二十二、救出
空は夕焼けの茜色に染まりつつあった。暗くなる前に一刻も早く雪華を救出しなければならなかった。
忠の耳には雪華に渡した笛の音が聞こえ続けていた。その音は段々と大きくなっていた。雪華に近づいていた。
「翰兄、殿下。雪華に近づいています」
その言葉を聞くや否や、翰は急に速度を上げはじめた。
忠と月亮もおいていかれないよう、翰に慌ててついていった。
三人の視界には馬車が見えてきた。
馬車の周りには馬に乗った者が前に二人、後ろに二人、左右に一人ずつ、盗賊のような恰好をした者が十名ほど連なって歩いていた。
「翰兄、雪華がいるのはあの馬車で間違いないよ」
「わかりました。殿下、私と忠は先に行って敵を倒します。その間に殿下は雪華をお願いします。傷つけたら許しませんよ」
「わかった」
翰と忠は勢いよく駆け出した。
敵も翰と忠に気づき攻撃態勢になった。
「あっちは三人しかいない。斬り殺せ!」
敵は各々武器を構えていた。
「忠、雑魚を頼みます」
「任せて」
忠は馬から飛び降りつつ、剣で華麗に敵を斬りつけた。その姿は舞を舞っているようであった。地面に着地する頃には半数が死んでいた。
「妹を守る兄は強いのですよ」
忠は次々と盗賊らしき奴らを倒していった。
翰は馬に乗った者たちと戦っていた。翰からすると、この者たちも雑魚だった。
「私から雪華を奪った罪は重いですよ」
次々と必要以上に斬りつけていた。翰はどこか楽しんでいるかのようだった。
(雪華は無事でしょうか)
「雪華ー!雪華ー!」
翰は馬車に向って大声で叫んだ。
雪華が笛を吹き続けていると急に馬車の動きが止まった。
(もしかしてどこかに着いたの?)
雪華は何が起こるかわからない状況に怯えていた。
(私はこれからどうなるの?)
雪華が不安に感じていると、外から激しく戦っている音が聞こえはじめた。
(もしかして、忠兄様?)
外から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「雪華ー!雪華ー!」
(この声は翰兄様の声だ)
雪華は大声で叫んだ。
「翰兄様ー!」
翰は雪華の声が耳に入ると笑みがこぼれていた。
「殿下、雪華を頼みます」
翰と忠が敵を抑えている間に月亮は馬車に飛び乗り、中へ入った。
そこには手足を縛られ、横になっている雪華の姿があった。
「月亮様?」
「怪我はないか?何もされなかったか?」
月亮は優しく声をかけながら、雪華の縛られている手足を解いた。
月亮は雪華を思い切り抱きしめた。
「私をどれだけ心配させるのだ。雪華を見るまで生きた心地がしなかったぞ。お願いだから私から離れないでくれ」
今にも泣きそうな、か細い声だった。
「月亮様・・・」
雪華は月亮の背中に手を回し、優しく抱きしめた。先ほどまでの不安が一瞬で消えていた。
月亮は雪華に、一旦ここから離れましょうと言って馬車の横にいた馬に乗り、雪華を自分の前に乗せた。
「後ろは向かないでください」
そう言って馬を走らせた。
月亮は知っていたのだ。後ろには翰と忠により惨殺された者たちの血の海が広がっていることを。雪華が見るには刺激が強すぎた。
月亮と雪華は少し離れたところで翰と忠を待っていた。
(翰はともかく忠も強かったんだな。無能な三男と聞いていたのだが・・・)
「翰兄、もうやめようよ。もう死んでるから」
忠は死んでいる敵を斬りつけ続ける翰を止めていた。
雪華が絡むと感情の制御がきかなくなっていた。
「翰兄、雪華は無事だったんだからもういいでしょ」
翰は、はっとした顔をして、
「雪華はどこに行った?」
「殿下とあっちのほうで待っていると思うよ」
翰は忠の指さした方向へすぐさま走り出した。
「世話の焼ける兄上だな」
忠は翰に呆れながら、馬車に向った。
忠は馬車の下から人を引きずり出した。翰に殺されないように一人生かしておいた。
もちろん、敵の情報を聞き出すためである。
男は手足を折られていた。男は、早く殺せと叫んでいた。
「そうだね、それはできないよ。劉家に戻ったら、死ぬより恐ろしい、翰兄の拷問が待ってるから」
男は絶望した顔をしていた。
「雪華ー」
翰は何度も雪華の名を叫びながら二人の元に向っていた。
「翰兄様ー」
雪華の答える声が聞こえ、翰の足も速くなった。
二人のもとに着いた翰は馬に乗っている雪華に向って両手を広げた。翰には敵の血が顔や衣に飛び散っていた。雪華はその血を見ても、恐怖は感じなかった。むしろ、自分のために戦ってくれた翰への感謝の気持ちで溢れていた。
雪華は翰の胸に飛び込んだ。
翰は雪華を抱きしめたまま、離さなかった。
「よかったです、無事で・・・。敵は大したことない奴らだとはわかってはいましたが、それでも心配でした。雪華を失ったら私は生きていけませんから」
雪華は、大げさですよと言いながら、今回は抵抗せずに、翰の背中に手を回した。
翰はうれしくなり、雪華はをそのまま抱きかかえ、回りはじめた。
(私はこの二人をどんな目で見ればよいのだろうか)
月亮は呆れながらも、二人を温かく見守っていた。




