモイカネとハクトちゃんしかいないみたいだけど……」
「オオクニヌシ様なら、こちらですぅ~」
ハクトちゃんはわざとらしいほど媚びた態度でそう言うと、大事そうに抱えていた風呂敷をわたしたちの前で広げてみせた。
風呂敷の中身は、男性の生首だった。
「えっ!? な、生首!?」
両目を閉じていた首だけの男はゆっくりと目を開き……。
「あっ、どうも。オオクニヌシです」
ぎ……ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 生首がしゃべったぁぁぁぁぁぁ!!!
<雑談コーナー:ハクト×作者>
作者
「というわけで、私の別のファンタジー作品『夢守少女ユメミ』のキャラ・ハクトちゃんが特別ゲストとして登場です! 拍手ぅ~! パチパチパチパチ!」
ハクト
「けっ! 超有名な神様たちばかりだったから、ネコをかぶっているのが大変だったわよ! あーあ、人間のユメミ(『夢守少女ユメミ』の主人公)相手なら、ため口きいたり、ガムを噛みながらおしゃべりできるのに……」(←そう言いつつガムをぷくぅ~とふくらませるハクト)
作者
「ウサギなのにネコをかぶるとはこれいかに……」
ハクト
「うっせぇーーーっ! つまんないダジャレを言うなや、このゴミクズ物書き!」
作者
「痛い! 痛い! 蹴らないで! ……でも、これで両作品の世界観が同じだということが分かったわけです! どうですか、驚きでしょう?」
ハクト
「……いや、あんたの作品の裏設定なんてどーでもいいし」
作者
「…………つ、ついでに『夢守少女ユメミ』の宣伝とかしていったらどうかな……?」
ハクト
「はぁ~? なんで神様のあたしがそんな雑務をやらなきゃいけないわけぇ~!? そんなの、主人公のユメミをここに連れて来てさせなさいよ! アホ、バカ、マヌケ!」
作者
(くっ……。まったく会話が成立しない……)