黒騎士と少女、そして柳 7
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「——未来が視えなくなった」
黒い空間に膝を抱え座る、まだ幼い少女に見えるそれは、その事実にゆっくりと目を細めた。
未来は決して変わる事がない。
彼女にとってはそれが当然のことだった。
行動に違和感があったサポートに気付き、興味をもちその主人の未来を見た。
そして、その主人に変わる事のない未来の一部を見せた。
ただ、そうしても未来は変わる事がなかった。
だが今、その人物の確定した未来が《《無くなった》》。
「……このまま死ぬ?」
いや、違う。
本来決まっているはずの未来が、未来視の理から外れた。
「未来が、変わった」
初めて生じた出来事に、少女は身を震わせる。
「原因は、灰間暁門……それともサポート?」
少女は薄く笑う。
「面白い。同じ結末を視ているだけはつまらなかった」
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「開いたぞ!」
破壊された入口から城悟、孝、碧、荻菜が駆け込む。
「暁門! 柳さん!」
視界に入ったのは、倒れている二人の姿。
孝がすぐに柳の元へ向かい膝をつく。
「柳さんの息が弱い! 早瀬さん、先にこっちを!」
碧が駆け寄り、応急処置の準備を始める。
「分かった!」
城悟は暁門の横に滑り込んだ。
「暁門、大丈夫か!? 一体何が――」
そのとき。
暁門の瞼が、わずかに開く。
暁門のぼやけた視界の中に、仲間の姿が映る。
柳のそばに集まる碧と孝。
自分を覗き込む城悟と荻菜。
目を開けた事に気付いた城悟は暁門をかかえたまま叫ぶ。
「暁門!? おい、何があった!」
暁門は問いかけに答えようとするが、声にならない。
そして、そのまま身体の力が抜ける。
城悟の焦った声を最後に、暁門は再び目を閉じた。
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白い天井が、ぼんやりと視界に映った。
動こうとするも、身体が鉛のように重い。
「ここは……」
その小さな呟きに、すぐ反応があった。
「……っ」
椅子が引かれる音。
足音が近づく。
「暁門さん! 良かった……」
視線を向けると、碧が立っていた。
目元は赤く、今にも泣きそうな顔をしている。
安堵が一気に押し寄せたのか、その場にへたり込むように腰を下ろした。
「本当に……よかった……」
暁門はゆっくりと瞬きをする。
記憶が戻る。
戦闘。
倒れた自分。
駆け込んできた仲間たち。
「……爺さんは?」
短い沈黙が落ちた。
碧は視線を伏せ、数秒置いてから口を開く。
「一命は取り留めました。傷も、私の『回復促進』で塞がったんですが……」
その言葉の続きを、暁門は待つ。
碧は自分の手を見つめた。
彼女が新たに身につけた能力――『回復促進』。
傷や体力の回復を早める力。
使い続けるほどに強まり、今では深い裂傷でも数分で塞ぐことができる。
今回も、それで命は繋いだのだろう。
それでも。
「……危ない状態なのか?」
暁門の問いは静かだった。
碧は小さく首を振る。
「命の危険は、もうありません。でも……」
言葉を選ぶように、間を置く。
「まだ意識が戻らないんです。体の傷は治っているのに、目を覚まさなくて……」
部屋の空気が重くなる。
暁門は天井を見上げたまま、ゆっくりと息を吐いた。
「……そうか」
戦闘時の青白い光。
あれは自らの生命力そのものだった。
それは恐らく爺さんも同じ。
暁門はわずかに拳を握る。
「俺は、どれくらい寝てた?」
碧は答える。
「二日です。みんな、交代で付き添ってました」
「……そうか」
暁門はゆっくりと身体を起こそうとする。
「無理しないでください!」
碧が慌てて支える。
その手は、少し震えていた。
「……悪い」
小さく謝ると、碧は首を振る。
「謝らないでください。生きていてくれただけで……十分です」
碧に肩を支えられながら、オレは病室を出た。
足取りはまだ重い。情けないくらいに。
「本当に無理しないでくださいね」
「……大丈夫だ」
そう答えながらも、壁に手をつきながら歩く。
だが、扉の前で自然と足が止まった。
深く息を吸い、扉を開ける。
そこにはベッドに横たわる爺さんの姿があった。
顔色が悪い。
あの豪快に笑っていた姿とは、まるで別人みたいだった。
「……爺さんがこうなったのは、オレが弱かったせいだ」
気づけば、そう口にしていた。
「そんなこと……」
碧がすぐに否定する。
けれどオレは首を振った。
「想定外のこともあった。だが、西区の連中なんて気にせず、さっさと県庁を攻略していれば……こんなことにはならなかった」
選択を誤った。
守りきれなかった。
それだけは事実だ。
しばらく沈黙が落ちる。
やがて碧が、静かに聞いた。
「……何が、あったんですか?」
オレは爺さんから視線を外さないまま答えた。
「城悟たちを呼んでくれ。まとめて話す」
元の部屋に戻ると、城悟、孝、碧、荻菜が揃った。
全員の視線がオレに向く。
「——まず、何が起きたかを話す」
県庁で皆市がやられた後から、順を追って説明した。
ホープを打ち消す能力を持ったレティー。
利用された爺さんの孫娘のこと。
対抗する術になった、青白い光のこと。
だが『魂乃共鳴』の名は出さない。
そこだけは、伏せた。
話し終えると、重い空気が残った。
最初に口を開いたのは碧だった。
「ジェニスは、“私達”って言ってたんですよね」
「ああ」
「その言い方だと、レティー以外にもいるってことですよね」
「ホープの無効化か……」
城悟も低く言う。
「しかも俺たちの動きが読まれてた可能性がある」
孝の言葉にオレは頷いた。
「それと、言ってなかったが――」
全員の視線が集まる。
オレは一度、息を整えた。
「オレがホープに目覚めた後、ある夢を見たんだ」
城悟が眉をひそめる。
「夢?」
「ああ。沙生さんを……オレがこの手で殺める夢だった」
一瞬、空気が凍る。
「……は?」
城悟が思わず声を上げる。
碧の表情が強張り、孝は黙ったままオレを見る。
だが、オレは続けた。
「あれは今思えば、ホープに目覚めた後、いずれ来る未来の光景だったのかもしれない」
あの感触。
あの血の色。
あまりにも鮮明だった。
「そして、それを見せたのは……恐らくジェニスだと思っている」
部屋が静まり返る。
「何故ジェニスが干渉してきたのかは分からない。だが、少なくともそういった能力を持つやつがいるのは確かだ」
未来を視るだけじゃない。
夢という形で干渉する。
選択に影響を与える可能性。
そして監視されている事でいつでも襲われる可能性があること。
短い沈黙が落ちる。
誰も軽口を叩かない。
やがてオレは、ゆっくりと言った。
「そして、孝は“俺達”と言ったが……レティーの発言や夢の状況を考えると、監視されているのは恐らくオレだ」
「何で暁門が?」
「トリセツの行動が原因なのか、それともオレが奴らにとって好ましくない存在なのか……理由は分からない」
そう言って話を切ったオレに、城悟が口を開く。
「はっ。暁門が狙われてるってんなら、俺たちが守ってやりゃいいだけだろ」
わざとらしく肩をすくめる。
いつもの調子だ。
だが、声の奥に硬さがあるのは分かる。
孝が静かに続ける。
「暁門が狙われてるってのも、確証はないからな」
オレは頷く。
「だが、今まで以上に危険なのは間違いない。死ぬ可能性だって、今までの攻略とは遥かに高い」
はっきり言う。
曖昧にしていい状況じゃない。
碧がぎこちなく笑った。
「暁門さんが狙われてるのが事実だとしてもですよ?皆で一緒の方が対抗出来ますよね。ひ、非常に怖いですけど!」
語尾が少し裏返る。
無理に明るくしているのが分かる。
椿がため息混じりに言った。
「灰間以上に強いんなら、私たちじゃ抵抗出来ないからなー」
荻菜が腕を組む。
「はあ。私たちが仲間に見られてたら手遅れでしょ。考えても無駄よ」
誰も否定しない。
オレは全員を見渡した。
各々の覚悟が伝わってくる。
皆の言葉が、県庁で弱ったオレの心を揺らす。
『オレは、お前達を誰一人失いたくない』
そう言いかけて、やめた。
口にしたら、もう一人では行けない。
だから、言葉を飲み込んだ。
次で県庁編締めとなります。




