第1話:元神童は田舎でも負ける
騎士課程への進級を許す。第三十席まで。
王都三技学校の掲示板を、俺は上から数え直した。
第三十一席、セイン――見間違いじゃない。三度確かめても同じだ。
一つ上の名前を睨んだところで、俺と入れ替わってくれるわけでもない。
「おい、セイン。お前、本当に落ちたのか?」
人垣から離れるとロイスが追ってきた。入学した頃は毎日のように手合わせをして、負けた方が食堂の席を取りに走った相手だ。
「見れば分かるだろ。一席足りなかった」
「お前のレベルって、その程度だったのか? 入試じゃ首席だったくせに、ひどい体たらくだな」
笑いながら肩を叩いてくる。お前だって、昔は俺に勝てなかっただろうが……
だが、最後の実技試験で負けた相手に言えるはずもない。こいつは十八席で、俺は三十一席だ。
「地方ならお前でも頼りにされるって」
隣の同級生まで口を挟んだ。以前は俺の剣を真似して、何度も振り方を聞いてきたくせに。
「……そうだな」
二人は進級祝いの店を相談しながら歩いていった。以前なら俺にも好みを聞いたのに、今では振り向きもしない。
何がいけなかったのだろうか? 始まりだけは順風満帆だったのに……
故郷の道場で神童と呼ばれ、十二歳で王都へ出てきた時もその気でいた。
剣、魔法、身体を強化する支援術。三つを別々に試す入試では首席を取り、基礎の授業で困ることもなかった。
おかしくなったのは、それらを組み合わせるようになってからだ。
剣だけなら間に合う。魔法だけなら狙ったところへ届く。それなのに、魔法に備えながら身体を強化して打ち合うと、どうにも動きが噛み合わない。
慣れるまでやればいい。最初はそう思っていた。
皆が帰ったあとも型を繰り返し、強化が足りないと言われればもっと力を込めた。少しは勝てるようになったが、その頃には相手がもっと強くなっている。
四年かけて辿り着いたのが、この席次だ――
◇
「セイン。配置通知を受け取れ」
第三十一席以下の者は教官室へ出頭せよ――その案内に従って赴くと、教官から封筒を渡された。
剣技課の剣士課程は修了したから働き口はある。十六歳で路頭に迷わずに済んだと思えばありがたい話なのだろう。
でも、俺が欲しかったのは騎士として学ぶ席だ。
三十人に入れば、一人一人に合わせた指導を受けられる。剣士から騎士へ、そして王国騎士へ――そこまで行くつもりで来たのに、最初の選抜すら通れなかった。
任地の欄にはベルナ村とある。聞いたこともない村だ。
「着任の手順は中にある。遅れるなよ」
「はい」
強くなるために来た王都で最後に教わったのは田舎への行き方か……
◇
街道を乗合馬車で移動し、最後は半日ほど歩いた。そうして着いたベルナ村は俺の故郷よりも小さかった。
村長に挨拶をして住む部屋と見回りの道順を教わる。畑を荒らす獣の駆除も仕事だという。
期待していると言われるとつい背筋が伸びた。さっきまで任地の小ささにがっかりしていたくせに、我ながら現金なものだ。
荷物を置いて寝台に転がると、またあの掲示板が浮かぶ。一席違うだけで、あいつらと手合わせする機会さえなくなるのか……
横になっていてもろくなことを考えないので、夕方になる前に外へ出た。村長が話していた剣技道場を覗いてみよう。
こんな田舎で何を教えているのか。学校とは違う型を使うのだろうか。剣のことなら、まだ気になる。
道場の開いた戸口から覗くと、金色の髪を後ろで結んだ少女が木剣を片づけていた。振り向いた顔に見とれ、用意していた挨拶が遅れる。
俺と同じくらいの年だろう。こんな可愛い子がいるなら村長も先に言ってくれればいいのに。
「見学してもいいか?」
「構わないぞ。と言っても今日の稽古は終わりだけどな。見ない顔だが入門希望か?」
「いや、今日派遣されてきた剣士だ。どんな稽古をしてるのかと思って」
「剣士? 王国からの派遣の? ――ちょうどいい。兄さまが出かけていて相手がいなかったんだ」
少女は片づけかけの木剣を二本持ってきた。見学のつもりだったが、いきなり手合わせか。
「私はフィーナ。お前は?」
「セイン。……君が相手をするのか?」
「私以外に誰がいる?」
木剣を受け取り、道場の中央で向かい合う。騎士課程へ進めなかったとはいえ王都で四年も学んできたのだ。怪我をさせないように――
踏み込もうとした俺の胸元に、彼女の木剣が突きつけられていた。
「……え?」
「もう始めてよかったよな? 合図が必要ならすまなかった」
「ああ、いや……これは俺の油断だ。もう一本頼む」
一度深呼吸をして距離を取り、今度は足元にも気を配る。合図はいらない、開始は今だ。
踏み込みさえ見えれば合わせられる――彼女の右足が出たところへ打ち込むと、剣が触れた途端に柄が跳ねた。
押し返そうとした先から彼女の剣が離れる。横へ逸れた剣先を戻す前に、喉へ木剣が触れた。
――なんだ、今の? 速いだけならまだ分かる。ちゃんと見て剣まで合わせたのに、どうして俺だけ何もできなくなるんだ?
「……まだだ。もう一本頼む」
「もちろんいいぞ」
相手が女の子だとは思うな!
そう自分へ言い聞かせながら肩へ打ち込む。払われたところで剣を返し、手首を狙うつもりだ。
何度も練習した連撃――なのに、フィーナは最初の一撃を小さく払って懐へ入ってきた。
――近い! このままでは剣を返せない!
引き戻しかけた剣を咄嗟に胴へ突き出した。それは防がれたがフィーナが半歩下がる。
逃げた! そう思い追撃しようと迫った瞬間――脚に痛みが走る。
「いっ……!」
木剣で脚を払われ、尻から床に落ちた。
ロイスに負けた時はあそこで先に打てば、と悔しがれた。この子には何をすればいいのか、それさえ分からない。
……王都で駄目で、田舎でもこれか。
見上げると、フィーナが不思議そうに俺を眺めている。
「お前、才能あるのになんでそんなに弱いんだ?」
「……慰めなら要らないぞ」
「慰めてない。私が入るところは見えていただろう。それに途中で突きに切り替えた」
「……当たってないけどな」
「そのあと追わなければ、私も脚を払えなかったぞ。目も反応もいいのに、なんで剣を振る時だけそんなに窮屈そうなんだ?」
フィーナはしゃがんで、木剣を握ったままの俺の手に触れた。
「ほら、こんなに固まってる。立って、さっきの打ち込みをしてみろ。私には当てなくていい」
まだ痛む脚で立ち上がる。握る指を緩められると、剣を落としてしまいそうで落ち着かない。
「こんなのでいいのか?」
「いいから振ってみろ」
言われるまま踏み込み、肩を狙うつもりで振る。
剣先がすっと走る。いつものように肘でつかえる感じがなく、思ったより先まで届いて慌てて止めた。
……今、何をした? 握りを変えただけだぞ。
「もう一回やってみろ」
今度は少し深く踏み込んだが、速く振ろうと力を込めたところで、また腕が窮屈になる。
「あ、握った。さっきのでよかったのに」
「つい……力が入るんだよ」
もう一度緩めればさっきのように振れるだろうか? 木剣を持ち直し、彼女を見る。
「俺は、まだ強くなれるのか?」
「なれる。私の兄さまに及ぶかどうかは知らないけど、私に負けるのはおかしいぞ」
「三回も負けたんだけどな……」
「だから不思議なんだ。お前は自分の剣を邪魔している」
フィーナは俺の腕と手を見て握り方を直そうとしている。俺が元首席だったことも、三十一席でここに来たことも、この子は知らない。
知っているのは今の俺の剣だけだ――それで、まだ強くなれると言う。
「――フィーナ。俺に剣を教えてくれ」
木剣を脇へ下げて頭を下げた。
「私は説明が下手だぞ。兄さまの方が教えるのもうまい」
「今の振り方からでいい。もう一度やりたいんだ」
「……そんなに気に入ったか?」
「ああ」
今までよりずっと軽く振れた、あの一回。たまたまだったことにして帰りたくない。
顔を上げると、フィーナはすでに木剣を構えていた。
「じゃあ、もう一本だ。見ててやるから存分にやってみろ」
さっき打たれた脚はまだ痛む。それでも俺はフィーナの前へ戻り、木剣を構えるのだった。




