十四、愛する者と我が子を守った薬師
莫柔には将来を約束した男がいた。男は町で有名な薬師をしていた。
莫柔がその男と初めてあった時、男は道端でお腹をおさえ、苦しんでいた。
莫柔は知り合いの薬師のもとへ急いで連れて行った。
薬を飲んだおかげでお腹の痛みは治まったようだった。男は薬屋の奥の寝台に寝かせられていた。
「どうせ腹減ったから、変なものでも食ったんだろう」
男は苦笑いをしていた。
薬師の田天祐は口は悪いが、腕のいい薬師である。立派な口ひげが特徴である。
それからニ、三日後にはすっかり治り、気づいたら天祐の手伝いをしていた。
莫柔は男の様子を見て、驚いていた。たった三日しか経ってないはずなのに、薬の種類も全て覚え、あたかも、前からいたかのように接客していた。
「田先生、あの方に教えたのですか?」
「いいや、俺は何もしてない。あいつがお礼がしたいというから、じゃあ手伝えと言って手伝わせたら、一日で薬の種類を全部覚えやがった。記憶力がいいみたいだ。客に渡す薬の種類まで覚えてやがる」
莫柔はその男に興味を持つようになった。
それから六年の月日が流れた。
男は独学で学んだとは思えないほど立派な薬師となっていた。
莫柔と男は将来を約束する仲になっていた。莫柔は一人娘であったが、両親は男を気に入っており、養子を取り、家業は養子に任せることにしていた。いつでも婚姻できる状況だったが、男の方が婚姻に踏み切れなかった。
「おい、まだ一緒にならんのか。いいかげん捕まえとかないと逃げられるぞ」
「わかっていますよ、田先生。やっと決心ができそうです」
そう言って男は手に持っていた玉佩を力強く握っていた。
莫柔は急に吐き気を感じた。
(月のものもきていないし、もしかして・・・)
その日の夜、男と莫柔は会う約束をしていた。
薬屋には薬草を採取した後、調合する小屋があった。二人はそこでよく会っていた。
今夜もその小屋の外で、満月の月明かりに照らされながら寄り添い合っていた。
「柔、君に話さないといけないことがあります」
莫柔は、何かしらといたずらっぽい顔をしていた。
「実は私には兄上がいまして・・・、私たちの婚姻の報告をしに行きたいと思っています」
莫柔はやっと婚姻の決心をしてくれたことがうれしくて男に飛びついていた。
「兄上がいたのね。どんな人なの?」
男はうれしそうな顔をしながら、兄について語った。
興奮して語る男に莫柔は圧倒されていた。
「あなたの兄がすごい人だということはわかったわ」
莫柔はお腹に手を当てながら、男に告げた。
「私、子供ができたみたい」
莫柔の衝撃的な告白に男は言葉がでなかった。
「私は・・・父親になるのですか?私の子ですか?」
莫柔は優しく微笑んで、何を言っているの、あなた以外この子の父親はいませんよと念押した。
男はうれしそうな表情をしながら、涙を流していた。
「柔、本当に大丈夫ですか?寒くないですか?」
「あなた、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
ようやく莫柔が安定期に入り、二人は男の兄がいるところへ向かっていた。
「兄上も驚くでしょうね。突然帰って来た弟が婚姻していて、子供までいるとは思ってもいないでしょう」
「それより、さっきから視線を感じるけど、大丈夫かしら」
男は、外をちらっと見て、気にしないで大丈夫ですよと笑っていた。
この旅路が二人にとって最後になるとは、この時は思いもしていなかった。
しばらくすると、馬車の後ろの方で激しく剣を交えているような音が聞こえてきた。
(何事ですか?)
男は馬車の後ろを確認した。そこには全身黒で覆った者たちとそれに対抗する者たちの攻防戦が繰り広げられていた。
男は、前から顔を出し、馬車の速度を上げてくださいと叫んだ。
莫柔は何が起きているかわからず、男にしがみついていた。
「柔、大丈夫です。柔とお腹の子は私が守りますから」
そう言って、男は柔を抱きしめた。
一人の男は馬車の馬を斬りつけ、二人が逃げられないようにした。
男は莫柔の手を引き、馬車から飛び降り、莫柔に馬車から飛ぶよう促し、抱きとめた。
(このままでは二人とも殺されていましますね)
二人は追手から隠れ、息をひそめていた。
男は追手が通り過ぎたのを確認し、莫柔の手にあるものを渡した。
「いいですか、柔。この地図にある慈安寺というところに逃げてください。そして、そこの僧侶にこれを見せてください」
男は玉佩を莫柔に渡した。
「これも見せれば、中に入れるはずです」
莫柔には男が、この先に待っているであろう死を受け入れようとしていることがわかった。
「あなたも一緒に行きましょう」
涙ながらに訴えたが、男は首を横に振った。
「おそらく狙いは私とお腹の子です。お腹の子は絶対に死なせてはいけません」
男は自分の死を悟っていた。
「柔、私はあなたと出会えて幸せでした。本当はたくさん子供を作って、子供たちに囲まれながら一生を終えたかったです。お腹の子に会いたかった・・・」
男は感情が込み上げ、涙で地面を濡らしていた。
最後に莫柔を優しく抱きしめた。
衣で涙を拭き、笑顔で頷き、敵の方へ走って行った。
莫柔は声を出さずに泣きながら、慈安寺に向かって走って行った。
男は敵に立ち向かい、何度斬られても、立ち上がり、莫柔の方には行かせなかった。
男を発見した時には、穏やかで幸せな表情で死んでいた。
莫柔はもう少しで慈安寺に着くところで力尽き倒れてしまった。
そこへ通りがかった琳琅と濤が莫柔を助けたのであった。




