黒騎士と少女、そして柳 6
黒が、すべてを覆った。
視界も音も奪われ、上下の感覚すら消え失せる。
まるで世界そのものに包み込まれ、押し潰されているようだった。
肺が締め付けられ、呼吸ができない。
意識が、じわじわと削り取られていく。
(……終わり、か)
そう思った瞬間、手に感触があることに気付く。
爺さんの胸に当てた手。
そこから――握り返される感触。
確かな、心臓の鼓動。
その鼓動は手から伝わり、やがて自身の胸へと流れ込んでくる。
「……感じるか、小僧」
耳ではなく、直接頭に響く声。
「儂の魂じゃ。今は、お主と共にある」
次の瞬間、胸の奥が熱を帯びた。
心臓を中心に、何かが共鳴するように震え始める。
二つの脈動は重なり合い、一つの大きな鼓動となって響いた。
(これが……魂乃共鳴——)
黒い空間が、軋む。
まるで拒絶するかのように、空間が揺れ、歪み始めた。
「今じゃ、灰間暁門……儂と共に叫べ」
歯を食いしばり、胸の奥から声を絞り出す。
「——うおおおおおおッ!!」
魂の奥底から溢れ出した光が、胸から噴き出す。
青白い、生命の輝き。
それは黒を押し返し、裂き、砕いていく。
闇に亀裂が走る。
——そして。
ガラスが砕け散るような音と共に、黒い空間は内側から崩壊した。
♦︎
レティーは勝利を確信したように、細く息を吐いた。
「……少し驚かされましたが、これで終わりですわ。あとは、あの忌々しいサポートを――」
その瞬間だった。
黒い空間に、乾いた音が走る。
ガラスに爪を立てたような、不快な亀裂音。
「……は?」
視線の先で、闇そのものに一本のヒビが入っていた。
そこから、あり得ないはずの青白い光が漏れ出している。
ヒビは止まらない。
一つが二つに、二つが無数に増え、黒い空間全体を這い回る。
「い……一体、何が?」
次の瞬間――
砕け散る音と共に、闇は完全に光に呑まれた。
光が消えたあと、そこにあったのは黒い空間ではなかった。
地面に横たわる、柳道唯。
そして、そのすぐ傍で。
肩で荒く息をし、今にも倒れそうになりながら立つ――灰間暁門の姿。
それを見て、レティーは息を呑んだ。
ゆらり、と。
まるで糸を切られた人形のように、暁門が動き出す。
足取りは覚束ない。
それでも確実に、こちらへ向かってくる。
「……っ」
レティーは反射的に一歩、後ずさった。
あり得ない。勝敗は決していたはずだ。
それなのに。
暁門の身体から青白い光が滲み出している。
「……あれから、強くなったと思っていた」
声は低く、震えている。
「強くなった俺なら、魔物でも人でも……全部に打ち勝って、そして……全部を守りきれると、そう思っていた」
一歩、また一歩。
「だが、違った……」
歯が、ぎりと鳴る。
「……俺は、弱い」
それは自嘲ではなかった。
ただの事実確認のようだった。
「黒騎士とも、あんたとも……まともに戦えたのは、爺さんだけだ」
拳が、ぎゅっと握り締められる。
「オレは……何も出来なかった。手も足も出なかった……!」
視界が滲む。
喉の奥が焼けるように熱い。
「……沙生さんに会うまでは、泣かないって……そう、決めてたのに」
暁門は、ゆっくりと顔を上げる。
青白い光を宿し、涙を浮かべた瞳がレティーを射抜いた。
その視線にレティーの喉から、かすれた悲鳴が零れ落ちた。
「ヒッ……」
慌てて黒い球を灰間暁門へ向けて放つ。
だが、暁門の身体を包む青白い光に触れた瞬間、それは音もなく霧散した。
一歩。
また一歩。
静かに、確実に距離が縮まっていく。
「爺さん……悔しいよな」
低く、抑えた声だった。
「家族が殺されて、さらに死んだ愛佳ちゃんまで利用されて……」
胸の奥が焼けるように熱い。
それは怒りだけではなく、悲しみも混ざり合った感情の痛みだった。
「今なら分かる。爺さんの魂が……痛いほどに、オレに教えてくれる」
レティーの顔が恐怖に染まる。
「お前らにも“魂”があるのなら――」
青白い光が強く脈動した。
「オレが送ってやる。地獄に」
「ふざけるな! 何故、人間ごときに――!」
レティーの叫びと同時に、暁門が呟く。
「兵器創造」
右手に現れたのは、青白く輝く刀。
柄を握った瞬間、空気が張り詰める。
「チッ……ここは一度引いて――」
レティーが闇を纏い始めた、その瞬間。
暁門は腰を落とし、静かに居合の構えを取る。
「――『終良全良』」
世界が時を止めた。
闇がざわめき、空間が軋む。
そして。
「『満開』」
青白い一本の線が、夜を切り裂いた。
瞬きほどの一瞬。
気がつけば、暁門はレティーの背後に立っていた。
「……え?」
レティーの身体が、胴からゆっくりとずれ落ちる。
断面から溢れた青白い光は、やがて柳の花のように舞い上がった。
「人間……ごときが……」
その言葉を最後に、レティーの身体は黒い塵となり、溶けるように消えていく。
——静寂。
暁門の握る刀が消える。
「……見てたか、爺さん」
胸の奥にあった温もりが、静かに薄れていく。
膝が折れ、視界が揺れた。
そして、そのまま暁門は地面へと倒れ込んだ。
青白い残光だけが、その場に残り——やがて、消えた。
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