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Story  作者: 鳩梨
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少女の夢

 ここは夢の中だとすぐに判った。なぜならお家の中ではないから。

 私は生まれつき体が弱く、病気持ちだったため外に出た事は無い。おまけにこのごろはずっと雨で、たとえ元気でもお外を走り回ることなんて出来やしない。

 それに、私はお父様が安心して帰ってこれるようにお家のことを色々としなきゃいけない。お母様は私を産んですぐに死んでしまったから……。

 そう言えば。最初お父様ったらすごく心配してたな。何かあったらどうするんだって。お掃除やお洗濯、お料理くらいでどうにかなるわけないのに。幾ら体が弱くて病気もちだからって心配しすぎ。けど、それを疎ましいなんて思わなかった。それだけ私のことを愛してくれてるんだってわかるから。

 結局、私が一生懸命お願いして、お医者様にも口添えしてもらってようやくお父様は、あまり無理しちゃダメだよ、って言いながら認めてくれた。

 それにしても、不思議な夢。

 こんな風に夢だってわかるような夢なんてはじめて。いつもの夢は現実だと思えちゃうくらいなのに。

 変な夢。

 私はここにいるって判るけど、それだけ。ほかに何もない。真っ白。

 あれ?

 そんな風に思っているとずぅっと向こう側に何かある。私は不思議に思いそこに行ってみた。

 夢だし、大丈夫だよね?そう思いながら走ってみた。さすが夢。全然大丈夫。嬉しくなって何かがあるとこまで走ってみたけど、走りなれてないからか、すぐに疲れちゃった。変なとこで現実的じゃなくていいのに。そう不満をもつけど夢に文句を言ってもしかたない。しょうがないから歩くことにした。

“何か”は扉だった。すごく高価そうな扉。ノブが真鍮だ。

恐る恐るノブを捻り、扉を開ける。扉は意外と簡単に開いた。もっと重そうだと思ったのに。

 扉を開いた先にあったのは一面の花畑だった。見たことも無いような色とりどり、いろんな形の花達。空にはこのごろずっと見れていない、青空と光り輝く太陽とふんわかとやわらかく浮かぶ雲。

「うわぁ……」

 思わず感嘆の声が漏れた。

「いつも見てる夢よりもすごいかも」

 ここがお父様の言っていた楽園かな?

 私の一日の中で一番好きな時間は寝る前にお父様と話す楽園のこと。

 私の夢はお父様とお母様、私の三人で楽園で幸せに暮らすこと。お父様は、お母様は楽園にいていつも私たちを見守ってくれていると言っていた。そして、いつかそこで三人で幸せに暮らすんだって。

 私の見る夢はいつもお父様とお母様と私の三人で楽園で幸せに暮らしている夢。三人で幸せに。私の病気は無くなってて元気に走り回る私を、お父様が心配そうに見守ってて、まだ見ぬお母様がそんな私を少したしなめる。私とお母様は二人でお父様に美味しい料理を作ってあげる。お父様は美味しいよって言ってくれて、お母様と私はやったね、って微笑み会う。そんな幸せな夢。それが私の見る夢。

 ふわりと風が吹いた。その風に乗って花弁がヒラヒラと舞う。舞って行く花弁のほうを見ると、そこにいつのまにか、あるいは最初からか、女の人が佇んでいた。

「あなたは、誰?」

 そう尋ねると、女の人はこちらを見、微笑んで口を開いた。

「大きくなったわね」

「え?」

 女の人はそう言うとゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。え?この人は私を知ってるの?何で?私の瞳からは何故だか、涙が流れている。

「良かった。元気に育ってくれて。ずぅっと心配だった」

 そう言って女の人は私を抱きしめる。ああ、そうなんだ、きっとこの人が……。

「おかあ、さま……?」

「ええ。そうよ。ごめんね。今まで寂しい思いをさせてしまって」

 そう答える初めて見る本物のお母様は、ぽろぽろと涙を流しながら、ぎゅっ、と私を抱きしめてくれた。私もそんなお母様を、ぎゅっ、と抱きかしめ返す。

「おかあさま、おかあさまぁ……」

 色々お話したいことがあるのに、私は幼子のようにおかあさまと泣きながら連呼するだけで。そんな私をお母様は優しく私の名を口にしながら優しく抱いてくれていた。

 このお母様は本物だ。私にはそう判った。これは夢の産物じゃなくて、本当に本物のお母様だ。お父様に聞いた通りのお母様。私の想像よりもずっと素適なお母様。

「お母様。私ね、色々、たくさんお話したいことがあるの」

「そう。私も、あなたのお話を聞きたいわ。是非聞かせて」

 お花畑に座り込んで私とお母様は色々なお話をした。

 家の家事を私が全部やっていることを言うとお母様は偉いわね、と誉めてくれた。

 家の家事をやることをお父様が心配しすぎて反対してきたことを言うとお母様は、しょうがない人ね、と笑った。

 お父様がお母様は楽園にいるんだよと話していたと言ったら、じゃあ、ここが楽園かしら、と微笑みながら首を傾げていた。

 お父様はお母様のお料理はすごく上手で、世界中の誰よりも上手だったと言っていた言うと、あの人ったら、と赤くなりながら照れくさそうに微笑んだ。

 私とお母様で今度一緒に料理をしましょうと言うと、いいわよ、と言ってくれた。そしてお父様は二人の料理で感動させてやりましょう、って。

 私とお母様は色々なことをたくさんお話した。今までの時間を取り戻そうとしているかのように。



 母と娘の幸せな時間は続く。

 娘にはもはや現実と幻想の区別がついていない。

 父が自らのせいで過労死したと深い自責の年に苛まれ、そこに母の死すらをも自分のせいだと思い込んでしまった娘。

 父と母を死なせてしまい、一人だけ取り残されたと思い込んだ娘。そしてそれを自分に与えられた罰だと思い込んでしまった娘。

 いまだ少女と言う年齢の娘にその幻想はあまりに酷く、それを幻想だと教えてくれる者がいない娘にはそれがいつしか現実となった。

 そうして娘はついに崩壊した。体は壊れず、ただただ心が崩れていく。

 娘は父の骸と談笑し、眠りに就いても荒地を花畑と思い、朽ちた骸骨を母と思い、話し続ける。

 現実とされてしまった娘の幻想。受け入れがたいそれから逃避するように、娘の中では父の死は忘れられ、母は夢の中の楽園で暮らしている。

 それらは全てなにもかもが偽りだと娘は気づけない。

 いずれ、娘の夢の中の楽園には父も登場するだろう。そこで娘は両親と幸せに暮らすのだろう。

 娘の心は崩れていく。病んでいく。狂っていく。止めてくれる者はいない。止められる者はいない。

 しかし、娘は否応なく知ることになる。残酷な現実を。逃避不可能な現実を。

 破滅の女神は微笑みつづける。

 さぁ、そろそろ。そろそろだ。

 夕日に背を向けた男と、

 廻り続ける女と、

 狂気に沈んだ娘の――――

 


 さぁ、まずは娘に教えてやらねば



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