14 アイドル公開オーディション・後編
「……で、では、次はエントリーNO.2の花守沙織さんです。花守さん、どうぞ」
タヂカラオがたくさんのガードマンたちによって強制退場させられた後、司会のお姉さんが次の子をステージ上に誘った。
花守沙織というのは、わたしのお母さんに化けている藤吉のことだ。お母さんの旧姓は「花守」っていうんだよね。
「うききー! エントリーNO.2、とうき……花守沙織でござるぅ~!」
今度はちゃんと可愛い子が出てきて、審査員たちと観客は一瞬だけホッとした表情を見せた。でも、藤吉が「うききー」とか「ござるござる」と言い出すと、
(また変なのが出てきた……)
と言わんばかりのげんなりとした顔で「花守沙織」を見つめた。
「それがしも歌なんで歌えないでござる! だから、芸をやるでござる!」
アイドルのオーディションなのに「歌なんて歌えない」と堂々と宣言した藤吉は、うききー! と叫びながら、和傘を広げた(どこから取り出したの!?)。
「ご覧ください! いつもより余計に回しているでござるぅ~!」
和傘の上で毬をたくみに回す藤吉。
いや、たしかに上手だけどさ……。これ、アイドルのオーディションだからね? アイドルにそんな芸はいらないんだよ……。
「あれれ? なんで、みんな白けた顔をしているでござる? 回しっぷりが足りないのでござろうか……」
「藤吉。わたしに任せなさい」
「花守沙織」の髪の中に隠れていた彦太郎が、ピョーンと跳び、和傘の上にのった。そして、毬と一緒にグルグルと回り始める。
「ご覧ください! ご覧ください! 毬もカエルも、いつもより余計に回っているでござるぅ~!!」
…………しぃ~~~ん。
観客たちは、無反応。審査員の中からはため息をつく人まで現れた。
「う……うわーーーんっ!! 人間は冷たいでござるーっ!! それがしが一生懸命芸をやったのにぃ~!!」
号泣しだした藤吉は、和傘を審査員の一人の太ったおじさんに叩きつけると、ステージから走り去ってしまった……。
「かわいそうに、藤吉……。でも、芸人を目指したら案外いい線いけるかも……」
わたしがそう呟く横で、雪音ちゃんが「フフン。あんまりたいした子はいないみたいね。わたしのほうがよっぽどアイドルっぽいわ」などと調子に乗っていた。
雪音ちゃん。タヂカラオや藤吉と自分を比べても参考にはならないと思うよ……?
☆ ☆ ☆
「え……エントリーNO.3、小古曽椿っす! 小学五年生っす! え、えとえと……。と、特技は、目をつぶってプリンを食べて、どこのメーカーのプリンか当てることっす!」
三番目に登場したのは、椿ちゃんという名前のとても小柄なポニーテールの女の子だった。小学生なだけあって、特技がとてつもなくしょうもないけれど、微笑ましくて可愛い。
「ようやく……ようやくちゃんと可愛い女の子が出てきたぞ……」
審査員の一人のプロデューサーらしきおじさんが半泣きになりながらそう呟くのが聞こえた。
「みなさんの前で特技を披露したかったのですが、プリンを買うお小遣いがなかったので、残念ながら披露できないっす……。ごめんなさい……。そのかわり、一生懸命歌うので聴いてください!」
緊張しているのか、顔を真っ赤にして小動物みたいに体をプルプル震わせながらそう訴える椿ちゃん。
うおお……。この子、庇護欲がそそられてすごくアイドル向けかも……。
「彼女……アイドルとしてなかなかの逸材ですね。率直に言うと、お持ち帰りがしたいです」
アイドル好きの鈴ちゃんが、わたしにだけ聞こえる声でポツリと呟く。それは犯罪だから絶対にやっちゃダメだよ……?
「う、歌は福山アキラの『色あせない永遠』っす! い……いきます!」
もしも永遠を誓った言葉が色あせてしまって
時の流れが二人の想いを洗い流したら
君の心は真っ白になって 僕を忘れてしまうのかな
僕は思い続けるよ 強く 強く
君を忘れないために 君を強く思い続けるよ
寂しくなったら 僕を呼んでね
どんなにも離れていても すぐに駆けつけるから
僕への想いが流されてしまう前に 駆けつけるから
椿ちゃんはマイクを両手で持ち、たまに音程を外しながらも精いっぱいに歌った。う~む、三年ぐらい前に流行った映画の主題歌かぁ……。小学生のわりには大人っぽい曲で攻めてきたなぁ~。たぶんこの子の親が聴いていて、自分も好きになった歌なんだろうね。
完全燃焼で歌い切った後、汗だくの椿ちゃんがペコリとお辞儀をすると、観客から盛大な拍手と声援がわきおこり、審査員たちも満足そうな顔をしていた。なかなか好感触っぽいね。
「次はエントリーNO.4の名取紗枝乃さんです! ステージ上にどうぞーっ!」
椿ちゃんと入れ替わるようにステージの上に立ったのは、抜けるように白い肌の少女だった。おどおどとしていて、若干顔は青ざめている。うつむき加減の猫背で突っ立っているせいか、どことなく根暗な印象だ。……でも、よく見ると顔は美形かも。
「エントリーNO.4、名取紗枝乃……です。中二……です。特技は……ええと……何かあったかな…………。あっ、とてもとても影が薄いこと……です。友達ができないので、毎日トイレの中でお弁当を食べて……ます」
それ、特技じゃねぇぇぇぇぇぇ!!!
いきなり「学校でぼっちなんです」と宣言した紗枝乃さんに対してどんな反応をしていいのか分からず、観客や審査員たちは凍りついてしまった……。
「あたし、ネガティブだから……ポジティブになりたくて……。こんなぼっちで生きている価値もないドブネズミ以下のあたしを変えたくて……アイドルのオーディションに参加してみました」
ネガティブだ……。ものすごくネガティブだ……。
「う……歌います。あたしの一番好きな女性歌手NADUKIさんの歌『君を愛してるって……』です。聴いて……ください」
あなたはいつも遠い目をして囁く
君を愛してるって
信じていいの?
私を見てくれないその眼差しを
触れられる距離に二人はいるのに……遠いよ
恐くて私からは手を伸ばせない
あなたの身勝手な優しさを待つしかなくて
昨日も今日もキスをして 明日もきっとキスする
数え切れないキスのたった一回でも
あなた こう思ってしてくれた?
君を愛してるって……
お、重い……。そして暗い……。紗枝乃さんにピッタリな曲だ……。
でも、歌唱力はけっこうすごいかも? いや、もしかしたらプロレベルかも知れない。
「……ご清聴ありがとうございました。すごく緊張していたのですが……最後まで歌い切れて……よかったです。もうこの世に悔いは……ありません」
いやいやいや! 死んじゃダメだってば! 死んだらオーディションの結果も分からないよ!?
わたしが心の中でそうツッコミを入れていると、司会のお姉さんが「つ、次の方どうぞ~!」と早口でエントリーNO.5の人を呼んだ。たぶん、紗枝乃さんの陰気さに耐えられなくなったんだね。
ていうか、エントリーNO.5って、もしかして……。
「エントリーNO.5、山路雪音です! ピチピチの中学一年生! 特技はお料理とピアノです♡」
あっ、やっぱり雪音ちゃんだ! 雪音ちゃんはわざとらしいキャピキャピした声で自己紹介をすると、スカートの裾をつまみ、パチン、パチーン☆ とあざといウィンクを二回した。
「うずめさん。山路さんは料理とピアノが得意だと言っていますが、たしか……」
「どっちも苦手だよ。調理実習では必ず魚を丸焦げにするし、音楽はピアノどころかリコーダーすらまともに吹けない」
「でしたよね……」
わたしと鈴ちゃんは、堂々と嘘をかます雪音ちゃんの図太さにあきれかえるしかなかった。わたしの横ではトヨちゃんが「人間が生きていくために命を捧げてくれるお魚さんを丸焦げにするなんて、万死に値する行為ですわ……」と呟いていた。め、目が据わっていて恐い……。どうやら食物神の逆鱗に触れてしまったらしい。
「一生懸命歌うので聴いてください♪ フランスの歌手ソフィーさんの名曲『カルチェ・ラタンの魔女』です♪」
え~!? 雪音ちゃんったら、音痴なのに外国の歌なんてハードルが高いんじゃないの~?
もしかして、フランス語なら聴いている側もよく分からないだろうから音痴なのを誤魔化せるとか、そういう魂胆? 音程が外れていたらプロの審査員には分かっちゃうと思うけどなぁ……。
ハラハラとしながら見守っているわたしの心配をよそに、雪音ちゃんはすぅ~……と息を吸いこみ、歌いだした。
ぼえ~~~!! ごええ~~~!! ぎょーーーえーーーっ!!
想像の斜め上をいく音痴っぷりだった! 日本の歌を歌っている時よりもずっとひどい! ジャイ〇ンかよ!!
「ぎゃああああ! だ、誰か! 誰かあの子を止めろ~!」
あまりにも耳障りな歌声に審査員たちが耐えられずそう叫び、雪音ちゃんは歌い始めて一分も経たないうちにステージから強制退場させられてしまった。
「なんで……? アイドルなんて歌やダンスよりもあざとさが大事なんじゃないの……?」
ステージから戻って来た雪音ちゃんがそうブツブツ言うと、同じ途中退場者のタヂカラオと藤吉が、
「おめぇはアイドルをなめすぎだな。うずめを見ろ。歌と踊り、あざとさ、全てが完璧だ」
「その通りでござる。アイドルのオーディションをなめてかかったのが敗因でござる」
などと説教をしていた。
いや、あんたらも他人のことを言えないでしょーが……。
☆ ☆ ☆
その後は順調にオーディションが進行し、わたしの出番の直前にはトヨちゃんが登場した。
「エントリーNO.9、羽衣豊子です♪ わたしはあまり人間界……こほん、最近流行している音楽に詳しくないのですが、わたしの親友がアニメ好きなので、彼女から教えてもらったアニソンを歌いたいと思います」
アニメ好きの親友って、もしかしてアマテラス様? あの引きこもり女神様はアニメとか好きそうだもんねぇ~。
トヨちゃんは体を左右に揺らしてリズムをとり、日曜朝に放送されている『鉄腕ロボット騎士ゲッツ!!』のオープニングテーマを歌い始めた。人気のロボットアニメだから、観客の子供たちは大喜びだ。
大人たちはというと……。ゆっさゆっさと揺れるトヨちゃんの五穀豊穣な胸に釘付けで、歌は頭の中に入っていないようだ。
「うむ……。とてもいい……。目が離せない……」
審査員のおじさんたちも、歌なんて聴いていないっぽいね……。
「次はいよいようずめさんの出番ですね。がんばってください。……うずめさん? ぼ~っとして、どうかしましたか?」
鈴ちゃんに声をかけられて、わたしは「はっ!?」と我に返った。……し、しまった。わたしまでトヨちゃんの五穀豊穣に釘付けになっていたよ……。
「わたしの次が鈴ちゃんだったね。わたしは雪音ちゃんの付き合いで参加しただけだから、ご当地アイドルになるつもりはつもりはないけれど……。まあ、できるだけのことはやってみるよ」
「はい。ただ……ウカ様がいつ仕掛けてくるか分かりませんので、くれぐれも気をつけてください」
「うん、分かった」
そろそろウカちゃんが指定した午後二時だ。ここまでは何事もなくオーディションが進行したけれど、あの暴走ロリ女神は何をやらかすか分からない。どこかにウカちゃんが潜んでいないか探るため、隠形の術で姿を消した半蔵に屋上をパトロールさせてはいるけれど……十分気をつけておかないとね。
わたしは自分にそう言い聞かせながら、ステージへと上がった。
「エントリーNO.10、笑美うずめです! 中一です! 学校ではチアリーディング部に所属していて、ダンスが得意です!」
わたしはマイクを片手に、元気いっぱいの声で自己紹介をした。
わーっ! という喚声があちこちから聞こえる。おおっ!? けっこう好感触?
「あの子、すっごく可愛いね!」
「ああ! さっきの子みたいな巨乳じゃないけれど、可愛いな!」
「そうだな! 巨乳じゃなくてもぜんぜんいける!」
う、うっさいわ! ちくせう……だからトヨちゃんの後は嫌だったんだよぉ……。
「……AKR48の『365日の蟹工船』を歌いたいと思います! みなさんもぜひ一緒に歌ってください!」
気を取り直したわたしは、数年前に放送されていた朝の連続ドラマの主題歌を歌うことにした。人気ドラマの主題歌だったらみんな知っているし、観客のみんなも一緒に歌えるもんね。
「では、いきますよ? いち、にー……」
さん、はい! で歌い始めようとした矢先――アイドルの公開オーディションは突如として中断することになった。なぜなら……。
ズ……ズゴゴゴ……ズゴゴゴゴゴゴゴーーーっ!!!
「な、何なの!? す……ステージが揺れてる!?」
地震かと一瞬思ったけれど、揺れているのはわたしが立っているステージだけだった。ステージは大きく揺れながらせり上がっていき、わたしは足のバランスを失ってドテーン! とずっこけてしまった。
「う、うずめさん!」
「これはきっとウカ様の仕業ですわ!」
「うずめー! 大丈夫かぁー!?」
鈴ちゃんやトヨちゃん、タヂカラオの声が下から聞こえる。観客の人たちも「何これ!?」「何かの演出か?」「ステージの上の子、大丈夫なの!?」と口々に騒いで、かなりのパニックになっているようだ。
「な、なんで急にステージがせり上がったの!?」
わたしがそう叫んだ直後、「うずめさん、ごめんなさい。わたしと勝負してください」という少女の声が背後でした。
この声は――。
「み……ミヤっち!!」
振り向くと、そこにはわたしと瓜二つの女神ミヤっちが立っていた。
<雑談コーナー:うずめ×作者>
作者
「いちおう言っておくと、作中の歌詞はぜんぶ私が作詞したものです」
うずめ
「とある没作品のために作詞したものを流用しただけなんでしょ? ドヤ顔でえばるな! あと、福山アキラって福山雅治を意識してるでしょ!? 福山雅治に対して失礼だからね!?」
作者
「福山雅治最高!! ……正直、自分では歌詞の出来不出来がよく分からんのやけど、才能あるのかな?」
うずめ
「ないないない」
作者
「あと、作中で名前だけ登場した歌『カルチェ・ラタンの魔女』『鉄腕ロボット騎士ゲッツ!!』は、私の他の作品を読んでくださっている読者様へのサービスです」
うずめ
「……何一つとしてサービスになっていないのだが?」