予感
「医者が死んだ……」
「囁きに耳をかしちまったか。まぁ、あの人はもともと半分イッてるようなもんだったからな」
工房に戻ってきたライオットの報告に、一瞬目を閉じてため息をつきながらも銃器工に驚いた様子はなかった。付き合いはそこそこあったようであるから、あの性格を見抜き、いつかはこんな日が来ると彼なりに予想していたのかもしれない。
「もう長いことやってたからなぁ。むしろ、もったほうだ」
「医者が集めてた諸々はそのまま置いてきた。いまなら――」
「おいおい」
ヴォルケーノはライオットの言葉を苦笑で遮り、どういう意味か手をひらひらと振った。
「いくらおれでもさすがによそ様のモンを漁るほど、おちぶれちゃいねえ。それに、ロクなものじゃなかったってことはお前さんの顔を見りゃわかる。この世界が閉じるまで、そのままにしておけばいい。いずれ消えてなくなるはずだ」
彼の言葉にライオットはハッとさせられ、己がひどく恥ずかしくなった。
「すまない。その、おかしなことの連続で感覚が……」
「かまわねえよ。逆に、突然放り込まれてよくお前さんは自分をたもってるほうだ。案外そういうのが大事だったりするからな」
「そう、なのか?」
「ここでどんだけ暴れたって、いずれは誰もが元の世界に帰る。ちゃんと線引きしておかねえと、あっちに戻ったときに自分だけが戻れなくなる。まともな世界で自分だけがまともじゃない存在になっちまう」
ヴォルケーノはこの世界に嬉々として参加しているはず。その人物からの意外な言葉にライオットは驚きを隠せなかった。しかし、それはとても大事な、この世界で教わった中でなによりも忘れてはならない心得のように思えた。
「それよりも――」
ライオットに気をつかってか、銃器工は空気を変えるようにことさら明るい声でライオットの腰から提がっているものを指さした。
「それ、新しい武器か? よかったら見せてくれ」
「ああ、もちろん。前のは壊れてしまって……せっかく作ってくれたのに、すまない」
「間に合わせだったからな。仕方ねえ。そんなことより、お前さんが無事で良かった」
そう言いながら、新しい玩具をもらった子どもみたいに嬉しそうな顔で銃器工は様々な角度から武器をためつすがめつ、長さを測り、重さを量り、さらには軽く叩いて強度などを確かめている。やがて彫られた文字に気がつき、にやりと笑った。
「おっと、≪遺産≫を手に入れたとは運がいいな。≪査定屋≫には見てもらったか?」
「いや。誰のことだ? そこは何をするところなんだ?」
「隠れた能力をみてもらえる。まれに能力を持つ道具が誕生することがあってな、素体が特別だったり、使っている内に生まれたりと、まあいろいろだ。だから、ここじゃ古いモンほど貴重だ。長いこと持ちつづけてると所有者に属してくれるからな。資源が限られてるってのもあるが、古物を再利用するのはそういう理由もある。一撃必殺のすげえ技が使えるようになるとかそういうのじゃあねえが、便利には違いない。時間があったら、一度みてもらうといい」
覚えておくとの言葉に銃器工は笑って剣をライオットに返した。改めてライオットは剣の文字をながめた。
「これはやつら、つまり化け物がつかっている文字なのか? なんて書いてある?」
銃器工は肩をすくめ、
「解読できるやつがいたら、おれが会ってみたいところだ。ただ、読めたところでまともでいられるかは知らんがな。前に一度、≪ガニメデ≫が囁きを解読しようと言語学者を連れてきたことがあったはずだが、この世のどの言語とも異なる発音で翻訳のしようがないと言ったそうだ。それでも記録して持ち帰って研究していたらしいが……」
「読めたのか?」
「いや。学者は次第に部屋に閉じこもるようになり、ある日、わけのわからんことをわめきながら窓から飛び降りておっ死んだそうだ」
言いながら、かかわってしまったがために哀れな結末を迎えることとなった先人に、ヴォルケーノはライオットも知っている一般的な祈りの仕草でもって、弔意を示す。
「学者先生はなんて言ってたか……発音も文法も地球上のどの理にも当てはまらない、外の、縦でも横でもねえもっと高度な存在の言葉って言ってたな。やつらは時代どころか時間や速さ、物理法則を超えた何十次元も向こうの、俺たちからは干渉できねえ世界の住人だって。それがこうやってときどき混ざるんだと」
「悪いが、さっぱりわからない」
「おれだってそうさ。まぁ、先生が言うには、おれたちは弱すぎて遅すぎるんだとさ。つまり、おれたち人間は奴らにとっちゃ、のろまなナメクジ以下の存在ってわけだな」
「色々な人物からのこの世界についてご高説をたまわってきたが、結局のところ、誰も何もわからないってことだな」
「そういうこった。適当に考えときゃいいんだよ。わかってもわからなくても、別に何かが変わるわけじゃねえ」
「じゃあ、あんたはどう考えてるんだ?」
「おれか? おれは単純に違う世界の違う住人だと思っている。で、ときどきあちらさんはパーティーに招待してくれることがある。それがこの≪聖域≫ってわけだ」
「なら、俺たちは招かれた客人ってことか? 客がパーティー会場で暴れていいのか?」
「騒がしいパーティーがお好きなんだろ。おれたちはそれに合わせて派手に踊ってりゃいいってことよ」
そう言いながら、銃器工は鼻歌を歌いつつノリよくステップを踏み始める。呆れる陽気さだが、今ではライオットもこの軽さを嫌いではなくなっていた。これもまた、彼なりの狂気のやり過ごし方なのかもしれない。
「つくづく不思議な場所だな、なにもかもが。いまだに自分の目が信じられない……あんな化け物が存在していることにも」
「そりゃ同意しかねえな。おれだって初めてきたときには自分の頭を疑ったもんだ」
「そもそも、どうやってあんたは来たんだ? ここが違う世界だとして、俺みたいに巻き込まれる人間がでるほど、入口ってのはそんなにあちこちに出現してるものなのか?」
「いいや、≪門≫は多くはないうえに、たいていは変な場所にできる。見つけるのは苦労しても、探し当てればあとはとおるだけだ」
「見つける方法は?」
「運一択だ。あとは狩人になるか、この世界の何がしか遺物を持ち帰ると、やってこられる。共鳴してな、新たな入口が開いたとき教えてくれるようになってる」
「それはどうやってわかるんだ?」
「においがするんだよ」
「どんな?」
銃器工はしばし考え込み、
「人によって違う。甘いチューイングガムみたいなにおいだって言うやつもいれば、肉が腐ったにおいだと言うやつもいる。濃厚な血みたいだと言うやつも。共通してるのは、それがだんだんと濃くなってくるってことだ。雨が近づいて来るみたいにな」
つまり、生きて帰れたとして、またこの世界に強制的に呼ばれてしまうわけではないらしい。今回はたまたま不運にも巻き込まれてしまったが、自らの意思でもってくぐらないかぎり、もう二度と来ることはないであろう。
それがわかってライオットは安堵した。
あとは門が開かれるのをひたすら待つのみである。
時間を潰そうと、立ち去るだけの場所に残したものを掃き清めるようにライオットは疑問の片付けにとりかかる。
「……そういえば、ヴォルケーノ、あんたは最初の帰還者を知ってるか?」
「もちろんだ。有名な狩人は何人かいるが、最初の帰還者は特別だ。おれがここに来るようになる前の出来事だが、知りたきゃ多少は教えてやれる。とはいっても、噂で耳にしただけだが……」
「聞かせてほしい」
「……昔の話だ。それこそ、何十年も前のな」
銃器工は腕を組み、記憶を探るように遠くを見る。
「噂によると、大昔、最初にこの世界に気づいたのは≪ガニメデ≫らしい。≪門≫はとある戦闘区域の茂みの中に発見されたんだと。それは穴とか空洞に見え、地面にあいてたから最初はただ地下水なんかの影響で地面が陥没しただけだと思われた。だが、どうやらそういうのとはまったく違うとわかって、調査をしようとした矢先に消えちまった。数年後にまったく違う場所で同じようなものが見つかったとき、≪ガニメデ≫は中を知るために人を送り込んだ。機械は近づくだけで反応しなくなるからな。だが、誰ひとり帰ってこなかった。何人も何人も、穴が閉じるまで送りつづけ、その後は穴が見つかるたびにそれを繰り返したあるとき、ようやくひとりだけ、帰ってくるものがいた」
「最初の狩人の誕生か」
「いや、正確に言うと、狩れてなかったらしいがな。そのときはまだヤツらの一部を利用しなければとどめをさせないとは判明していなかったらしい」
「待ってくれ。じゃあ、どうして門が開いたんだ? 聖域の主を倒さなければ出られないんだろ? 倒し方がわからないのに倒せたのか?」
「さてな、詳しいことは聞いてねえ。さすがにそのあたりのことは≪ガニメデ≫のヤツらに聞いたほうが早いだろう。それよりも興味深いのは、女は戻ってきたとき――妊娠していたそうだ」
「女だったのか、てっきり男だと……いや、それよりその腹の子は」
化け物の子か。それとも、行く前にすでに種を孕んでいただけのことなのか。
口には出さずとも質問の意図は通じたのだろう。
ヴォルケーノはただ首を横に振った。
「結局、子どもが生まれる前に女は≪ガニメデ≫の施設から逃げ出したときく。≪ガニメデ≫は彼女を探し続けていて、高い懸賞金がずっとかけられていたが、20年くらい前だったか……ある年にそれが下げられたそうだ。見つかったのかと思っていたが、その後の噂は聞かねえ。ということは、女は死んでたんだろう」
「20年、前……?」
「そうだが、……どうした? 顔色が悪いぞ」
そろそろといやな予感がライオットの背中を這い上がってくる。
ライオットの母の腕に刻まれていた調査員の印。それがあったと聞いたとたん、医者はなぜああも執拗に昔のことを、ライオットの母親のことを知りたがったのか。最初に戻ってきた女の、腹の子はどうなったのか。母親が殺されたときとその女の懸賞金が撤回された時期が重なるのはただの偶然なのか。親子がひとところにとどまることがなかったのは誰かから逃げていたのだとしたら、その相手は。
「……≪ガニメデ≫について知りたかったら、誰に話を聞けばいい? それから当時のことも詳しく知りたい」
「そりゃ、狩人のなかにはおれより古いヤツもいるが……」
「それは誰だ? どこにいけば会える?」
「別に派閥ごとに縄張りがあるワケじゃねえが、拠点は隠してるところが多い。どこも秘密で溢れてるからな。公表しなきゃいけねえもんでもねえし。ただ、≪ガニメデ≫はもちろん、目的はどうあれ、どの派閥も目指していることは共通している――聖域の攻略だ」
「つまり≪管理者≫のところに行けば、必ず誰かに会える……?」
ライオットは覚悟を持ってやってきた者と違って、たまたまたどり着いてしまった、なにも知らない人間だ。もっとも優先すべきなのは、生き延びること。それは重々理解している。しかし、いまはそれ以上に、知らなくてはいけないことがあるような気がしていた。
ライオットの過去にまつわるすべてが、この世界でつながっている。
なぜだか、そんな気がしてならない。
知る機会は今しかなく、そのために行くべき所もひとつだった。この行為が、選択が、自分の命を危険にさらすようなものだとしても。
「……≪管理者≫はどこに?」
銃器工は攻略に参加していない。だから、答えを期待せずライオットは質問した。が、予想に反してヴォルケーノは腰に手を当てにやりと笑い、
「普通はすこしずつ強くなる匂いを辿っていくもんなんだが……やっぱり、お前さんはとことん運が良い」
そう言ってから、犬を指し示した。
「そいつがいりゃ、いっぱつだ」
指さされた先で、犬が音もなく忍び寄っていたのに気がつく。ええ、もちろん、自らの役割は理解しています、と言いたげに。
だしぬけにゆがんだ口が開かれる。ゆっくりと顎がはずれ、口角の皮膚が薄い膜となってのび、つぎつぎに裂けていく。
信じられないことにさらに下顎は左右にわかたれた。嫌な予感にライオットは慌てて叫び、
「待て! 場所さえ教えてくれたら、自分の足で行ける! おい、待てって――」
記憶はそこで途切れた。




