8 炎上!高天原スカイツリー!!
イシコリドメが語り終えると、わたしは深々とため息をつき、
(う~ん、これはひどい……。たしかに、みんながスサノオ様にビビる気持ち分かるわぁ……)
と、納得してしまっていた。
スサノオ様の行き過ぎたイタズラが災いし、危うく世界が滅びかけたのだ。当時のことをよく知っている神様たちが、スサノオ様が高天原に来ると聞いて、警戒するのも頷ける。
でも、スサノオ様に一番ひどい目に遭わされたはずのアマテラス様は弟を許そうとしているのよね? やっぱり、姉弟の情ってやつ……?
「パーティーに招待された神々は全員集まったようだな。アマテラス様が広間にお見えになる前に、みんなに相談したいことがあるのだ。静粛にして聞いてくれ!」
主だった神様たちが大集合した大広間の前の席あたりに座っていたオモイカネが立ち上がり、広間を見渡しながら大声でそう言った。
「わたしは、スサノオ様を高天原の都に入れることに反対だ。あのお方が天上界に来たら、また大暴れして都を大混乱に陥れるに決まっている。そして、メンタルの弱いアマテラス様は、一度ならず二度までも弟に裏切られてしまったら、『もう嫌! わたし、日本の最高神やめるぅ~!』とか言い出すかも知れない。それは困る! だから、我々でアマテラス様を説得して、仲直りパーティーを中止してもらおうと思うのだ。……みんなの意見を聞きたい!」
さすがは知恵の神・オモイカネだ。すらすらと自分の意見を理路整然と語り、広間の神様たちのほとんどを「うん、そうだな。オレたちもそう思う」と納得させてしまっていた。猿田くんもオモイカネに同意見のようで、静かに頷いていた。
タヂカラオなんて、首をブンブンと何度も上下させ、「乱暴なスサノオ様なんて、高天原に来たらまた追い出しちまえ!」とわめいている。
いや、あんたもけっこうな乱暴者でしょーが……。
「……うずめ。お前はどう思う?」
「うえ? わ、わたし……!?」
わたしがちょっと複雑そうな顔をしていたのを目ざとく見ていたらしく、オモイカネがそうたずねてきた。
百数人の神様たちが、そろってわたしに視線を向け、わたしはちょっとドキドキしてしまう。……き、肝は座っているほうだけれど、こんな大人数に注目されると、さすがに緊張するよ。
「うずめ。お前は、記憶を失っていても、立派な女神なのだ。堂々と自分の意見を言えばいい。ちがう意見だからといって、お前を責める心の狭い神はここにはいないから安心しろ」
猿田くんがわたしを気づかい、そう励ましてくれた。
う、うん……。でも、そんなにも仲良しな神様たちでも、スサノオ様には厳しい目を向けてるのね。これはよっぽど溝が深いわぁ……。
「み……みんなのスサノオ様を警戒する気持ちはよく分かるけれど、一番大切なのはアマテラス様とスサノオ様……ご姉弟の気持ちなんじゃないのかなぁ……。家族って、たとえケンカしていてもおたがいのことを想い合っていると思うのよね」
わたしには兄弟はいないけれど、両親がいるから家族の絆の大切さが分かるんだ。仲良し家族の我が家も、たまーにお父さんとお母さんが口ゲンカする。わたしも、小さい時にお母さんに怒られて、鈴ちゃんの家に家出しちゃったことがある。
でも、そんなケンカをしている時でも、(早くあやまって、お母さんの笑顔を見たい……)と心の奥底では考えているものなんだよね。
それに、神社でお姉ちゃんのために必死にお祈りしていた将太くん……。あの子も、お姉ちゃんにわがままを言って困らせていたことを反省して、退院したお姉ちゃんに優しくしてあげようとしているんだ。
ものすっごい迷惑な荒ぶる神のスサノオ様も、アマテラス様の心を傷つけちゃったことを今では反省しているんじゃ……?
アマテラス様だって、そろそろ弟を許してあげて、仲良し姉弟になりたいと願っているんじゃ……?
そう考えると、「仲直り記念パーティーなんて絶対に反対!」とはどうしても言えないよぉ……。
「ふむ……。うずめは、ご姉弟の仲直りを静かに見守るべきだという意見か」
オモイカネが腕組みをしながらそう言い、他の意見が欲しそうな目で周囲を見回す。すると、タヂカラオが、
「はいはーい! うずめがそう言うのなら、オレも仲直りに賛成ーっ!!」
と、両手をあげながらそう言った。
オモイカネは、あきれ顔でタヂカラオをねめつける。
「お前、さっきはスサノオ様を高天原から追い出すとか言ってただろ。自分の意見をコロコロ変えるな。神としての威厳を損なうぞ」
「神の威厳よりも、うずめに好かれるほうが大事だし!」
「くっ……。また胃が痛くなってきたぞ……」
オモイカネ、心労でそろそろ高天原病院に入院しちゃいそう……。
「いったい何の話をしているのですか、みなさん?」
ちょっと怒ったような口調のアマテラス様の声が広間に響いたのは、タヂカラオが自分の意見をひるがえしてわたしに賛成した、ちょうとそんな時だった。
大広間の奥にたれ下がっていた御簾(平安時代の貴族の屋敷にあるような、すだれ)が、アマテラス様の神通力で一気に上がり、太陽の女神の見目麗しい顔が姿をあらわす。不機嫌そうな顔をしているから、さっきまでのわたしたちの会話を御簾の中からこっそり聞いていたらしい。
「アマテラス様……。本気でスサノオ様とお会いになるおつもりなのですか?」
オモイカネは少し言いにくそうにしながらも、頬をぷくぅ~とふくらませて珍しく怒っているアマテラス様(迫力ゼロ)にそうたずねた。
「スサノオが聞き分けの悪い乱暴な神だったのは、何千年も昔のことですよ。高天原を追放処分になっている手前、これまで出雲の定例集会の時もスサノオとは顔を合わせなかったけれど、手紙のやりとりはしていたんです。あなたたちだって、あの子の手紙を読めば、スサノオがかつての悪行を後悔していることも分かるはずですよ。だから、スサノオが式年遷宮のお祝いに素晴らしい品物を色々と贈ってくれた時、返礼の手紙に『そろそろ高天原を出入りすることを許してあげるから、一度いらっしゃい』と書いたのです」
「また大騒動になったら高天原だけでなく、人間たちの世界にも悪影響がおよぶかも知れません。やはり、スサノオ様は高天原に入れないほうが……」
「も~! も~! オモイカネはしつこいですねぇー! プンプン! 追い返すなんてかわいそうなことできないわ! それに、トヨちゃんにパーティーのためのごちそうをたくさんつくってと頼んでるしぃ~。わたし、トヨちゃんが腕によりをかけてつくったごちそうの山をスサノオと一緒にたらふく食べるために、三日間も絶食しているんだからぁ~!」
どうやら、スサノオ様をもてなす準備は万端整っているらしい。
「食いしん坊のアマテラス様が三日も食事を抜くなんて、これこそ天地がひっくり返る大事件じゃよ。よっぽど、スサノオ様との仲直りパーティーを楽しみにしていたんだねぇ……」
隣の席のイシコリドメがぼそぼそとつぶやくのが聞こえ、わたしもなるほどと思った。ヒトのプリンを盗み食いするような食い意地が張ったアマテラス様が、三日間もトヨちゃんの料理を口にせず、パーティーでスサノオ様と一緒にごちそうを食べようと我慢していたのだ。その歓迎の心は、アマテラス様のスサノオ様に対する思いやりだと言っていい。
「あの……。わたしは、アマテラス様がスサノオ様と仲直りすることに賛成したいと思う。せっかく姉弟が仲直りできるチャンスなのに、それを邪魔するのは二人がかわいそうだよ」
意を決したわたしは立ち上がり、前に進んでアマテラス様のそばに座ると、広間を見渡してそう言った。
「う、うずめぇ~。ありがと~う!」
瞳をうるうると潤ませたアマテラス様がわたしの手を握り、えぐえぐと泣き出した。アマテラス様、鼻水出てますよ。
「ふむ……。どんな時でも一心同体であるわが妻がそう言うのならば、夫であるオレもご姉弟の仲直りに協力しなければいけないな。何か問題が起きたら、オレとうずめが力を合わせて問題の解決に当たろう」
「サルタヒコもありがとぉ~!」
わたしに続いて立ち上がり、わたしのそばに座った猿田くんに、アマテラス様はお礼を言った。
「ワシも、マブダチのうずめに協力するよ」
「オレだって、うずめのファンとして協力させてもらうぜ!」
イシコリドメとタヂカラオも、アマテラス様のそばへ。
おお、どんどん賛成派が増えてきたぞ……! これって、もしかして、わたしが神様たちの気持ちを動かしたの……?
「むむぅ……。どうなっても知らんぞ……」
オモイカネだけは、いまだに気難しそうな顔をして心配しているみたい。本当に心配性な知恵の神だなぁ~。
……でもね、オモイカネの心配はすぐに現実のものになってしまったの。
☆ ☆ ☆
「あ、アマテラス様ぁー! 一大事ですぅー!」
アマテラス様とスサノオ様の仲直りを応援しよという意見がちょっとずつ増えてきた矢先、トブトリーナ2世が血相を変えて大広間に飛んで来て、アマテラス様の前にひざまずいたのが全ての始まりだったわ。
「一大事? いったい、どうしたの?」
「そ、それが、一台の赤いスポーツカーが、この正殿に向かって爆走中との報告がありましてぇ~!」
「す、スポーツカーですってーーーっ!!」
さっきまであんなに機嫌が良かったアマテラス様の顔が見る見るうちに真っ赤になり、近くにいたわたしは「あっち! あっちっちっ!」と叫んで飛び退いた。
なんか、アマテラス様の体からものすごい熱気が出てるっ!!
「な、何!? アマテラス様、どうしたの!?」
「だいじょうぶか、うずめ!」
何が起きたのか分からないわたしはパニックになり、無意識に猿田くんに抱きついていた。
「太陽神のアマテラス様はマジ切れすると、周囲の温度を一気に百度ぐらい上げてしまう力があるのじゃ! あっちっちー!」
解説してくれたイシコリドメも慌ててアマテラス様から離れ、そばにいたタヂカラオにしがみついた。タヂカラオは「ばあさんに抱きつかれても嬉しくねー!」と文句を言いながらも、イシコリドメを抱きかかえてアマテラス様の発する熱気から避難した。
「わたしは排気ガスが大嫌いだし、地球を汚したくないから、高天原では車をつくることも乗ることも禁止しているのに……どこのどいつがスポーツカーなんて乗り回しているのよ!」
「アマテラス様。おそらく、高天原の都の外から侵入した者でしょう。都の中に、車を製造する工場はありません」
冷静沈着なオモイカネがそう言うと、アマテラス様は「許せなーい!」と小さな子供みたいに地団駄を踏み、さらに高温の熱気を体から発した。
だから、あっちーてばぁ!!
「ていうか、アメノイワトはどうしたのよぉ~! 都の門を守っているアメノイワトがいたら、そんなスポーツカーなんて追い出すはずでしょ~!?」
「それが……アメノイワト様は突然あらわれたスポーツカーにぺちゃんこにされてしまい、高天原病院に運ばれてしまいました!」
トブトリーナ2世がそう報告すると、アマテラス様はずっこけた。
あの人、前回のヨモツコ騒動といい、また病院送りにされちゃったのね。哀れ……。
そして、アマテラス様が興奮している間にも、トブトリーナ2世のビックリな報告は続いた。
「そのスポーツカーは、都内のあちこちで事故を引き起こし、火災が発生、高天原スカイツリーまでもが炎上してしまいましたっ!」
「人間たちに合わせて、三年半かけて建設したのにぃぃぃ!!!」
えぇぇ……。あんなにも立派にそびえていた高天原スカイツリーが燃えちゃったの!? ていうか、あんなでかい塔が燃えたら、周りも大変なことになっているんじゃ……。
大広間にいる神様たちも「これは一大事だ」「いったい、だれがそんなことを……」とささやき、穏やかではない空気が漂い始めた。
「だれがだと? 決まっている。こんな事件を引き起こす神は、ただ一人、スサノオ様だけだ」
今まで腕組みをして目をつぶっていたオモイカネがクワッと目を開いてそう言うと、イシコリドメも「う、う~む……。そうかも知れんのう……」と同調した。
「そんな……まさか……」
アマテラス様が困惑し、「あ、ありえないわ!」と叫んだ時だった。
別のニワトリの神使(この子もメスらしい)がバタバタと羽ばたきながら広間に大慌てで入って来て、とてもショッキングな報告をしたのである。
「高天原メチャウマキノコの採集に行かれていたトヨウケビメ様が、スポーツカーにはねられて、天上界から落ちてしまいました! 目撃者によると、トヨウケビメ様は黄泉比良坂のあたりに落ちて行ったとのことです!」
ニワトリの神使は泣きながら、アマテラス様にぼろぼろの衣を手渡した。
そ、それは……トヨちゃんが肌身離さず身に着けていた天の羽衣……っ!!
「と、トヨちゃんが黄泉国の入り口へ飛ばされたですって……。そ、そんな……。天の羽衣が無かったら、足の速い黄泉の国の鬼女たちに捕まって死者の国へとトヨちゃんが引きずり込まれてしまうわ……」
よほどショックだったのだろう。アマテラス様は、真っ赤だった顔を一気に青ざめさせ、ガクリと膝をついた。
「アマテラス様! しっかりして!」
わたしがアマテラス様を心配してそう叫んだその時――。
ドガガガガガっ!! ズゴゴゴーーーーン!!!
正殿の屋根に大穴が開き、そこから飛び出て来たのは、
「す、スポーツカーだぁーーーっ!!」
大広間の神様たちは信じられない光景にビックリ仰天し、身動きが取れない。
大惨事まで、あと数秒だった。
<雑談コーナー:うずめ×オモイカネ>
オモイカネ
「雑談なんかしている場合じゃないぞーーー!?」
うずめ
「スポーツカー一台で、どうやって高天原スカイツリーを炎上させたのか……」
オモイカネ
「胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い……!」
うずめ
「つ、ついに壊れた……」




