帝王ロゴスの座は黒子爵から離れる。04
ロイヤル三世、治世暦、四年【AB-04】
《荒野の道、デリアサス》
ロゴス帝国と多国籍軍隊の死闘が繰り広げられた、荒野の道。
ここ、デリアサスは、煌々と満月が光を増して輝き渡り辺りを照している。
嘘のように静まり返る荒野に勝利を誇るかのように、巨大なロゴスの塔が聳えている。
2頭立ての金の装飾が施された馬車がロゴスの塔の前で止まった。
塔の最上部にある空中庭園から、馬車に視線を送る紅の魔導師。
『来ました…帝王様』
ロゴスは、ゆっくりと王座に腰かけルージュリアンに視線を送り呟いた。
『使者は誰だ…』
『シャンソニアからの使者はドンデン王の妃、サフランと聞いております。』
『どんな、話しを持ち出すか楽しみでございます…』
『出迎えにいって参ります。』
ルージュリアンは、円盤状の空中エスカレーターで馬車のところまで降りて行った。
サフラン妃と侍女、そして竪琴を持つ付き人の三人が出迎えを待ち立っていた。
ルージュリアンは、いつになく丁寧な言葉でサフラン妃に挨拶をし空中エスカレーターへと、彼女をエスコートした。
『サフラン妃、こちらへ…』
ルージュリアンの言葉に促され、サフラン妃と彼女の侍女、そして竪琴を持つ付き人がエスカレーターへと進んだ。
エスカレーターは、次第にスピードを上げ、ロゴスの塔を昇ってゆく。
四人を乗せたエスカレーターは最上部の庭園へと着いた。
サフラン妃は、帝王ロゴスの王座へと歩み寄り、少し距離を置いて立ち止まった。
サフラン妃の後ろに寄り添うように並ぶ侍女と付き人。
サフラン妃が、先に口を開いた。
『帝王様、丁寧なお出迎えに、まずお礼を申し上げます。』
『今宵、お訪ねしたのは、わたくしの夫、シャンソニアの王、ドンデンよりの停戦交渉のためでございます。』
『ドンデン王が、申すには、領地のロレンソを割譲し、さらにエマール王国との同盟を破棄する言っております。』
『停戦が成った暁には、緑葉の城で祝宴を挙げたいとも、申しております。』
『ドンデン王が申すには停戦の期間は六年と定め、その後、折を見て終戦協定をと考えております。』
『帝国ロゴス様のお返答を、頂きたく存じます。』
策士のルージュリアンが、帝王ロゴスの耳許で小声で囁いた。
『願ってもない、申し出です。』
『ご承諾を…』
『我軍は、戦力を温存したままで、エマール王都の鼻先にあるロレンソへ前哨基地を築けます。』
『しかも、シャンソニアとエマールの同盟が切れたとなると、もはやエマールの都は裸も同然でございます。』
『六年の間に、間断無く、エマール王都へ波状攻撃を仕掛けるなら、次第に戦力が削られ、やがて、力尽き降伏してくることでしょう。』
帝王ロゴスが口を開いた。
『サフラン妃よ、遠路ご苦労であった。』
『ドンデン王に、停戦条件を受諾すると伝えよ!』
サフラン妃は深々と頭を垂れて大役を果たした。
その後、安堵のため息をひとつ吐き付き、付き人に目配せをした。。。
それを横目で見ていた付き人は(おもむろ)に持っていた竪琴を侍女へ手渡した。
『帝王様……停戦の祝いに、ここにおります竪琴の名手が音楽をご披露いたします。』
帝王ロゴスが竪琴の奏者に名を訊ねた。
『乙女よ……名は何と申す。』
『アスピラスィオンと申します。』
侍女はローブを取り、近くの椅子に腰かけ、竪琴を奏でた。
ポロロン……ポロロン♪
ブロンドの髪が風に靡き、柔らかな衣に織り込まれた銀の糸が月明かりに輝きを放っていた。
『美しい音色だ……どこか、懐かしい。』
ロゴスは、しばらくアスピラスィオンの竪琴の音色に耳を傾けていた。
演奏が終わり、侍女は竪琴を仕舞いサフラン妃の後ろへ下がった。
『侍従よ。例の物を帝王様へお持ちせよ。』
サフラン妃は、帝王ロゴスへの献上品を差し出すよう付き人に促した。
付き人は歩み出て、恭しく献上品の包みを開き、エメダリオンの剣を帝王ロゴスの目の前に掲げた。
眉をひそめ、帝王ロゴスの近くに歩み寄るルージュリアン。
『これは……聖剣、エメダリオン。』
『これを、我にくれると申すか。』
帝王ロゴスが聖剣エメダリオンへ手を伸ばした瞬間、付き人が着ていたローブを脱ぎ捨て叫んだ。
『魔王!ロゴスよ!』
『聖剣、エメダリオンの滴と消えよ!!』
付き人は、聖剣エメダリオンを抜き放ち、帝王ロゴスの胸元を深々と突き刺した。
《《《グワァァァ ーツ!!》》》
悲鳴を上げて、前のめりに倒れ込むロゴス。
聖 剣エメダリオンはロゴスの胸元から背中へと貫通した。
ロゴスは聖剣エメダリオンの束に手をやり、苦しい声で付き人の顔を見て言った。
『北風の天使、ミストラルよ……』
『お前の、策、敵ながら見事なり!』
塔の上から聖剣エメダリオンを刺したまま、ミストラルとロゴスが重なるように落ちていった。
我目を疑いながら沈黙し、その場に立ち竦むルージュリアンの顔が蒼白へと変化していった。
(((ロゴス様ーーー!!)))
彼女は大きな叫び声を上げ、慌てて帝王ロゴスが落ちていった辺りへと駆け出した。
事の重大さに、動揺し狼狽えるサフラン妃をアスピラスィオンが手を引き、乗つて来た馬車でシャンソニアの都へ急ぎ帰って行った。
《《ワウン……ワウン》》
ロゴスの塔に緊急サイレンが鳴り響く。
続々とドローンの群れが塔の下へと出てきた。
塔の下で、息絶え絶えの帝王ロゴスに、寄りそうルージュリアン。
既に 胸元に刺されていた聖剣エメダリオンもミストラルの姿も消えていた。
傍らには白い右翼が落ちていた。
ルージュリアンが、翼を握りしめ叫ぶ。
『奴は、飛べぬ!』
『まだ、近くにいるはずだ!』
捜索ドローンと戦闘ドローンが長い列をなし、塔の周りを、くまなく走り出す。
怒り心頭に達したルージュリアンが叫ぶ。
『必ず捕まえて、八つ裂きにしてくれる!!』
荒野デリアサスに響き渡るルージュリアンの声。
遠くの方で、黒馬車を停めて様子を伺っていた月読みの巫女。
シャーマンのラビに語り掛けた。
『何やら慌ただしい……動きがあったようだな。』
『ラビよ、シャンソニアの城へ急ぐぞ。』
シャーマンのラビが馬に鞭を入れて走り出した。
月読みの巫女がデリアサスの戦いに気をを取られる隙に詩人ヘンリーの姿が消えていた。
巫女は隣にいたはずのヘンリーがいないことに気が付いた。
『ラビよ、ヘンリーはどこぞへ行ったのであろうか?』
シャーマンのラビが姉のみこに答えた。
『わたくしは、存じません。』
『たぶん、詩人だけに、またフラッと旅にでも出たのでは…』
月明かりの中、ロゴスの塔を目指す美少年、詩人ヘンリー。
『誰かが、呼んでいる…帝王の座に着けと……』




