第1話 チョコモナカチャンピオンが食べたい!
「チョコモナカチャンピオンが食べたいぃぃぃっ!」
侯爵令嬢ミサロッタ・フォン・ノースウェルドは、そんな自分の叫び声とともに目を覚ました。
サクサクのモナカ。
中には、冷たくて甘いバニラアイス。
そして、パリッと割れる存在感のあるチョコレート。
前世の日本で私が愛してやまなかった、あのアイスが今、無性に食べたい。
昨夜、冷凍庫に残っていた最後の一個を食べようか悩んだ挙げ句、明日の仕事終わりのご褒美にしようと我慢して寝てしまったことを、ものすごく後悔している。
なぜなら、目を開けて目に入ってきたのは、見たこともない豪華な寝室。
天蓋付きのベッドに、金糸の刺繍が施されたカーテン。そして、心配そうにこちらを見つめるメイドのメグだ。
「お嬢様! よかったです! お目覚めになって!!」
全然よくないです。今、何となくもうチョコモナカチャンピオンを食べることができないことを察しました。
まず、状況確認をしようと、メグに倒れた時のことを聞いていると、私の頭の中に激流のようにこの世界のミサロッタの情報が入って来た。そして、愕然とした。
ここは、前世の日本で読んだ恋愛ファンタジー小説『癒しの聖女と銀髪の王子』の世界だ。
そして自分は、貴族院に通う16歳で、この国の王太子の婚約者。
この婚約は幼い時にミサロッタの母と王妃が学生時代からの親友であったことから決まったものだった。
王太子とは幼い頃から交流を重ねてきたため、仲は悪くはなかったものの、相思相愛という関係ではない。
それが、貴族院に通うようになると、王太子が男爵令嬢に恋をした。そのことに我慢できなかったミサロッタは、男爵令嬢をいじめ抜いて、最後には王太子から婚約破棄されてしまう。
原作では、ミサロッタは男爵令嬢チェリーヌを階段から突き落とそうとしたり、毒を盛ったり、ドレスを切り裂くなど、数々の悪行の末、卒業パーティーで王太子によって断罪されるのだ。そして、婚約を破棄されたミサロッタは、過酷な辺境へ追放されてしまう。
「私があの悪役令嬢なの……冗談じゃないわ!」
ミサロッタは決意した。
幸い、まだ男爵令嬢へのいじめは始まっていない。今ならまだ間に合う!
婚約破棄を絶対回避する。
辺境送りを断固阻止する。
そして、最も大事なこと! 絶対もう一度チョコモナカチャンピオンを食べる!!!
だけど、自分だけの力で、それらを成し遂げるなんて到底無理。そう悟った彼女は、この世界で唯一無二の親友を頼ることにした。
この国でただ一人、あらゆる病を癒やす奇跡の力を持つ聖女、セレア・ルーミナスである。
彼女とは貴族院で出会った。入学してすぐの頃、ミサロッタが、少し人見知りだったことに加え、周りの生徒が王太子の婚約者に友達になるなんて恐れ多いとなかなか声をかけられずにいたことで、孤立していた。
そんな中、唯一声をかけてくれたのがセレアだった。二人はあっという間に親友になったのだ。
セレアに会いにいこう!
セレアは聖女なので、貴族院へは聖女宮から通っている。
ミサロッタが聖女宮を訪れると、彼女から思いがけない言葉を耳にする。
「……あなたも、なのね」
セレアは、ミサロッタの顔を見つめてつぶやいた。
「え?」
「いえ、何でもないわ。それで、どうしたの? 急に会いに来るなんて」
「お願い、セレア。私をあなたでも治せない病気にして!」
「……え?」
親友の突拍子もないお願いに、セレアは目を丸くした。
ミサロッタの計画は単純だった。
聖女にも完治できない病気にかかったと公表すれば、王太子も病人を大勢の前で断罪するのは難しくなるに違いない。
病気療養を理由に社交界から距離を置いてしまえば、男爵令嬢との接触も避けられる。
卒業パーティーまで逃げ切ることさえできれば、婚約破棄と辺境追放を回避できるかもしれない。
「つまり、それって仮病よね?」
「そうよ! 聖女様公認の不治の病よ!」
「それ、国家規模の詐欺ではなくて? それに私の名を貸せといっているの?」
呆れるセレアだったが、ミサロッタの真剣な表情を見て、やがて小さくため息をついた。
「……仕方がないわね。他の誰でもない親友の頼みだもの。いつも意地っ張りで、こちらがどれだけ手助けを申し出ても、自分で何とかするって言い張るあなたが、私を頼ってきてくれたんだもの。そんなの、助けないわけにはいかないじゃない!協力してあげる」
「本当!?」
「ただし、私からも条件があるの」
「何でも言って!」
「あなた、何か雰囲気が変わったわよね。何があったか、あとで詳しく聞かせてちょうだい」
ミサロッタは首をかしげた。
なぜ、わかったのだろう。
しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。
二人は秘密裏に計画を練り、ミサロッタが奇妙な症状を発症したという噂を流し始めた。
突然、甘いものを異常に欲しがりはじめた。
食べ物の食感に強いこだわりを見せる。
そして、時折「チョコモナカ!」「チャンピオン!」という謎の言葉を叫ぶ。
この世界の人間には理解できない症状だった。
やがてセレアは、王宮に診断結果を報告した。
「残念ながら、私の治癒魔法でも、この病を完治させることはできません」
聖女にも完治できない奇病。
その知らせは瞬く間に王都を駆け巡った。
王立医学院は研究班を設置し、王宮はミサロッタの容体を詳しく検査するよう命じた。
国王は王太子に婚約者の見舞いを命じ、社交界では彼女の病状をめぐってさまざまな憶測が飛び交う。
「……どうしてこんなことになったの?」
ミサロッタは頭を抱えた。
ただ婚約破棄を回避したかっただけなのに、なぜか国家規模の騒動になってしまっている。
「安心して。少なくとも、卒業パーティーまでは治療法が見つからないことにしておくわ」
セレアは涼しい顔で言った。
「あなた、本当に聖女なの?」
「失礼ね。親友を守る聖女よ」
二人は顔を見合わせ、笑った。
だが、その夜。
セレアは一人、聖女宮の奥にある書庫を訪れた。
そして、その一番奥の棚の隠し扉の中に仕舞われた一冊の本を取り出した。
表紙には、この世界の文字ではない文字が記されていた。
日本語で。
『癒しの聖女と銀髪の王子』
セレアは本を開き、ページをめくった。
物語の終盤、ミサロッタが辺境へ追放された後の物語も記されていた。
これは、セレアがこの世界があの物語の世界だと気づいた時、忘れてしまわないように書きとめておいたものだ。
やっぱり、ミサロッタから聞いたストーリーとは、結末が違っていた。
セレアはつぶやいた。
「どうしてかしら…… 二人の読んだ小説は少し違うわ」
そして彼女は、本の最後のページの余白に書き込まれた一文に気づいた。いつの間に書かれたのだろう。それはセレアが書いた覚えにないものだった。
――二人目の転生者が目覚めたとき、物語は本当の結末へ向かって動き出すだろう。
そう、書かれていた。




