5 イーラスの本音と断髪~イーラス視点~
応接室での会話を終えたイーラスはティリアをメイドに任せて書斎に入った。
壁一面の本棚にぎっしりと詰まった本。その前にアンティーク調の重厚な執務机がある。
赤茶の髪をなびかせながら息を吐いて椅子に腰をおろした。
「学園と辺境伯と第三王子の周辺について至急、調べて」
主人の命令に老齢の執事が慇懃に頭をさげる。
「すでに動いております」
「あの子たちも動かしてる?」
その言葉に執事の片眉がピクリと動いた。
「……かしこまりました。至急、動かします」
「そうして。それにしても、シィーク家へ現状を伝える手紙を送っても反応がなかったというのが気になるね。学園から出した手紙なら学園の関係者が邪魔をしたと考えられるけど、街から出した手紙も……となると、なかなか手が込んでいる」
「こちらから出す手紙は直接届けますので」
「そうだね。この状況を知ったら、実直なシィーク伯爵は周囲が止めるのも聞かずに乗り込んで来るだろうから、そこも対処しておかないといけないし。あと、場合によっては実家が……いや、姉上が喜んで出てくる。そうなったら、かなり面倒だから、そうならないように先に情報を集めて」
「はい」
重みを含んだ執事の返事にイーラスが頷く。
「あと、しばらくはこの件に専念するから重要案件以外の仕事は全部後回しにして」
「かしこまりました」
ここでイーラスはようやく背もたれに体を預けた。
ギシリと椅子が軋む音に耳を傾けながらぼやく。
「まさか、こんなことになっているなんてねぇ。あれだけ口酸っぱく言っていたはずなんだけど、この国の王族ってバカなのかな? それとも、第三王子だけがバカなの?」
「旦那様」
主のストレートな物言いを執事が諫める。
だが、イーラスは気にする様子なく話を続けた。
「ま、そんな頭が回らない第三王子だから、見た目がこんなオジサンな私にティリアを押し付けたんだろうけど」
その言葉に執事がにっこりと微笑む。
「外見についてご自覚があるのはよろしいことで」
裏を含んだ声音に不揃いに伸びた赤茶の髪がピクリと跳ねる。
「……何が言いたいの?」
「明日ですが、今のままではティリア様に恥をかかせてしまいます」
「いや、街に行くだけだし問題ないでしょ?」
慌てるイーラスに対して老齢の執事は無言でにっこりと微笑んだまま。しかも、どこから出したのかその手にはハサミが握られている。
その意図を察したイーラスが逃げるように体を起こした。
「そこまでする必要ないと思うんだけど?」
「そうはまいりません。予定外とはいえ婚約者とともに暮らす以上、それ相応の身なりをしていただかなくては」
「いや、婚約者と言っても仮だし、どちらかというと保護しているだけだから。私に結婚をする気はないよ」
穏やかな口調だが頑なに拒否するイーラスに執事がじわりと距離を詰める。
「ですが、ティリア様が未来の奥方様になる可能性はゼロではありません。幸いなことに、今は好意的なようですし、このままご成婚していただくのもアリかと」
イーラスの年齢と状況を考えれば期待してしまうのもわかる。
だが、当の本人はすべてを切るように目を閉じた。
「セバスチャン」
たった一言。
老齢の執事の名を呼んだだけだが、その声にはこれ以上の追及は不要という重い圧がある。
「私はこれ以上、争いの種を作りたくないんだ」
その言葉の意味を誰よりも知っている執事は静かに頭をさげた。
「失礼いたしました。この話は保留といたしましょう。ですが、明日は一緒に外出をされると約束されましたので、その時にティリア様に恥をかかせるのはいかがなものかと」
年配者からの正論にイーラスがクッと唸る。
そこに執事が畳みかけるように近づく。
「最低限の身だしなみは整えさせていただきます」
「……最低限だからな」
「はい」
往生際の悪い声とともに、バサリとケープが広がる。
そして、シャキンとハサミの鋭い音が書斎に響き、赤茶色の髪が散った。




