第12話 玲は“便利屋”じゃない
昼休みのグラウンド。
太陽は強いのに、空気はまだ少し冷たい。
「今日の紅白戦、メンバー発表するぞー。」
監督がボードを手に集まった選手たちに言った。
凛は前線。
真歩は右サイド。
千春はセンターバック。
そして——
「ボランチ、佐々木玲。」
玲は、すこしだけ肩をすくめて返事した。
「……はい。」
いつもと同じ返事。
でも、凛には分かった。
(あ……玲、ちょっと沈んでる)
理由は、昨日の練習だ。
監督は何気なく言った。
「玲は替えがきく。誰がやっても同じ仕事だからな。」
ぽつり。
それだけ。
でも、その一言は
玲の胸の奥に深く刺さっていた。
誰も気づいていないように見えた。
けれど、凛には見えていた。
玲はいつも、一番先に戻っていた。
一番走っていた。
誰かのミスをそっと回収していた。
でも、それは目立たない。
だから——評価されない。
(……あたし、前はそこを“どうでもいいこと”って思ってた)
でも今は違う。
前線に立つためには、
後ろで支えてくれる人が必要だと知ったから。
凛は、加藤の言葉を思い出していた。
「努力はな、スポットライトの裏側で光んねん。」
その意味が、今ならわかる気がした。
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■ 紅白戦
笛が鳴り、試合が始まった。
相手チームはプレスが速い。
ボールは落ち着かない。
真歩はサイドで必死にボールを受けては返す。
千春は声を張ってラインを統率する。
そして玲は——
走っていた。
常に走っていた。
中盤のこぼれ球。
パスコースを切り、
奪われたら即座に戻り、
味方が押し込まれたらカバーに入る。
誰よりも味方を助けていた。
でも——誰もそれを“凄い”とは言わない。
当たり前のことだと思っている。
(……いや、違う)
凛はボールを受けながら、気づいた。
(玲がいるから、あたしは前向けてる)
凛は意図的に玲へボールを落とした。
玲は慌てるでもなく、ただ丁寧に前へパスをつける。
そのパスは、真っ直ぐ凛に返ってくるための導線だった。
(……やっぱり)
凛は走りだした。
玲の存在は、“繋ぎ”なんかじゃない。
“縫っている”。
チームを、試合を、空気を。
いつの間にか形にしているのは——玲だ。
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試合後、監督は別の選手を褒めていた。
だれも、玲には目を向けない。
けれど。
凛は、歩み寄って言った。
「玲。」
玲が胸の前のジャージを少し握りながら振り向く。
「……なに?」
凛は、まっすぐ言った。
「うちが前に行けるの、玲が走ってるからだよ。」
玲の目が揺れた。
「うちは……ただ走ってるだけだよ。」
「違う。」
凛は言葉を切らずに続けた。
「しんどい時、一番最初に戻る人ってね、
一番、覚悟ある人なんだよ。」
玲は息を吸うことも忘れたように立ち尽くした。
凛は、笑わない。
いつもの調子でも言わない。
ただ、静かに言った。
「玲がいると、うちは安心してゴールに向かえる。」
玲の目が、にじんだ。
声は震えて、小さく、でもはっきり届いた。
「……ありがとう。」
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■ 夕方、公園
今日も加藤はベンチにいた。
「今日……気づいたことある。」
凛が隣に座ると、加藤は缶コーヒーを片手で転がした。
「ほう。」
「“前へ行く”ってさ……
“後ろの人を信じる”ことなんだね。」
加藤は鼻で笑った。
「それがチームや。」
「玲、前は“地味な子”って思ってたけど……
違うんだ。
あの子がいないと、試合にならない。」
加藤は、空を見た。
「光ってるもんやろ、あいつ。」
凛はうなずいた。
「うん。見つけられた。」
加藤は、ニッと笑った。
「ほな、お前もちょっとは“前より強いFW”になったってことや。」
凛は、少し照れながらも、笑った。
風は冷たい。
だけど胸の奥は——
また少しあたたかくなっていた。




