Prologue2:妄想と真実の始まり
本編から見ると前日譚にあたる話です。
この物語の主人公である芹の昔話です。
ある高校に芹という男子生徒がいた。彼はクラスの学級委員長で、クラス全員をまとめる言わば優等生であった。
「よし、今日の仕事はこれで終わりだ。さて……」
そんな彼は少し悩んだように、わざとらしく頭を抱える。
「どうしたんだ、芹。お前がそんな大っぴらに悩むなんて」
芹の親友である御形が芹に話しかけると、話しかけてくることが分かっていたかのように芹は御形に意識を向けた。
「あ、御形。いや、実は少し悩んでいてね……」
待っていたとばかりに芹は彼の悩みについて話し始めた。
「何で、人って、生き返らないのだと思う?」
「……ん?」
「何故、ここまで文明が発達して尚、人を生き返らせられないのだろうか」
「……お、おう」
『それはそういうものだから』と誰もが答えるであろう問いを、芹は熱心に検討する。
その熱弁に、親友である御形もまた、一歩だけ後ろに引いた。
「アプローチが悪いのだろうか。これではいつまで経っても不幸な死を遂げた人間が報われないと思わないか?」
教室に御形以外いないことが分かっているため、芹はわざとらしく声を張った。
それは半分演技のようなもので、もはや胡散臭いほどであったが、御形は芹が本気であること自体は理解した。
「…………まぁ、色々あるんだろ。俺たち素人には分からんことが」
「確かに、それはそうなのかもしれない。だが現実問題、このままでは埒があかない」
一瞬で声のトーンを戻した芹は、極めて真剣な顔で御形を見つめた。
「だからね、僕は折角だから研究医になろうと思うんだ。全ての不幸な人間を救うために」
「……なるほど。まぁ、頑張るんだな」
「ただ、できれば直接救う臨床医にもなりたいんだけどね。悩ましいところだ」
「いや、欲張り過ぎるなって……そもそもお前は今までも散々人助けしてきただろ。これ以上欲張るって言ったって、時間も足りない。お前はお前がやりたいように人を助ければ良い」
(人を生き返らせる、ね……まぁ、流石にいつかはそれが無理だと分かるか?ただ、求めること自体は悪いことじゃない)
この時、御形は確かにそう思っていた。
ただ、幼いときからの付き合いだからだろうか。それとも彼に悪意がないことを知っているからだろうか。御形はそれを芹に言うことはない。
御形から見れば、石山芹という人間は、言わば聖人であった。
彼は基本的にどんな人間であっても助けようとする。そう、それが例え罪を犯した人間だとしても。
彼は自分が救うことができる人間は全て救ってきたのである。
ただ、彼は客観的に見て聖人であったが、同時に異物のような存在でもあった。
彼の思考は、時に全く他人に共感を示さないサイコパスのような、合理的を極めたものになることがあるのだ。
(まぁ、何故かやってくれそうな気もするけどな)
しかしながらそれはそれとして、御形は芹の話を聞くたびに楽しそうにしていた。
***
「────おいっ、しっかりしろ!………芹!」
「…………」
御形は、全身から血が吹き出し、今にも生き絶えそうな芹を見て、唖然とした。既に芹には意識がなく、力無く半開きになった目が悲壮さを漂わせた。
「……早く病院着かねえのか!」
救急車の中で、御形は歯を噛み砕くほどに硬く噛み締めた。
「芹、お前はこんなことで終わって良いようなやつじゃねーだろ!」
そして、御形は芹の状態を再確認する。
(……何でこうなる)
この時ほど、彼が信じてもいない運命というものに苛立ったことはないだろう。思えば彼が心の底から焦ったのは人生でこの一度きりだったかもしれない。
──さて、時間は2時間ほど遡る。
芹と御形はすぐ近くに住んでおり、昔から仲が良くかつ勉強も同じくらいできたため、家から近い同じ高校に通っていた。
そして授業が終わって高校から2人で帰って来る途中のこと。その通学路で、ふと芹が反対側の歩道を見た。
「あ、そうだ、醤油ともやし買っていかないと」
「そうか、じゃあ俺も何か買って帰るか……一人暮らしとはいえ、またもやしだけで済まそうとすんなよ?」
「はは、分かっているよ。もやしは美味しいからね」
「わかってねぇだろ」
こうして2人は、道の反対側のスーパーへと向かって行った。
─スーパーの店内─
「──さてと、じゃあこの辺で帰ろうかな」
「そうだな」
スーパーに入店してから数分で野菜を揃え、そろそろ買い物を終えようとしたその時。
「きゃぁ!?!!!!!!!!!!!」
どこからか、2人の耳に悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。
「御形、行ってみよう」
「ん?あ、ああ……」
芹は買い物かごをほったらかしにして、叫び声が聞こえた方へと駆けて行く。
何かあるとすぐ確認しにいくのが芹の癖だった。
「まじかよ……」
そして仕方なくついていった御形は、その場所に着くなりなんとも言えぬ表情で呟いた。
「──オラァァァァ!!!とっとと店の金を出せやクソボケどもがぁぁぁ!!!俺らはこれからてめーら使ってたっぷりと身代金も貰う予定なんだよ!早くしやがれ!!」
叫び声が聞こえた場所に行くと、銃を持った複数人が店員数人を人質に取ってレジ周辺に立て籠っていた。銃を持った人間たちは、汚く、醜い声を撒き散らしている。
「おい、逃げんじゃねーぞ!!ここから動いたやつは殺す!!!」
そして周りにいる人間たちを武装した男たちが囲っていく。
芹と御形は念のため大きな棚の後ろに隠れた。
「どうしたものかな……」
芹は呟く。
「まさかと思うが、銃を持ったやつら相手に戦おうなんて思ってねえよな?」
その様子を見て、御形は不安になり芹に小声で尋ねた。
しかし、その不安は的中していたらしい。芹は惚けたような顔をしていた。
「…え?」
「おい」
芹の良くない部分が出ていると、御形は感じた。
(……でも、この状況少しまずいな……。相手はざっと20人ってところか?)
御形は辺りを見回した。
(相手が銃を持っている以上、下手すれば撃たれて即死だ。まぁ…俺だけなら何とかならなくはないが、人質の命の保証は無くなるだろうな。ここは素直に従うしかないか)
御形単体であれば、武術の心得があるため良いところまではいくかもしれない。しかしそうなれば当然、他人の命の保障などなくなる。
「──御形、どうやら警察はもう動いてるらしい。『身代金を渡せばスーパーにいる人々を解放する』、と犯人は言っているようだ。それで今、警察の間でどうするか検討してるらしい。一気に突撃する案も出されているようだが、それだと人質の命が危ないから却下されてる」
「そうか………いや、何で知ってるんだ?」
「ん?」
(……悪意なく堂々とハッキングしてんじゃねーよ)
気付けば芹は自作の小さなコンピュータをカタカタと操作していた。
「まぁ……良い。で、これからどうするんだ?」
「そうだね。とにかく犯人たちを刺激しないようにしないと」
2人はひとまず様子を見ることにしたのだが、ここで問題が発生した。
「………ん?待て、何か様子がおかしい」
御形が、芹に注意を促す。
「あれは…………まずいな」
御形の視線の先には、犯人グループのリーダーであろう男の前で、泣き出してしまった幼い子供と、中学生くらいと思われるその姉?の姿があった。
「……あ゛?何だこのクソボケどもが!!!早くそのガキを黙せねぇか!!!」
「……は、はい!」
子どものように感情を爆発させ怒鳴り続ける男を見て、少女は子どもを泣き止まそうとする。
だがうまくいかない。当然のことながら、小さな子どもにはこの場の空気が悪すぎる。
「───はぁ……俺はなぁ、ギャーギャー喚くガキが大嫌いなんだよ。だからよぉ……二度は言わねえぞ!!!!」
『バンッ』
「……っ!?」
リーダーと思われる男が、銃を天井に向けて打った。
「───オラ!!!!どうせだったらお前ら全員泣きやがれ!!!!」
そして男は、更に天井以外にも銃を乱射する。
彼の動機は意味不明で、その感情の起伏の制御は小学生以下であった。
「オラァ!!お前ら!!お前らもやれ!!!」
男の合図で、仲間も銃を乱射し始めた。それにより辺りは悲鳴に包まれる。
「……っ」
そんな中、その隙に先程の少女が子供を連れてその場から逃げようとした。咄嗟の判断だった。
「あ」
しかし上手くはいかない。いとも簡単に近くにいた男に気づかれ、再びその場に拘束されてしまった。
「はぁ……?なんだなんだ、お前。頭悪いのかぁ?俺らから逃げられるわけねーだろうがよ!!!!」
「あ゛がっ!?」
(………なっ!?)
リーダーと思われる男は、なんと拘束されていた少女の腕を銃で撃った。少女の腕から鮮血が流れる。
ここで泣き喚くことなく耐えた少女は、銃を持った男よりも遥かに理性に満ちていたと言える。
「……おいおい、これマジでまずい流れになってきたぞ……どうする芹…………ん?」
御形は、悪化する事態をどう対処するか芹に意見を求めたのだが……
「おい芹!?」
気づいた時には、芹は御形の隣から消えていた。
「あ」
御形の視線の先には、少女の前に立ち塞がる芹の姿があった。
「あ゛?何だてめぇ?」
「人を銃で撃つな。正気か?これ以上続けると言うのなら、命の保障はしない」
リーダーの男の前で、芹は言い放つ。
「はぁ?」
それを聞いて男は、しばらくポカンとした表情を浮かべた。
だが、数秒後に当然というべきか突然嗤い始める。
「ハッハッハッ、あ─、そうかよ。じゃあお望み通り死にやがれ!!!!!」
「───ぐはっ!?」
そして、男はそのまま芹を銃で撃った。
「芹!?」
それを見て、御形は芹の元へと全速力で向かって行く。
「ぐばっ……それは置いておいて、残念だが、僕にも考えくらいある」
芹は両手を振り上げた。
「?………っ!?」
「さぁ、ここからが本番だ」
そしてその瞬間に辺りは『闇』に包まれる。
「さて……取り敢えず」
「…………っ!?………ぐ!?」
芹は、特製の黒い煙幕によって、この場にいる全員の視界を遮ると、そのままリーダーの男へと拳を打ち込んだ。
今彼の手には、殴った時の威力を増大させるための器具も取り付けられていた。そして彼がかけている眼鏡も視界が悪くとも良く見えるように改造されたものだった。
「あ゛がぁぁ!!!?!!!?…………」
急所を遠慮なく狙ったことによって男は倒れ込む。男はあっさりと気絶した。
そして、煙幕が少しずつ晴れてくる。
「よし、後は」
ピーー、という耳を塞ぎたくなる大きな音が響く。芹は懐に忍ばせておいた笛を鳴らした。
すると急に、外から足音が聞こえてくる。
「な、なんだ……!?」
犯人たちはようやく視界が戻ったというのに今度は何が起こったのかと困惑したが、もう遅かった。
「───警察だ!大人しく武器を捨てて投降しなさい!」
芹の企みが成功し、非常に良いタイミングで警察が突入した。それにより犯人たちは全員拘束されることになった。
「やれやれ、危ないところだった。うっ」
芹は、少しふらふらしながら御形に近づいた。
「お前、何やってんだ!!口から血、吐いてんじゃねーか」
「仕方ない。あのままだと人が死ぬところだった」
「だからってお前が死んだら本末転倒だろうが……」
「はは、ごめんごめん。だけど急所は外れてるから大丈夫だよ。多分」
「多分……?」
芹の体の一部から赤黒い血が流れ出ていたのだが、本人は気にしていないようだった。
というより、本当に気にしていないように見えたため、御形は少し怖いと思った。
「あ、あの……ありがとうございました!!……て、えっ!?大丈夫ですか!?」
そして、2人が話していると後ろから先程の少女が子供を抱えて走ってきた。
少女は血まみれになっている芹を見ると明らかに動揺した。
「あ、別に大丈夫ですよ。お気になさらず。人助けは趣味ですから」
芹は、少し口に血のあとを残しながらも微笑む。見る人が見たら悪魔のようにも見える。
「で、でも!!早く救急車を!?」
「はは、本当に大丈夫ですよ。僕は大抵のことは気合で何とかなると思っていますから。このくらいは大したことじゃありません」
「いや、本当に大丈夫なんですか!?」
「ははは」
「ははは、じゃねーよ……」
3人は穏やかに会話していた。本来1人はそれどころではないが、緊張感など存在しなかった。
「っ!!!どけやっ!!!!!!」
「……!?こ、こら、お前!?」
しかし、油断していたところに犯人グループの1人が警察を振り払って走ってきた。
「くそがぁ!!!てめぇらのせいで、こっちは台無しなんだ!!」
『バンッ』
犯人は、最後の抵抗とばかりに隠し持っていた銃を放った。
その弾丸は真っ直ぐ少女の方へと向かって行った。
「えっ………?」
「………」
だがその弾丸を受けたのは、少女ではなく芹だった。彼はぎりぎりで少女を庇ったが、急所を逸らすことができず、ちょうど心臓のあたりに弾丸を受け取った。当然のように体からは血が吹き出した。
「……はぁ」
しかし芹は、血が噴き出して体に力が入らなくなるのを無視し、男へ手持ちのカッターを投げつけた。
「……っ!?痛!!」
そのカッターは男の手に刺さり、男は銃を落とす。
「……くそが!!」
その隙に、御形が力技で男の動きを止めた。それが数秒を稼ぐことになり、再び警察は男を拘束した。
***
「───い────おい─────しっかりしろ!」
どこかから声が聞こえる。
目が見えない。
何がどうなったのだろうか。
────?
何か光のようなものが上の方へと伸びている。
それはとても優しく、しかしどこか悍ましさを感じるような光だ。
ああ、なるほど。これが、そうなのか。
これが──私の求めていたものなのか。
***
「くそ……早く病院着かねえのか」
御形は、救急車の中でそう嘆いた。
唯一と言っても良い親友が死にそうになって、彼は生まれ初めて焦りを覚えた。
「これは……」
救急車の中で、誰かが呟いた。その人物は救急車内のモニターを確認していた。
「芹、お前はこんなことで終わって良いようなやつじゃねーだろ!」
御形は必死に、芹に語りかける。
芹は既に意識を失っていた。
「──おいせ」
「……なるほど」
芹は、目を開けて、そう言った。
「り……?」
「少なくとも、死後の世界は──」
「お前……」
彼はほんの一瞬だけ、「誰だ」という言葉をこの世に放ちそうになった。
いや、喋ったのは間違いなく芹だった。しかしそれは御形が『異物のような存在』と表現するもの、そのものだった。
どこまでも冷たく、温かみのない合理主義的を宿した目が、真っ直ぐ前を向いていた。
「御形くん。ついにやりましたよ。私はこれによってたくさんの人を救えるのかもしれません」
芹は御形に向かって笑顔で語りかける。そしてその瞳は、何故か蒼く輝いていた。
「君、意識が戻ったのか!?信じられない!あっ、もうすぐ病院だから安心──」
「いえ、もう大丈夫です」
「なっ……!?君、安静にしていないと!!」
芹は、救急車のベッドから起き上がる。
それを見て、救命士は慌てて彼を止めようとした。
「ああ、すみません。でも、もう本当に大丈夫です。私は」
「病院に到着しました!!直ちに患者を運んでください!!」
「……おっと」
芹が言い終わるより先に、芹を乗せた救急車が病院へと到着した。
血を垂れ流す芹を見て医療従事者たちは焦ったものだが、その後病院で検査を受けた芹はたった1日で退院し、日常へと戻ることになる。
この日こそが彼にとってすべての始まりであり、妄想の領域にしかなかった彼の世界が、真実として目の前に現れた日である。
すべての救済は、ここから始まることになる。
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