クンツァイトとヘタレの逆襲
我が家は夏休みが終わりました。
朝はコオロギが鳴いています。秋ですね。暑いけど!
これで完結となります。
「……それで、お姉様とはその後どうなんです?」
キラキラとした瞳で尋ねられ、リアンは吹き出した。危うく彼女の媒体を乗せたトレイを落とすところだった。
「ゲッホ! ゴホッゲホゲホ……。いきなりなんです、イザベラ様!?」
ティスタは今席を外している。この時を見計らって来るなんて、とんだ策士だ。「だって」とイザベラは赤く染まった頬に手を当てた。
「あんな素敵な式を行っておいて……。その後進展など、聞きたいではないですか……」
ボソリと「私たちの今後のために」と小さな声でつけ足される。ちょっと待て、今なんか聞き捨てならない声が聞こえたんだが。
「……や、別に式を挙げろってあんたらが言ったんだろ!?」
カーネリアンの指輪を作って、ティスタにはめようとしたその時、運悪くイザベラが顔を出したのだ。「まあ! まあまあ!? ついに、ですのね!!」その時の怒涛の展開といったら恐ろしかった。なんで平民の挙式に伯爵家出てくるんだ。リアンは遠い目をした。
(ティスタは綺麗だったけど……や、だから、その……)
誓いの「アレ」は気合で何とかした、はずだ。記憶がない。
カラン。店のドアベルが鳴る。
「お待たせしましたー。ごめんなさい、イザベラ様! ちょうどお茶切らしてて」
下ろしたラベンダー色の髪をふわりとなびかせ、ティスタが買い物袋を手に帰ってきた。イザベラの先ほどまでのリアンに向けていたニヤついた顔は、とろけるような笑顔となる。
「お姉……んっんん、ティスタさん……! こんなにたくさん、重かったのではないのです?」
「ううん、嵩張ってるだけだもの。全然重くないですよ! あ、媒体の洗浄です? ほら、リアン! お客様お待たせしちゃダメでしょ」
ちっ、と小さく舌打ちをし、リアンはトレイを手に工房へ向かう。どことなく助かったような、この手のひら返しに恐ろしい何かを感じるような、「女って怖い」を直に感じたリアンである。
「イザベラ様、ハーブティーでいいです? 多分これなら大丈夫だと思うんです」
そう言ってポットを傾けると、スッキリとした爽やかなミントとジンジャーの香りが立ちのぼる。黄金色の液体をカップに入れ、スッとイザベラの前に置いた。
「わあ……! ありがとうございます!」
(お姉様手ずから……! 尊い……!)
「イザベラ様、そんな無理してここまで来なくても良いんですよ。オリバー様も心配されますし。なんなら、うちの職人が受け取りに参りますのに」
ティスタはイザベラを案じるように目を細め、首を傾げる。どこか、チャロの片鱗を見つけ、イザベラの胸が高鳴った。
(……尊い……!)
「い、いえ……! 良いのです……! 月に……いえ、週に一度はここに来ませんと、(体が)もちませんから……!」
「え、そんなに(媒体が)保たないんです……!?」
どこまでも食い違う二人であった。
「…………」
媒体の回路は正常。そこまで魔力も詰まってない。リアンはルーペから顔を離し、深いため息をついた。
(媒体をダシに、ティスタに会いに来ただけか)
店側から少し弾んだ声が微かに聞こえる。ちょっと嬉しそうな声のティスタに、リアンはほんの少し、悔しそうに息をついた。
から、と工房側の小窓が開く。
「洗浄、終わりましたんで。……あー、ティスタ、今日もう店じまいしちまえ。他の客が来たら、イザベラ様もゆっくりできねえだろ」
不思議そうに見てくるティスタを見返し、リアンは無言で小窓を閉めた。何とも不器用な男である。しばらく小窓を見ていたティスタは、合点がいったようにその顔を綻ばせた。
「そうだね。今日はもうおしまい。……イザベラ様、もう一杯、お茶いかがです?」
そう、その顔をイザベラは見た。だからこそ、二人の進展が全くと言っていいほど進んでいないことにヤキモキするのである。
(リアンさん、本当に「ヘタレ」なんだから)
ティスタ最推しのイザベラにとって、もう少し頑張ってほしいところ。
カロン。晴れやかな顔をしてイザベラは帰っていった。時刻は午後四時。昼すぎからイザベラは来たから、そこそこ長時間滞在だ。
「……楽しかったか?」
首をコキコキ鳴らしながらリアンが尋ねる。彼は先ほどまで石の加工をしていた。(三日ほど前、オリバーが持ってきた。依頼人はかの侯爵であり、リアンはオリバーの胸ぐらを掴んで揺さぶった)
「うん、リアン。ありがとう」
にっこりと笑って見上げると、彼は少し照れたように視線を逸らした。
「……別に」
くふふ、とティスタは笑う。リアンは頭をガリガリと掻くと、「今日は作りたくねえ。どっか食いに行くか」と呟いた。
「やった! リアンの驕りね!」
「……そもそも、財布は一緒だっつーの。バーカ」
ぴん、とおでこを弾かれた。
「理不尽!」
夜が近づいてくると、徐々に通りは活気を取り戻していく。そのかわり、子どもたちは姿を消し、大人が増える。料理と煙と酒の匂い。家路へ急ぐ人々とすれ違う。
リアンはティスタが人の波に攫われないよう、彼女の手を握った。
「今日魚食べたい、魚」
「魚かー……。俺は肉の気分」
いつの間にか、繋いだ手は指がするりと絡まった。
「じゃー、リアン今度煮魚作ってよ」
「んー……。お前捌けよ」
「え、めんどい」
そんな会話をしながら歩いていると、「あのっ!」と声を掛けられた。若い女のようだ。どうやらティスタに用がある様子。
「あああの、鑑定の、お店の人ですよね!? あたしの、石、これ何か見てもらいたくって……!」
大きな声でキンキンと話し、人の往来が激しい通りで頭を下げ、ずいと石を両手に突きだした。周囲の人々は彼らを遠巻きに見ていた。
「えっ、あの、ちょっと、ここじゃ迷惑だから……!」
「こんなところで見れるか。……とりあえず、この店に入るぞ」
慌てるティスタと、冷静なリアン。彼はすぐそこの食堂を指さした。
繋がれていた手はほどけてしまった。
「ご、ごめんなさい。でも、あたし、どうしても今日中に見てもらいたくって」
聞けば、午後店を訪ねたらもう終わっていて、ぼんやりと彷徨っていたところ、店主らしき姿を見つけて話しかけたという。
「え、ごめんなさい。悪いことしちゃった」
「……で? 何の石だって?」
リアンは不機嫌そうに先を促す。女は眉をひそめてリアンを見た。
「おにーさん、なんなの? もっと客に寄り添わないと、お客さん来なくなるよ? おにーさんのせいでおねーさんのお店潰れたらどう責任取るのさ」
「……ほっとけ」
「もー。リアン。……でも、こう見えてとても腕のいい職人なんだから。……それで、なんの石?」
そうそう、と彼女は手の平の上の石を見せた。食堂のランプでは光量が少し心許ないが、紫がかったピンク色に見える。
「触っても?」
はい、と手渡され、ティスタは中を覗き込もうとして、自分の髪が邪魔なことに気がつく。下を向くと髪が落ちてきて暗くなる。ティスタは髪紐を取り出し、一度口に咥え、髪を高く結い上げるために一つにまとめた。
その紐を咥えた色づく唇。髪を上げたことで露わになるうなじ。伏せられた瞳に長いまつげ。一瞬、食堂の時が止まった。きゅ、と結ぶ音で止まった時が動き出す。ティスタは満足そうに頷いた。
「これで良し!」
「……お前なぁ……」
リアンは頬杖をついてぼやいている。そんなリアンは放っといて、ティスタは石を触る。カットのされていない原石。側面は指先が引っかかる手触り。
(ザラザラしてる感じ)
今度は石を覗き込む。ルーペは今持っていないからそのままだ。それなりに透明。中には管状の傷が見える。反対側の面は少しブレて見える。
(複屈折、かな?)
今度は石をランプに向けてゆっくりと傾けていく。濃いピンクから、それはほぼ無色に色を変える。
(多色性あり)
ふむ、とティスタは顎に手を当てて考える。石の重さから言って、これはベリルかスポジュメン。どっちだろ。手触りから言って、スポジュメンかな。
「ね、リアン」
リアンはなんて言うかな。彼は頬杖をついたままティスタを見ていたが、視線に気がつくと手を伸ばして石を持った。くるくると回したり、指で手触りを確かめている。その真剣な顔に、ティスタは知らず見惚れた。
「……劈開性。オリバー様なら割るだろ」
ひひ、と冗談交じりに笑ってティスタに石を渡す。は、と我に返って石を受け取った。
「冗談に聞こえない!」
そしてそのやりとりを目を白黒とさせて見ていた女に向き合う。
「こちらは、『スポジュメン』――いわゆるクンツァイトかと。こちらを見てほしいとは、どのようなものを?」
「あ、あたしとの相性よ! これ、愛の石らしいじゃない! 彼と、彼と約束したの! 今日が、約束の日なのよ……」
ほう。つまり、一度離れ離れになった彼らを、再び、結びつけてもらいたい。そんな祈りにも似た願いを、この石に託している。
(ね、『クンツァイト』――)
キイイィン――。
『……来るよ。ちゃんと、あの子は来るよ。場所は、思い出の場所。今行かないと、間に合わないよ』
ティスタは微笑んで女の握りしめられた手を優しく開き、クンツァイトを握らせた。
「今、走って行きなさい。転ばぬように、でも急いで。……あの、『思い出の場所』で待っているかもしれない」
「……!」
予言にも似たティスタの言葉に、ぼろ、と女の目から大粒の涙が落ちた。
「さ、早く」
女は一度頭を下げ、泣きながら走っていった。微笑んだまま、手を振る。
(あー、お代……。ま、いっか)
甘酸っぱい。幸せにおなり。
「クンツァイト、いい子だったねぇ。ね、リア……ン?」
正面に座っているリアンは、じとりとした視線をティスタに向けている。
(えー……!? 私、なんかした!?)
無言でしばらく見ていたが、突然「はあー」と深いため息をつかれる。
「え、え? 私、なんかした? え?」
「……した。すっげえ、した」
まず仕舞え、とリアンはティスタの髪紐を引っ張った。すとん、と高く結い上げていた髪が落ちる。首筋は髪の毛の温かさに包まれた。
「ハイよ! お待ち!」
いつの間にかリアンが注文していたらしい。煮魚料理が運ばれてきた。でも、一人分?
「あれ、リアン、食べないの?」
「……俺、今食う気失せてる」
そう言って彼はテーブルに突っ伏してしまった。けれど、ぐううう、と低い音がリアンの方から聞こえた。
「空腹じゃん。ほんとにいらないの?」
もー、と言いながら、ティスタは魚を半分に分ける。
「はい」
フォークに乗せた魚をそのままリアンの口元に持っていった。ぱく。よし、食べた食べた。
「ほんっとにお前さぁ……。自分が何してんのか、分かってんのか?」
うまいけど、ぼやいている。ティスタは自分のしでかしたことに気がついた。外だ、ここ! 真っ赤になる。
形勢逆転。今度はリアンが意地悪そうに笑った。
「へえ……。もう食べさせてくれないんだ、『奥さん』?」
「リリリアン!? ななな何言って……!」
ティスタの顔はもう湯気が出るほど真っ赤になった。フォークを持つ手は震えている。
「……もう一口、くれよ?」
「……っ、……っ!」
ティスタは赤い顔のまま、大きな魚をフォークでがっと刺してリアンの口に放り込んだ。タレがリアンの口の端に付き、彼はそれをぺろ、と舐め取る。ちらりと見えた赤い舌。
「ん、うまいな、やっぱ」
(ぎゃー!! 見ちゃいけないの見ちゃった……!)
恥ずかしくて恥ずかしくて、ティスタは大急ぎで夕飯をかき込んだ。なんだか生暖かい視線も感じる。早く出たい。
家路を辿る、帰り道。ほんの少し力の入った、繋がれた手。今度はほどけないように、キュッと握る。
ティスタの頬は熱いまま。珍しく会話はない。でも、その無言がどことなく心地よくて、同時にドキドキした。
家に入って、戸締まりして。
「……家の中なら別に恥ずかしくないだろ?」
低く囁かれた言葉。
ランプの光はカーテンの隙間から、ふふ、と笑うように揺れた。
こんな書いててヘタレなキャラ初めてでした。リアン、お前……。
ここまで読んでくださり、大変ありがとうございました!




