第4話:『聖人』
第4話です。
「──お待たせ。繁縷君」
数分後、『イシヤマ』と呼ばれていた男がやってきた。
(……あの男がこのハコベラという男の上司なのかしら?敬語を使われているし)
イシヤマは、とても不思議な雰囲気の男だった。
研究者の狂気に満ちた雰囲気は無い。
むしろ、何というか、優しいような、そんな雰囲気の人間だったのだ。
「どうです?良さそうな子はいましたか?」
「ええ、みんなとても合っていると思います。」
(合っている?…………もしかして……それって実験に使うのにってこと?……だとしたら、まずいわ)
「そうですか!では、早速買っていくとしましょうか」
だが、悪意は感じられない。
これは本当のサイコパスなのか、研究者とは少し違う人間なのか。
「では、ヘンサさん、手続きをお願いします」
「──かしこまりました。どの奴隷をご購入なさいますか?」
「繁縷君、後は頼みますね」
「了解です!」
「──では、こちらの個室へお願いいたします。『先生方』のことですから、個室の方がよろしいですよね?」
「ええ、お願いします」
***
(一体、誰を買おうとしているの………?合っている、とか言っていたけれど………私……なら……逃げないと……)
「案内致しま…………?」
繁縷を個室へ案内しようとしたヘンサが足を止めた。
「──た、大変だ!!エルフの奴隷が逃げたぞ!!捕まえろ!!」
従業員と思われる男が、大声で叫んだのだ。
「何事だ!!」
ヘンサが大声を上げた。
「ヘンサ商会長……!……実はアベレージ伯爵が購入した奴隷が、奴隷紋を刻んでいる最中に逃げ出しました」
「何だと?早く捕まえんか!!」
「……それが、どうやらそのエルフは中級魔法が使えるようでして……追いかけた1人が返り討ちにあったのです……」
「な……、中級魔法だと!?中級魔法は普通、魔術士3人で使うもののはずだ!!まさか……エルフだから魔力が多いとでも言うのか?まぁ、良い、とにかく大勢で捕まえようとすれば何とかなるはずだ!!早く捕まえろ!!」
「は、はい!!」
***
(……ミラ……どうか逃げ切って……)
ミラが逃げたことを耳にしたマイは、ミラが無事逃げ切れることを願う。
実は、奴隷紋を刻む際に奴隷が逃げてしまうことはよくあることなのだが、大抵は奴隷商が雇っている見張り番が捕まえてしまうのだ。
だが今回の場合、ミラは『中級魔法』を使えるため、魔法でうまく追ってを遮り奴隷商の外へと逃げることに成功したのだった。
「くそぅ、何をやっている、とっとと捕まえんか!!」
そのような状況に、アベレージ伯爵は激怒しているようだ。
(……まぁ、ざまぁみろってところね)
マイは内心そんなことを思うが、一方で大きな不安を抱えていた。
(……でも、外に逃げたとしても『エルフ』のミラは……)
王国兵に殺されるか、また奴隷商に突き出されるか、もしくは一般冒険者に何かされるか。どのみち明るい未来は待っていないだろう。
いくらミラが中級魔法を使えても、王国兵や冒険者に囲まれてしまったら太刀打ちできないだろう。
「ミラ……」
***
「あれ……何か大変なことになったみたいですね……。どうしましょう、院長?」
予想外(?)の事態に、ハコベラという男はイシヤマ先生という男に判断を委ねる。
「そうですね、どうしましょうか。私たちなら簡単に解決することはできますが、それが個人のためになるかは別問題ですからね。……とりあえず、『あれ』を優先しましょう」
イシヤマという男は、おかしなことを口にする。
(……どういうことかしら?簡単に解決できる?彼らは研究者ではなかったの?戦うようには見えないのだけど。……でも、何故かしら。見た目で判断してはいけないような気がする。それに、『あれ』って……?)
私には、イシヤマと言う男が言った言葉の意味はよく分からなかったが、おそらく、イシヤマという男にはミラを捕まえる何かしらの手段があるのだろう。
──そう、普通ならそう思う。
だが、そういう意味ではないような気がしたのだ。
心の底で、何故か分からないが彼に期待している自分がいた。
それはきっと、彼が『聖人』に見えたからなのかもしれない。その優しい雰囲気は、聖なる職の人間以上なのだ。
私には、彼の言葉は何故か『優しく』聞こえた。
―第4話 完―
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