9 ちょー最悪な姉弟の再会!!
「みんな! 逃げるんだ! スポーツカーが降って来るぞ!」
猿田くんはそう叫ぶと、わたしとショックのあまり倒れてしまったアマテラス様の前で仁王立ちした。
「わが妻とアマテラス様は、自分の体を盾にしてでも守ってみせる!」
「さ、猿田くんっ!!」
あわわ! 気持ちはうれしいけれど、あれがこっちに降って来たら三人まとめてぺちゃんこにされちゃうよっ!!
「う、うわぁ! なんでスポーツカーが空から……!」
他の神様たちは突然のことに逃げることもできず、棒立ち状態だった。
ただ一人、怪力のタヂカラオだけは、
「オレに任せとけぇーーーっ!!!」
と、逃げるどころか、ものすごい勢いで急降下して来る赤いスポーツカーに向かって走り、
「ぐおおおおーーーっ!!!」
と雄叫びを上げながら両腕を大きく広げ、車の落下を待ち受けた。
え!? もしかして、空から舞い下りたあの暴走車を受け止める気なの!? さすがにそれは無茶でしょ!!
「タヂカラオ! よ、よけてーーーっ!」
わたしは、タヂカラオのことを心配して、そう叫んだ。
でも、さすがは怪力の神・タヂカラオだった。タヂカラオはスポーツカーの前部をガシッとつかむと、車の勢いで二メートルほど後ろへ押されはしたけれど、なんと受け止めきってしまったのだ……!
す、すごーーーい!!!
スポーツカーは、何度も何度も衝突や事故を繰り返してここまで来たらしく、あちこちから煙が出ていて、ボンッ! という音がボンネットのあたりからすると、動かなくなってしてしまった。
タヂカラオは、「どっこいせ」と言いながら、沈黙したスポーツカーを下に降ろした。
「タヂカラオか。おかげで助かったぞ。地面を走行していたつもりが、いつのまにか空を飛んでいた」
車の中から、わたしたちの体がビリビリと震えるような気迫に満ちた力強い声が聞こえてきた。言っている内容は間抜けだけれど、声ひとつでこの場の空気を緊張感で満たしてしまう迫力はただ者じゃない。
「この声は、やはり……」
と、オモイカネが苦々しい表情でつぶやくと、一人の男神がベッコベコになったドアを蹴破って外に出て来た。
「須佐之男命、姉神と数千年ぶりに再会すべく、ただいま参上いたした」
腰のあたりまで伸びているぼさぼさの髪、太い毛筆で描いたような濃い眉、鷲のように鋭い目、そして、二メートル近い身長。……と、まさに異形だった。
でも、わたしが一番おどろいたのは……。
「服装がパイナップル柄のアロハシャツ……。なんてダサいファッションセンスなんだっ!!」
わたしの横にいた猿田くんがあきれた声でそう言った。いや、あんたの服装もたいがいだからね……?
でも、神様とはミスマッチな服装だということはたしかだった。
「むっ……? 姉上! なぜお倒れになっているのですか!」
大広間に集まった神々のことなど視野に入っていないのか、スサノオ様は、真っ青な顔でわたしの胸を枕にしてぐったり倒れているアマテラス様を発見すると、ズカズカと土足(健康サンダル)で近寄って来た。
そんなスサノオ様の前に立ちはだかったのはオモイカネである。
「どけ、オモイカネ。なぜ姉と弟の再会を邪魔する」
「アマテラス様があのように弱ってしまっているのは、全てスサノオ様の責任です」
「何だと?」
オモイカネはスサノオ様をにらみすえながら、アマテラス様が高天原に車を入れることを禁止していたにも関わらずスサノオ様がスポーツカーを堂々と都の中で乗り回したこと、あちこちで事故を引き起こし、それにともなう火事で高天原スカイツリーを炎上させたこと、そして、アマテラス様の心の友であるトヨちゃんをはねて黄泉比良坂まで飛ばしてしまうという何よりも重い罪をスサノオ様が犯したことを理路整然と告げた。
「弟をもてなそうとパーティーの準備を一生懸命していたアマテラス様の気持ちをあなた様は踏みにじりました。スサノオ様に、アマテラス様と顔を合わせる資格はありません。今すぐお帰りください」
「嫌だ」
スサノオ様が、子供みたいに一言。
そして、オモイカネのあごを小指でちょんと突いた。
「げぼべばぁ!?」
「う、うわぁぁ! オモイカネが~!」
百数名の神様は恐れおののいた。
オモイカネは、さっきの一突きでバビューンとふっ飛び、屋根に頭が突き刺さってしまったのだ!
「ちくしょう! オモイカネをよくもやったなぁ~!!」
下半身をぶらんぶらんさせて痙攣しているオモイカネの悲惨な姿を見て、タヂカラオが腕まくりしてスサノオ様に飛びかかろうとした。
「よさんか、脳みそ筋肉! いくらお前さんでも、あのお方に勝つのは無理じゃ。くそぉ……。サルタヒコが万全な体だったら、スサノオ様に対抗できるかも知れないのに……」
イシコリドメがそう言い、タヂカラオを止めた。
え? 猿田くんって、本当はそんなにも強い神様なの!? 今は、死者の国である黄泉の国から脱出するために「よみがえり」という大技を使ったせいで、身長が中学生の男子なみに縮んで霊力も弱体化しちゃっているらしいけれど……。
猿田くんの横顔を見ると、とても悔しそうな顔を……。
いや、天狗のお面をかぶっているからどんな顔しているか分からないや……。
「姉上が車を禁止していることを知らなかったのだ。車が暴走してしまったのも、まだ若葉マークなのだから大目に見てもらわねばならぬ。ブレーキとアクセルを踏み間違えるミスなどよくあることだからな。トヨウケビメのことはわざとではないが、反省している。だが、貴様らしたっぱの神に頭など下げぬ。姉上とじかに話し、許しを乞う」
スサノオ様は、ドヤ顔でそう言った。さすがは荒ぶる神だ。わがままもここまでいくと、すがすがしい。
スサノオ様は、健康サンダルのペタペタという足音とともに、アマテラス様に近づいて行く。
「スサノオ様、お控えください。無礼ですぞ」
「そ、そうよ! そうよ! マザコンでシスコンのくせに、偉ぶっているんじゃないわよ!」
猿田くんとわたしがスサノオ様の前に立ちはだかったけれど、スサノオ様はわたしたちのことなんか気にもとめていない様子だ。
……と思ったら、わたしのことを思い切りにらんでいた。もしかして、マザコンでシスコンとか言ったから怒ってる……?
「な、何だぁ~? や、やるか~!?」
わたしは、いつでもかかと落としができるように身構えながらそうわめいた。
「そなた……アメノウズメか? しばらく会わない内にずいぶんと背が縮んだな。それに、大きかった胸も少し控えめになった」
「いきなりセクハラ発言かよっ! 成長途中なんだから放っておいてよ!」
「……いや、オレ好みだ。オレの妻の一人になったらさっきの無礼な発言は許してやるから、オレと一緒に来い」
「ぶっ!? あんたみたいなマザコン・シスコン・ロリコンの三拍子がそろった神様の奥さんになんかなるわけないでしょー!!」
わたしが顔をトマトにみたいに真っ赤にしてぎゃんぎゃん怒鳴ると、猿田くんも「オレの妻を口説かないでください!」と抗議した。すると、スサノオ様は見る見る内に不機嫌な顔になっていった。
「そうか。ならば、死ね」
「ほ、ほげげっ!?」
スサノオ様の手刀が電光石火の速さで飛んできた。
「なっ……!? うずめ、危ないっ!!」
そばにいる猿田くんの助けも間に合わない。
う、うわわ!! わたしもオオゲツヒメみたいに殺されちゃうの!? た、助け……。
ドッゴーーーーーーン!!!
その肉体は、ズタボロになって吹き飛んでいた。
わたしではなく、スサノオ様の体が。
「なめたマネしてんじゃないわよ! この愚弟がぁぁぁーーーっ!!!」
いつの間にか復活していたアマテラス様が、どこから出したのか、弓に矢をつがえ、無数の矢を連続で放ったのである。
目にもとまらぬ超高速! 1500本の矢が、わたしがまばたきを三回している間に放たれていた!
もはやこれは神業だ! 神なだけに!
アマテラス様の神通力で燃え盛っている火の矢1500本は、一本もあやまたず、スサノオ様に命中し、その体を丸焦げにしてしまった!
「泣き虫で、怒ってもぜんぜん迫力がなかったアマテラス様が……。あわわわわ……」
「人々をぽかぽかした気分にさせる優しい日差しだけが、太陽の姿ではない。心の底から激怒すれば、あらゆるものを焼き尽くす灼熱の感情をむきだしにすることもあるのじゃよ。それが、太陽神というものなんじゃ」
イシコリドメがわたしにそう言った。
いやいや、冷静に解説している場合じゃないって。スサノオ様、ブタの丸焼きみたいになっちゃっているけれど、だいじょうぶなの?
「よくもトヨちゃんをーーーっ!! 私の親友をーーーっ!!」
「あ、姉上、わ、わざとでは……ごふっ! げふっ! がはっ!」
アマテラス様は手持ちの矢が尽きると、弓を床に叩きつけ、
「仲直りは中止よ! 高天原から出て行けぇーーーっ!!!」
わたしだけではなく猿田くんやタヂカラオたち神々がのけぞるほどの大声を張り上げ、その高天原全体に響き渡った声は波動と化し、丸焦げになったスサノオ様に直撃した。そして、スサノオ様は、発射されたロケットみたいに天高く吹っ飛ばされ、
ピッカーーーン☆
と、夜空の星となってしまった……。
「あーねーうーえーっ! 今度は必ず仲直りを~っ!」
スサノオ様の悲痛な叫び声は、遠ざかって途中からほとんど聞こえなかった。
「あ、アマテラス様……。あ、あの、大丈夫ですか?」
わたしは恐るおそるアマテラス様に声をかけた。他の神様たちは、遠巻きにアマテラス様のことを、固唾を呑んで見守っている。
「ぐすん、ぐすん……。今ごろトヨちゃんは黄泉の鬼女たちにさらわれて、きっと死者の国の住人にさせられているわ……。トヨちゃんが私のそばにいてくれないのなら……わたしは……わたしは……」
身を震わせ、大粒の涙をこぼすアマテラス様。
その涙は床に落ちると、ジューという音を立てて床を溶かし、小さな穴を開けてしまった。
「アマテラス様……」
ものすごく嫌な予感がしたわたしは、全身から高熱を発しているアマテラス様に手を伸ばそうとした。アマテラス様にふれて大火傷をする心配も忘れてしまうほど、今のアマテラス様は痛々しく、かわいそうに思えたのだ。
「うずめ、よさないか! 手が溶けるぞ!」
慌てた猿田くんが、わたしの手首をパシリとつかんだ。その直後……。
「わたしは…………! 一生引きこもるっ!!!」
「あっ、それだけは、アマテラス様……!」
神様たちがおどろいて口々にアマテラス様を引き止めようとしたけれど――。
太陽神の姿は、こつ然と消えてしまったのだ。
<雑談コーナー:うずめ×作者>
うずめ
「アマテラス様が出した1500本の矢って、日本神話にも出てくるって本当?」
作者
「そうだよー。父親のイザナギ様に自分が支配している海原の世界を追い出されたスサノオ様は、お姉さんのアマテラス様がいる高天原を訪れたっていう話はしたよね? その時、弟が高天原に攻め込んで来たと勘違いしたアマテラス様は1500本の矢を用意し、武装してスサノオ様を待ち受けたそうだよ。その後、誤解がとけてスサノオ様を高天原に迎え入れたけれど」
うずめ
「へー。普段はほわわ~んとしている女神様なのに、いざとなったら勇ましいのね」
作者
「でも、結局は弟の乱暴に嫌気がさして日本初のひきもりになったけれどね」
うずめ
「…………」