第19話:『悪意』②
第19話です。
旧神権教は第5神世界の人類が暮らす星において発生した新興宗教である。
この当時の信者数は全人口のうち僅か500名程度と決して多いとは言えない数字であったのだが、この第5神世界の第一惑星においては多すぎると言っても過言ではなかった。何故なら、あまりにも高度に発展してしまった科学が、宗教と科学の間にあったはずの隙間をほぼ全て埋めてしまったからだ。
もはや、ある方向から見ればだが、人々にとって科学が一種の宗教と化してしまったという見方もできるかもしれない。
「皆さん、人類こそがこの世の希望なのです」
「コトワリ様……何と美しい」
都市部にある旧神権教の会館の中央ホールで、教祖である『コトワリ』が演説をしていた。
彼は180cmほどの身長の、中性的な男性であり、若くは見えるが年齢は分からない。
「皆さん、私たちはこの世で最も優れた民族です。しかしながら、この世界には、劣等種族も存在するのです」
彼は非常に表情豊かであり、聴衆を惹きつける声と目をしていた。多くの人間は彼を見た瞬間に彼の掌の上で泳がされることになる。
「近い将来、ビオラ族という種族が、私たちが降り立つ星に現れるでしょう。そしてそのものたちは、口をもたず、話すことができません。ツノも生えているのです。これがケモノでなくなんというのか。しかしながら、そのものたちは私たちに逆らうことになる」
コトワリは、現在政府ですら知り得ないことを知り、当たり前のように語る。
信者たちにとってはその情報は真実であり、信者たちは危機感に襲われる。
「私たちは、この脅威を排除し、私たちの誇りを守るために動かなければなりません」
コトワリは紙を取り出すと、それを信者たちに見る自ら配っていく。
この紙は『神の声』と呼ばれるもので、信者一人一人にこれから成すべきことを記している。
「……これは」
若き信者であった玉川もまた、その『神の声』を手に入れた。
するとそこには、『ある計画』が書かれていた。
──────────
貴女は選ばれた
おめでとう。玉川くんと数人には、特別な任務を与えることとするよ。
──────────
玉川は、今でもこの瞬間心が爆発しそうになったことを覚えている。
まるで自分が自分でなくなったかのような、全てが変わったような感覚に襲われた。
そして、そこからは早かった。
まず、玉川は同じ任務を遂行することになっている人間と会った。
その男は、あまり高くなさそうなボロボロとした布切れのような服を着た青年だった。名は女郎花というらしい。
3人はコトワリの指示通りに計画を進行した。コトワリと玉川たちしか知ることのない計画は、ほぼ全て順調に行われた。
人類があの『紅星』を選んだのも、偶然などではない。全てはコトワリの計画のうちであると、ごく少数の人間だけが知っていた。
「じゃあ、この役割は任せてよ」
「……貴方だけに任せるのは不安なんだけれど」
「いやいや、大丈夫だよ。コトワリ様が僕に任せてくれたのだから。文句あるかい?」
「それは……………分かりました」
いつもヘラヘラとしている女郎花を見ているが故に不安になる玉川だったが、コトワリの指示である以上逆らうことはない。自らの想像よりもコトワリの視野の方が優れているに決まっている、と彼女は思っているためだ。
「じゃあ、やりますかー」
玉川も、女郎花のスキルについては理解していた。彼は惚けているように見えて、かなり頭が良い。情報戦にも長けている。
そんな彼は今回、『紅星にやってきた調査員をビオラ族がいきなり攻撃し、惨殺した』という偽の歴史を作り上げることを任務とした。
「終わったよー」
そして彼は本当にあっさりと仕事を終えて帰ってきた。
「……」
それを見て玉川は少し怪しんだが、その後の人類側の動きで計画が無事達成されたことを確信した。そう、人類が報復としてビオラ族との戦争を始めたのである。
これこそがコトワリが言っていた、私たちの誇りを守るための戦争であると、玉川は理解した。
「これで、この世界から害悪が消え去ることになる!」
既に軍内部にて一定の地位にいた玉川は、ひたすらにビオラ族を殺した。兵士に命令するだけでなく、ロボットを用いて自らもビオラ族を殺しに回ったのだ。
途中想定外の反撃に遭うこともあったが、人類側は基本的にはロボットを使うため、兵士そのものが死ぬことはあまりない。犠牲者としては、強いて言えば、最初に女郎花が偽装のために殺してしまった調査員たちになるだろうが、これはコトワリ様の役に立って死ぬことができたのだから、むしろ名誉なことであると言って良い。そう玉川は考えるのである。
この時の彼女は、まさか10年も経って計画が表に出てしまうなどと、考える余地もなかったと言える。
──そして、現在。
「クソがっ!!」
彼女は憎悪の感情をむき出しにしていた。その多くは、目の前に立つ1人の司会者に向けられる。
「さっきから何なんだよ、お前。お前のせいで、台無しになったんだよ」
「それは申し訳ありませんが、今はどうでも良いことです。それよりも、『旧神権教』のお話をしましょう」
「あ゛?」
自らにとって最も重要である点を、「どうでも良い」の一言で片付けた芹を見て、とっくに沸騰しているはずの怒りの温度がさらに上昇してしまうが、一方の芹はそれを気にしていない。
「『旧神権教』は、第一惑星の住民にとって今はある程度馴染みのある宗教になりつつあるそうですね。しかしながら、その教祖であるコトワリさんについて、言わなければならないことがあります」
「は?何を言って」
「貴女は、見事に彼の『悪意』に支配されたのですよ、玉川さん」
「……?」
「貴女の感情は支配されているが故に、客観的にものを見ることすらもできなくなっている。本来の貴女ならば、先ほどの映像から違和感に気づくことができたはずです」
芹は、今はもう何も映っていないはずのスクリーンを指差した。玉川だけでなく、この場にいた全員がその指の先に視線を誘導された。
「さぁ、出てきなさい。いるのは分かっていますよ」
「あらら。やっぱりすごいね、芹くんは」
「本当に貴方は『悪意』の神に相応しいようです」
「はは、君が褒めてくれるなんて珍しいじゃないか」
全員の意識の先に、その男は現れた。
布のような不思議な服を見に纏い、圧倒的な存在感を放つその姿は、まさに神たる証であった。
「……女郎花?なんでここに」
「ああ、玉川ちゃん、久しぶり」
「第一惑星に残っていると聞いているのだけれど……いや、そんなことはどうでも良い。あの映像は何?なんでバレるの?」
「いやー、最近のエンジニアって優秀だね。まさかこんなに早く解析が終わるとは流石に思ってなかったよ」
場にいた者たち、そしてオンライン配信を見ていた者たちのほとんどが違和感を覚えただろう。『何故、この女はあの男を人間として認識しているのか』と。
それは人間として認識するには、あまりにも神々しく、自然の脅威のような存在だった。
この場にいる者たちで、芹たちを除けば唯一、玉川だけが女郎花を神としてではなく、ただの同僚として見ていた。
「……のこのことやってきて、この状況をどうするつもりなの」
「えー?どうするって?そうだなぁ。どうしたら面白いと思う?色々実験してみたいことはいくらでもあるからさぁ」
「………お前」
「ああ!そうだ。こんなのも良いかもしれない。君の良い顔が見れるかもしれない!」
女郎花は目をキラキラと輝かせている。全く笑っていない目であるのに、輝きだけはある。
「あのね。実は色々考えてたんだよ。その一環として、君にはどんな条件下においても僕がただの人間として見えるようにしたんだ」
「は?」
「まぁ、とりあえず見てよ」
一瞬、女郎花の体が光ったように見えた。
そして瞬きをする間に、女郎花は、教祖コトワリの姿へと変異した。
ー第19話 完ー
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