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黒い奴隷  作者: 渡辺朔矢
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③ノウゼンカ姫の悲劇

腹黒い魔法使いに堕とされるお妃様。

 「あああ…あの式の日に心配していた…のに

 …気を張って注意していた…私は…こんなにも弱い愚かな…女なの…」


 金の髪を乱し白く薄い両手で顔を覆い泣く王妃。

 私は右腕の中へ彼女の華奢な肩を抱き寄せて左手を王妃の膨らむ腹部の上へ置いた。王妃は自身の罪だと責めるが、彼女が嘆く必要など無い。


「そんなに泣かないで下さい。

 私がついています。大丈夫です」


 酷く後悔する可哀想な王妃を慰めるが私は内心喜びでいっぱいだ。

 前世では私とビレアの間に子供は出来なかったが、今世ではこうして2人の愛の結晶が出来た。ビレアは妊娠できない体だった為、王女という高い身分ながら元主人城の魔法使いへ嫁ぐしかなかった。

 私もビレアさえ側にいてくれたら満足だったから、赤子が欲しいなど考えたことは無かったが。手のひらに感じる動きに心が浮き立つ。愛しい者との新しい命はなんて尊いものなんだろう。


「な…何故…あの時…もっと警戒して王子以外に姿を見られなければ…貴方に出逢わなければ私は…道を間違わず…王妃として…」


「無理ですよ。ノウゼンカ様。

 私は至高の魔法使い。貴女の魂はどれだけ遠くにいても私には見つけられる。

 この狭い城の中など貴女の居場所は屋根から地下まで、どこに居ても感知出来ますからね」


「…ぅぅぅ…ぅぅ…」


 泣く王妃の体が冷えないように私の体と一緒に毛布で包みながら、私から貴女は逃げられないのだと言い聞かせる。ノウゼンカ妃は自責の念で苦しみ泣きながらも私に身を寄せた。

 彼女が王子の婚約者になる前に私がノウゼンカを見つけてあげていたら…ノウゼンカが自分を責める事態は避けられただろうが…私が運命の(ひと)を察知したのはマジョラム国国王マジョラム5世の結婚式の日だった。


 ビレアが亡くなり200年ほど経っている。私はずっと彼女の生まれ変わりを探していた。

 ビレアが転生すれば直ぐ分かるように、彼女の魂に印を付けてこの世界の何処にいても反応する様に魔法を設置していたのに、偶々数年前に現れた魔王の所為で私は大量の魔力を使わねばならず、魔力を削られた状態だったからビレアの魂が転生していた事に気が付くのに遅れた。


 王の結婚式の日。

 ビレアの強い香を感じて城の中を辿ったら、中庭から見える廊下に花嫁姿のノウゼンカがいた。

 輝く金色の真っ直ぐな長い髪を白くて薄いベールに隠し、やや垂れた大きな瞳も金の色をした華やかな美貌の女性。


 見た目は違っていても、魂の色形匂いで分かる。

 彼女はビレアだ! 私のビレアの生まれ変わりなのだ!!


 彼女を見つけて直ぐに攫って私の物にしてしまいたいという強い欲求を押し留めた。

 彼女は王子の花嫁。いくら私が最強の魔法使いとはいえ、私は国の奴隷だ。マジョラムから契約からは逃げられない。ここで彼女を攫っても後々ノウゼンカを取り上げられる事になるだろう。

 ビレアの時と同じだ…策を練ろう…ノウゼンカを手に入れる為の。私には無限の時がある…焦る必要はないのだ…



 金の髪のビレアは今世ノウゼンカという名で、マジョラム国に吸収される広大な面積を持つ貧しい国の姫君。しかし姫君の国の歴史はマジョラム国よりも長く伝統を守る王族で、ノウゼンカ姫は教養と知識を併せ持つ美しくも立派な姫君だった。マジョラム国の王族も貴族達も先ずはノウゼンカ姫の美貌を認め、その後慎み深く王妃としての職務を淡々とこなすノウゼンカ妃を好意的に受け入れた。

 ただ1人、王妃の夫マジョラム5世王以外は。


 ノウゼンカ王妃を手に入れたいが為、作戦を考えていた私は拍子抜けした。

 策を練るまでも無い程、王はノウゼンカ王妃に愛情を示さずに公務以外での王妃を避けている。

 王が王妃に冷たい理由は単純で、ノウゼンカ王妃がマジョラム5世より王族として優秀な事が王には気に入らない。妃の優雅な振る舞いや知性と優しさを感じさせる言葉は、周囲の人間には王妃を素晴らしい女性に見せているのに、王にとっては勘に触る嫌な女として感じられていた。


 5世の事を彼が子供の頃からバカだ馬鹿だと思ってはいたが、ここまで愚かな男だったとは。

 私の愛らしい王妃(ノウゼンカ)と王を離す案を考えていたが、全く策を練る必要が無い。というか、ノウゼンカ王妃(私の大切な人)を蔑ろにする王に腹が立つ。


 マジョラム5世は元々が遊び人で王子時代から夜遊びし多数の女を囲っている。乱れた私生活を隠す知性を持たない王の生活は、結婚して1ヵ月もしない新妻の耳に容易に入った。

 ノイゼンカ王妃は苦悩した。王に歩み寄っても拒絶される自分は、王妃としての最大の役割を果たせそうにないからだ。それでもノウゼンカ王妃はいつか王の気持ちが変わるのでは無いかと王宮の生活に耐え、王妃としての職務に励みマジョラム王に心を配ったが1年経っても王との仲は変わらない。ただ、マジョラム王も王族や貴族から人望を集めるノウゼンカ妃を完全には無視出来ず、王の気が向く時だけ王妃の元を訪れている。



「ノウゼンカ様。あの様な貴女を侮辱する王に気を遣わなくてもいいのではないですか」


 涙のスジを何本も作り無表情で俯いている妃。


「あの男は此処へ来ても酒を呑んでノウゼンカ様を罵り、自分勝手に貴女を抱いて気紛れに部屋を出て行く様な醜悪な男です。王には愛人が4人もいますし、貴女の愛人は私1人。ノウゼンカ様が気に病む事は無いのです」


 王妃は自嘲し顔を上げた。


「私は愛人を作っただけではない。

 王妃として王の子を産まねばならない体に、王でない愛人の子供を宿してしまったのです。

 …これは大罪です…」


 罪だと言葉に出してノウゼンカ妃はまた手で顔を覆う。そんな彼女を強く抱きしめた。




 結婚してから王は王妃と2人きりの時、王妃を口汚く罵倒し乱暴に扱った。王は酒に酔っているからかノウゼンカの言葉はまるでマジョラム5世の耳に入らず、王を止められる者などいない城中でノウゼンカ妃は心も身体も王に傷つけられる日々を送っている。

 然りとてノウゼンカ妃にはこの現状を相談出来る相手もおらず、気丈な王妃も日に日に疲れ心細くなっていた。


 結婚式から3ヵ月が過ぎた頃、マジョラム国に嵐が来た。暴れる風に激しい雨、鳴り止まない雷音。

 王妃は1人、自室で錯乱状態になってしまった。

 今迄の王妃なら嵐が来てもさして心乱されず、過ぎ去るのを見守れた。しかし、マジョラム国へ嫁ぎ1人で王妃の位に耐え忍び、王から受ける虐待に心弱くなっていたノウゼンカ妃は、外の荒れ狂う状況に心乱され部屋の中を彷徨い、泣きながら自分の身の置き所を探す。


 …探しても探しても…安心できる場所が見つけられない…自分の部屋の中なのに…怖い! 怖いの! 助けて! 誰か、私を助けて!


 大きな雷が爆音と共に城近くの木に落ちた。

 心臓が潰される! 死んでしまう! と思ったと同時にノウゼンカ妃は大きく温かいものに全身を包まれる。木の裂ける音、雷鳴、暴風、一瞬にして何も聞こえなくなった。雷の光りで自分を抱く人の顔が見える。

 …あああ…結婚式の…

 それが、魔法使いとノウゼンカ妃の関係の始まりになった。




「ノウゼンカ様、そんなに自分を責めないでください。

 貴女は悪く無い。この罪は私が全て受けます」


 とは言え、私は王妃との関係も私と妃の子供の事も罪だなんて思ってはいない。

 だいたい、普通にノウゼンカを王妃として敬えば良いものを、彼女を玩具の様にして放っている低脳な王が問題だ。罪というのならあの(バカ)がノウゼンカを大事にしない事だ。


「…無理でしょう…この子が王の子で無いと…明るみに出る…

 私はどうなってもいい…でも、この子は…助けたい」


 ああ、何だ。ノウゼンカも私との赤子を喜んでいるのだ。

 自分の身を投げても子供を助けたいというのはそういう事だろう。


「大丈夫ですよ。ノウゼンカ様。

 子供も貴女も私が守りますから、だから安心してこのまま赤ちゃんを産む事だけを考えていて下さい」


「…しかし…」


「ノウゼンカ様。私は魔王を倒す程の魔法使いです」


「…それは…」


「ただ、私は国の奴隷。私の立ち位置的に赤子の父親と名乗れない。

 ノウゼンカ様はお生まれになった国の為、王妃を退けない。

 不本意ですが、赤子はマジョラム5世の子供として育てましょう」


「!!」


「ああ、そんな傷ついた顔をしないでください。本当に大丈夫ですから。

 今まで城のいたる所で散々貴女と関係を持ってきたけれど、私達の情事が他人にバレた事は無いでしょう?

 ね、私にとってはこのくらい隠す事は大した事ではないんですよ」


 私は微笑んで彼女の頬に口づけ王妃を寝台へ横にした。王妃は小さく震えながら「恐ろしい…王の子でないのに…王の子にするなんて…私どうしたら…」と呟いている。そんなに気にする事は無いのに、ノウゼンカは真面目だから仕方がないか。

 私は魔法で王妃を眠らせた。悲しみや不安は母体に良く無い。ゆっくりと体を休めて欲しい。


 彼女の深い寝息を聞きながら私はマジョラム5世(ばか)をどうするか思案する。私とノウゼンカの為に。













ここまで読んでいただき有難うございました。

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