21 ミヤっちの過去・前編
「うわぁぁぁぁん! 誰かミヤっちを助けてくれぇ~!!」
「ウカちゃん、号泣している場合じゃないってば! このリングから脱け出したら助かるんじゃないの!? さっき使っていたリモコンでこの壁を消してよ!」
「さっきからリモコンのボタンを押しまくってるけど、反応しにゃいのじゃ~! かしゅ……カスタマーレビューの星が1や2しかないYomizonで買った商品じゃから、きっと不良品なのじゃ! うわぁぁぁぁん!!」
そんな怪しげな通販サイトを利用するからだよ!!!
うわわ、こうやって慌てている間にもミヤっちの体がどんどん透けていく……!
「……もういいんです、うずめさん。恋破れ、お友達を危うく殺してしまいそうになったダメダメなわたしなんて、消えてしまったほうがいいんです。わたしはしょせんうずめさんの2Pカラー……」
「み、ミヤっち! 弱気になったらダメだよ! 気弱なことを言えば言うほど体が透明になっているよ!?」
ああ、もう! これどうしたらいいの!?
「うずめ! 今のパワーアップしたお前なら、そのガラスの壁を浄化の力で破壊できるかも知れない! 壁を自力で壊してオオミヤノメ殿と一緒に脱出するんだ!」
「本当、猿田くん!? ……でも、どうやって?」
「頭にかんざしがあるだろう? それは、アメノウズメの固有神器『宇受売』といって、穢れを祓う特別な力を持っている髪飾りだ! そのかんざしを使え!」
「ただの飾りだと思っていたのに、そんなすごい神器なのこれ!?」
わたしが半信半疑でそう言うと、鈴ちゃんが「サルタヒコ様のお言葉に従ってください、うずめさん!」と叫んだ。
「うずめさん――アメノウズメ様という神様は、そもそも『髪飾りをつけて神楽舞を舞う神がかった女性』を神格化して生まれたという説があります! だから、髪飾りはうずめさんの力の象徴というべきアイテムなんです! きっと、うずめさんを助けてくれるはずです!」
さすがは神社の娘の鈴ちゃん! 神様にすごいくわしい!
「よ、よ~し! いっちょやったるどぉ~! ……ミヤっち、脱出するからわたしの手を取って!」
わたしは、ミヤっちに手を伸ばした。しかし、ミヤっちは霊力がほとんどなくなって意識が朦朧としているのか、差し出された手に反応せず、ふらふらと後ろに倒れそうになった。
「ミヤっち!」
パシッとわたしはミヤっちの手を握り、自分の胸に抱き寄せる。
「しっかりして、ミヤっち! 今すぐここから出してあげ――」
そう言いかけた次の瞬間。
わたしとミヤっちは、見たこともない場所に瞬間移動していた。
☆ ☆ ☆
「ええー!? ここ、どこぉ~? さっきまでデパートの屋上にいたのに、見たこともない海辺に来ちゃったんですけどぉ~!?」
わたしが大パニックになって周囲をきょろきょろ見回していると、衰弱していたはずのミヤっちが横に立っていて、
「……たぶん、ここはわたしの記憶の中だと思います。死ぬ間際に見る走馬灯というやつではないでしょうか」
と、静かに答えた。
「……で、でも、わたしまで一緒に見ちゃうのっておかしくない?」
「あのキャラかぶりデスマッチ用のリングは、敗者が勝者に霊力を吸われて死ぬシステムですので……。現在、わたしの霊力を吸い取っている最中のうずめさんは、わたしと精神的に繋がっている状態なのだと思います。……あくまでもわたしの予想ですが」
「……じゃあ、ミヤっちはここがどこだか知っているの?」
「はい。ここは、わたしがうずめさんと初めて神様のお仕事をした思い出の場所です。……ほら、見てください。あそこに、昔のうずめさんとわたしがいます」
ミヤっちが指差した方角を見ると、たしかに昔のわたし――アメノウズメがいた。アメノウズメはわたしが成長して十八歳前後になったぐらいの少し大人びた外見で、巫女服を着ている。
でも、肩や胸元をだいぶはだけさせていて、何というかその……青少年にはとても目の毒なかっこうだった。
「ふぅ~。今日は暑いわねぇ~。新入りの女神ちゃん、さっさとアマテラス様から頼まれたお仕事を終わらせて帰りましょうよ。わたし新婚ほやほやだし、サルタヒコのところに早く帰りたいのよ」
「は、はい。ええと……フトダマの娘、オオミヤノメと申します。は、初めてのお仕事で、き、緊張していますが、い……一生懸命がんばりますので、よろしくお願いいたします」
「あのフトダマの娘にしては美人さんじゃない。おっぱいも大きいし。うしし……」
「う、うひゃぁ~!?」
いやらしく笑いながら、新人女神の胸を揉むアメノウズメ。昔のわたし、ただのエロ親父じゃねぇか!!
ていうか、あの新人女神が昔のミヤっち? まだわたしと瓜二つの顔になる前なのね。泣きぼくろはこの頃からあって、顔はアメノウズメの言う通りの美人さん。少しタレ目で気弱そうに見えるけれど、真面目で誠実な子そう。
「や、やめてください! アメノウズメさん!」
「気安く『うずめ』って呼んでくれていいよ? あなたのあだ名は『ミヤっち』で決定ね。他の神たちにも広めちゃおうっと」
「あ……あの……お仕事をしなくてもいいのですか?」
真面目なミヤっち(新人女神)がそう言うと、アメノウズメは「あっ、忘れてた。てへへ~」と笑いながら舌を出した。……我ながら適当な性格だ。
「じゃあ、始めよっか。…………おーい! 海の魚たち、全員しゅうごー!!」
アメノウズメが大声で海に向かってそう呼びかけると、海面からたくさんの魚たちがひょこひょこと顔を出した。
「何かご用でしょうか、女神様。僕たち、これから、誰が一番早ぐ泳ぐか競争するところだったのですけど」
「みんなで仲良くやっている最中に邪魔して悪かったねぇ。でも、すぐに終わる用件だから、ちょっとだけ話を聞いてくれる?」
「でも……」
「あー、暑い。今日は本当に暑いわぁ~」
そう言いながら、豊かな胸がはみ出てきそうになるほど胸元を大胆に広げるアメノウズメ。魚たちはガン見しながら、「少しぐらいなら、話を聞いてもいいです……」と言った。
「ありがと~。……実はさ、この地上はこれからアマテラス様のご子孫のニニギ様(瓊瓊杵尊)がお治めになることに決まったの。それで、あなたたち魚くんも天孫たるニニギ様に仕えてくれないかなーって。お・ね・が・い☆」
胸の谷間を強調するポーズ……俗にいう「だっちゅーの」のポーズでおねだりをするアメノウズメ。
昔のわたし、自分のわがままボディをフル活用しとる!!
「……分かりましたおっぱい。太陽神アマテラス様のご子孫ならば、きっと素晴らしい方に違いないおっぱい。お仕えしますおっぱい」
「僕もニニギ様のおっぱいにお仕えしますおっぱい」
「お、おいらも、おっぱいがおっぱいでおっぱい……!!」
魚たちには刺激が強すぎたのか、みんな「おっぱい」しか言わなくなった……。
「みんな、ありがと~。あっ、ちなみに、ニニギ様は男神だから、おっぱいはないよ?」
がっくりとうなだれる魚たち。
「あの……うずめさん。一匹だけ、ずっと黙りこんで何もしゃべろうとしない子がいるみたいです」
ミヤっち(新人女神)がそう言いながら指差したのは、ナマコだった。
……でも、あのナマコ、わたしが知っているのと微妙に見た目が違うような気がする。ナマコの口って、もっとこう……横に裂けてるよね?
「ねえねえ、ナマコくん。なんで、何も答えてくれないの? ニニギ様に仕える? 仕えない? どっち?」
「…………」
「……ふぅ~ん。そっかぁ~。そーいう態度を取るわけね。…………何も答えようとしない口は、これかなぁ~?」
アメノウズメはニコニコ笑顔でそう言うと、髪から椿の花のかんざし『宇受売』を抜いた。かんざしはパァーッと光り輝き、小刀に変化する。えっ、何をする気……。
ずばーーーっ!!!
小刀を一閃させ、ナマコの口を切り裂いた!!
ギャー! 昔のわたし、けっこうエキセントリックぅ~!!
「お、お、お、お……」
口を裂かれて恐怖のあまり震えているかわいそうなナマコ。
アメノウズメは聖母のような優しげな笑みを浮かべ、ナマコに再度たずねた。
「もう一度聞くね? ニニギ様に仕える? 仕えない?」
「お、お、お……お仕えします」
ものすごく強引に屈伏させた……。わたしが昔のわたしの過激な行動に驚いていると、横にいる(現在の)ミヤっちが「こうして、今でもナマコの口は裂けているのです」と解説を入れてくれた。マジでか……。ごめん、全国のナマコくんたち……。
一方、新人女神のミヤっちは「う、うずめさん、すごいです! あっという間に海の魚たちを説得しちゃうなんて!」と騒ぎ、アメノウズメを尊敬の眼差しで見つめていた。目をキラキラと輝かせて、まるで恋する乙女みたいだ。
さっき、説得とかしてたっけ……?
「わたしにかかったら、ざっとこんなものだよ。にゃはははは☆」
「そ、尊敬しちゃいます。わたし、ダメダメで超がつくほどのドジっ子だから、何やっても上手くいかなくて……。うずめさんみたいな立派な女神になりたいです! お、お姉様と呼んでもいいですか!?」
「え? お姉様? ちょっと照れ臭いなぁ~……」
「わたし、うずめお姉様のことをもっと知りたいです! どうやってそんなに立派な女神になれたのかとか、好きな食べ物、好きな飲み物、好きな歌、好きな季節、好きな動物、好きな髪形、好きな髪飾り、好きな服、好きな空の色、好きな好きな好きな……!」
「そんなにたくさん質問されたら答えられないってばぁ~。まあ、この世で一番好きなのはサルタヒコだけどね」
「サルタヒコさんってそんなに素敵な男神なのですか?」
「うん。ちょーっと恥ずかしがり屋さんだけど、優しくて頼りになるヤツだよ。今度、紹介してあげるね」
「楽しみです! うずめお姉様の好きなモノだったら、何でも知りたいです!」
「お、おう……」
これがうずめさんとわたしの出会いでした……と呟く(現在の)ミヤっち。
昔のミヤっち(新人女神)、わたしのことを「お姉様」とか呼んでますやん。リリ〇ン学園かよ。
わたしがそんな感想を抱いていると、突然場面が変わり、別の場所へと飛んだ。薄桃色の雲でできた平野が広がっているここは、わたしも見覚えがある。高天原の都のすぐ近くにある原っぱだ。
「あっ、あそこに昔のわたしとミヤっちがいる」
大きな虹が広がっている方角――高天原の都めざして歩いているアメノウズメと、彼女の後を追いかけて走っているミヤっちを発見した。
「うずめお姉様ぁ~! こんにちはぁ~!」
「ああ、ミヤっちじゃん。おひさぁ~。……うん? それ、わたしの首飾りと似てるわね?」
「はい! うずめお姉様とおそろいの首飾りが欲しくて、自作しちゃいました! あと、お姉様とおそろいの髪飾りや耳飾りも作るつもりです!」
「ミヤっちって、ホント器用だよね。でも、何でもかんでもわたしのマネをしなくてもいいのよ?」
「タヂカラオさんやアメノイワトさんたちむさ苦しい男神たちが作った『うずめ信者会』には参加していませんが、わたしもうずめお姉様の信者なんです。だから、うずめお姉様のような素敵な女神になるために、うずめさんのマネをたくさんしたいんです!」
うずめ信者会……。うずめファンクラブみたいなものがこの頃にはすでにあったのか……。
それにしても、今のところミヤっち(新人女神)はアメノウズメにゾッコンで、猿田くんがまったく登場していないんだけど、ミヤっちはいつ猿田くんに惚れたのかしら?
「……うずめさん。また場面が変わるみたいです」
(現代の)ミヤっちがそう言うと、またまた場面が変わった。次の場面は――稲穂が広がる田園風景だった。ここ、どこかしら?
「ここは、人々に稲荷信仰が根付くはるか以前の伏見の地ですね。これはたぶん、わたしがサルタヒコ様と初めてお会いした場面です」
おおっ、ついに猿田くん登場か!?
現在の猿田くんは霊力不足で少年の姿をしているけれど、黄泉国に堕ちる前の猿田くんは立派な大人の姿だったはず。ど、どんな感じのイケメンだったのかな? ど、ドキドキ……。
なんてわたしが期待していたら、先に登場したのは昔のウカちゃんだった。
「ウカ様。神使のキツネに呼ばれて参上しましたが、何かご用でしょうか。わたし、うずめお姉様と月見酒をする約束があるので早く帰りたいのですが……」
「まあまあ、ミヤっちさん。そんなに急かさないでくださいませ。これからこの伏見の地で稲荷信仰を広めていくために協力してくださる男神をご紹介したいのです」
「はぁ……。わたしにはうずめお姉様がいるので、男神なんで興味がないのですが……」
ウカちゃんに呼ばれてやって来たらしいミヤっち(新人女神)は、稲穂輝く田んぼのあぜ道を一人の女神と肩を並べて歩いていた。どうやら、まだ伏見に神社すら建てられていない時期のようだ。
「昔のミヤっちと歩いている、すらりと背が高くてたおやかな所作が大和撫子っぽい女神様……あの顔、ウカちゃんに面影が似ているような気がする」
「似ているも何も、あれが昔の……幼児退行してしまう前のウカ様です」
「え……? あ、あれがウカちゃん!? う、嘘やん! おっぱいもお尻もでかいんやで!? ていうか、幼児退行ってどういうこと!?」
昔の猿田くんが登場する前に、ウカちゃんの変わりっぷりに驚愕してしまうわたしだったのでした……。
<雑談コーナー:うずめ×ミヤっち>
うずめ
「あんな大昔からうずめファンクラブみたいなのがあったなんて、驚きだよ!」
ミヤっち
「昔は、まだ神々と頻繁に交流があった人間たちも巻きこんで、かなり盛んな活動を行っていましたね。別の女神を崇拝する神や人間がいたら、タヂカラオさんとアメノイワトさんが人間たちを引き連れてカチコミに行ったり……」
うずめ
「宗教戦争かよ!!!」
ミヤっち
「でも、人間界であまりにもやりすぎて、『聖徳太子、タヂカラオ殴打事件』という騒動が起きまして……。あの温厚な聖徳太子さんが『和をもって尊しとなせぇぇぇ!!』と号泣しながら、タヂカラオさんを助走つけて殴った時は、神も人もまだ新入りだった仏さんたちもビックリしていましたね」
うずめ
「タヂカラオ、いったい何やらかしたんだ……」
ミヤっち
「その後、アマテラス様にも怒られたうずめ信者会は300年ほど活動停止処分を受けました」
うずめ
「今のうずめファンクラブも活動停止にして!!」