第二話 悪魔の魔術師
「あのぉ、スパイといっても実際には何をすれば...」
恐る恐る尋ねると、アレクセイはレイに入れさせた紅茶を、それはもう優雅に飲みながら答えた。ちなみに激甘である。
「クロリア学院はもちろんご存じですね?わがルーネン王国でも有数のエリート士官学校です。その学院が少々怪しくてですね、もしかしたら東の帝国、『シュトゥルライヒ帝国』と繋がっている可能性があるのですよ。それはまずいということで、国王直々にこの仕事を承ったというわけです。」
長々と説明されたが、まったく状況が飲み込めない。あまりにも突飛な話だったのだ。
「それで、私には何用で...」
そう尋ねると、アレクセイは微笑みながら言った。
「暇でしょう?」
「はい」
「そうですよね?しかもこの間の会議を休みましたよね?おかげで私が無駄に仕事をしなければならなくなったわけですよ。もうわかりますよね?少し私の代わりにやってきてください。てかやれ。」
お願い事をするような口調ではなく、半ば強制である。レイは思った。嫌だ、と。
学院へ潜入?そんなことできるわけがない。しかもレイには、学校というものにいい思い出がないのだ。その旨をアレクセイに話し、断ろうとすると、アレクセイはあっさりと引き下がった。
「そうですか、では別の仕事を差し上げましょう。」
「な、なんですか...?」
アレクセイにしては素直すぎる。怪しい。
「簡単ですよ。帝国にちょっと行ってもらうだけです。学院が嫌なんでしょう?ならば実際に帝国へ行って調べてきてもらうしかないでしょう。」
意味がわからない。どうやらなにがなんでもこの仕事を引き受けさせたいらしい。
その後、数時間にわたって言い合いが続いた。しかし結局、レイに勝ち目などなかったのである。
「...わかりました。やります。」
渋々そう言うと、アレクセイはいつもの笑顔で答えた。
「よかった。では頼みましたよ、レイさん。」
その笑顔が、やけに腹立たしかった。
アレクセイが帰るのを見送ってすぐ、レイは叫んだ。
「最悪だあああああああ!!!」
誰もいない部屋に、情けない声が響く。
「なんなんだあの人は!ひどすぎる!僕に潜入なんてできっこない。」
悪態をつくくらいしかできないレイであった。
同期のアレクセイより潜入任務を押し付けられたレイは、クロリア学院への道を歩いていた。編入手続きのためである。その足取りは重く、どこをどう見ても楽しそうな雰囲気は微塵もない。
ちなみに編入手続き自体はアレクセイがすでに済ませてくれていたらしく、レイはただ学院へ行って話を聞くだけでいいらしい。こういうところはアレクさんは頼りになるのだ。たまに怖いけど。
やがてクロリア学院の門をくぐったレイは、学院長室へと通された。学院長の話は長かった。それはもう長かった。レイの頭にはほとんど何も入ってこなかったが、要約するとこうである。
明日から正式にクロリア学院の学生になること。それだけである。
「...僕なんかにできるのだろうか」
学院長室を出たレイは、誰に言うでもなくそう呟いた。広いクロリア学院の廊下に、その声は虚しく消えていった。
レイの非日常な日常が始まろうとしていた。




