十二、許されない口づけ
雪華は翰が倒れてきて、思わず目をつむった。
壁に頭打ちつけるはずだったが、優しく包まれているように何かに支えられていた。
先程から唇に柔らかい感触があった。
ゆっくり目を開けてみると、目の前にはとんでもなく近い距離に翰の顔があった。
雪華の頭を支えていたのは翰の大きな右手だった。
二人の唇は触れあっていた。
ようやく状況を理解した雪華であったが、翰を突き飛ばすこともなくそのまま受け入れていた。
琥珀色の瞳は翰を見つめたままだった。
翰もまた、目を見開いたまま止まっていた。
二人とも呼吸を忘れているかのようだった。
翰の方から唇を離した。
今まで見せたこともないような男らしい顔をしていた。
雪華の顔を見つめながら、ゴクリと喉を鳴らした。
雪華も目を離すことができなかった。
二人だけの世界に染まっていた。
「翰様?お嬢様?」
冰夏の声に二人とも我に返った。
翰は雪華に衣を着せ、今夜は寒くなるから温かくして寝てくださいと言って立ち上がり、冰夏に今見たことは内密ですよと言い残し、部屋を出て行った。
冰夏は雪華に自分が起こした事故について謝っていたが、聞こえてないようだった。
雪華は唇の感触を思い出し、恥ずかしくなり布団に潜り込んだ。
(翰兄様と口づけしてしまった。何で抵抗しなかったの。あれでは、私が受け入れたみたいになるじゃない)
雪華は布団の中で声にならない声を出していた。
翰は部屋を出て、急いで自分の部屋に戻っていた。
その間、ずっと雪華との口づけをしていた時のことを思い出していた。
(冰夏がいなかったらどうなっていたことでしょう。自分の気持ちが抑えられなかったかもしれません。雪華はなぜ抵抗しなかったのでしょう。この後、どんな顔して会えばいいかわからないではありませんか。いっそう、蹴り飛ばしてくれればよかったですのに。これでは期待してしまうではありませんか)
翰は雪華への思いが確信に変わり、雪華への思いに苦しんでいた。
翰は鬱憤を晴らすかのように捕らえた男たちに拷問していた。
孫磊は今にも事切れそうだった。
孫磊と一緒にいた男が声にならない声で何かを言っていた。
翰は男の口元に耳を傾けた。
「華姫様と俊智様が・・・を・・・しようと計画しています」
「それは本当ですか!」
翰に体を揺さぶられながらも男は頷いた。
「新年が明けたら勝負ですね」
その時だけは何か企んでいるような悪い顔をする、いつもの通りの翰なのであった。
新年を迎え、劉家では盛大な祝いが行われていた。
久しぶりに劉家に来た、林晨と徐媛は勇敢を見るや否や説教をはじめていた。一応、勇敢は文を送っているようだった。一度戻って話して、両親を安心させなさいと勇敢の両親から託された野菜を持ってきていた。
勇敢は涙ぐみながら、頷いていた。
劉家一同もこの日ばかりは無礼講だった。
毅と忠はすっかり出来上がり、肩を組みながら騒いでいた。逸美は二人を見ながら呆れていた。
雪華もお酒を飲める歳になり、初めてお酒を口にした。一口飲んだだけで顔が真っ赤になっていた。
琳琅は上品に笑いながら、雪華はお酒がだめみたいねと言って、冰夏に水を持って来させていた。
雪華が試しにもう一杯飲んだ途端、バタンと倒れていた。
動揺する冰夏を尻目に、翰が雪華を抱きかかえた。
部屋で寝かせますねと言って、そのまま連れて行った。
翰と雪華の間には気まずい雰囲気が続いていた。
(あの時以来、前のように接することができなくなってしまいました。私は、どうしたらいいのでしょうか)
翰は雪華を寝台に寝かせるとそばに座り、雪華の頬の手を当てていた。
酔っぱらっている雪華が頬の当てていた手を握ってきた。
翰は自分の欲望と葛藤していた。
戸が開く音がしたので、振り向くと、そこには琳琅が立っていた。
ゆっくり戸を閉め、中に入ってきて、翰に目線を合わせるように屈んでこう言った。
「翰、雪華と何かあったの?ずっと悩んでいるでしょ」
翰は琳琅の穏やかで優しいまなざしに涙が出てきた。
「母上、私はどうしたらいいのでしょうか?」
翰は雪華とのあの日の出来事についてありのまま話した。
「翰、あなたをこんなにも悩ませていたのね。もっと早く言えばよかったわ」
琳琅は一枚の地図を取り出した。
「翰、ここにある"慈安寺"というところに行ってみなさい。私が話すより直接行って確かめたほうがいいと思うわ。翰にとって良い方に転ぶか悪い方に転ぶのかはわからないけど、少なくとも雪華との関係は悩まなくてよくなるわ」
母の意図がわからなかったが、直感的に行くべきだと感じた。
「翰、そこに着いたら"莫柔"という女性について聞いてみなさい。二十年程前にそこを訪れた女性よ」
「莫柔?」
翰は琳琅に笑いかけ、思い立ったが吉日といいますからと言って、行こうとしたが、少し立ち止まって幸せそうに眠っている雪華の寝顔を見ていた。
(だめですね、今すぐにでも抱きしめたくなってしまいます)
翰は高まる衝動を抑えて、部屋を出て行った。




