十六、文の仕返し
小屋の外では人の足音や声が聞こえてきた。
雪華は咄嗟に翰の後ろに隠れ、翰の衣をつかんでいた。
翰は小屋にあった木刀を持ち、いつ敵が来ても戦えるよう構えていた。
二人に緊張が走っていた。
勢いよく戸が開き、そこには毅、朱輝、陳浩然の姿があった。
三人は刀を構え、敵を探しているようだった。
敵がいないことに気付いた三人は顔を見合わせ困惑し、刀を下ろした。
小屋の中には、木刀を持って立っている翰と翰の衣をつかみ後ろから顔を出す雪華の姿があった。
「翰、どういうことだ?あの文は何だったんだ?」
翰は、にかっと笑って、
「ああでも書かないと急いで来てくれないかと思いまして。さすが兄上ですね。私の予想よりはるかに早かったです」
「つったくお前は」
と言いながらも毅は二人が無事であることに安心していた。
「毅兄様、翰兄様は何を書いていたのですか?」
毅は苦笑いをしてごまかそうとしていたが、ふと考え込み、翰に向って悪い顔をしながら、翰の毅に宛てた文を雪華に渡そうとした。
翰は奪おうとしたが雪華の方が一歩早かった。
取り返そうとする翰を毅たち三人で取り押さえていた。
雪華は文を読み上げていった。
『兄上、雪華が身ぐるみはがされ、今にも敵の餌食になりそうです。雪華のあられもない姿に気が狂いそうですが、私は足を折られ、動けなくなっております。一刻も早く西の河西の小屋まで来てください』
雪華の顔は今まで見せたこともないような恐ろしい鬼の顔をしていた。
「違うんです、雪華。私は何も想像していませんよ。私はただ、早く兄上に来てもらいたかっただけで」
「翰兄様、私を勝手に汚さないでください。毅兄様、翰兄様はほっといて帰りましょう」
毅はへこんでいる翰に、自業自得だと言って雪華を馬車に乗せた。
翰の珍しく落ち込んだ姿に朱輝と陳浩然は笑いを堪えながら、帰りましょうかと声をかけ、雪華たちを追いかけるように馬に乗って帰った。
劉家に着いても相変わらず雪華は怒っていた。
追手のこともあり雪華たちは裏門から入った。
雪華たちを出迎えた琳琅は雪華が珍しく怒って部屋に戻って行ったので驚いて毅に尋ねた。
「毅、雪華はどうしたの?初めて見たわ。あんなに怒っている姿は」
毅は苦笑いをしながら、
「母上、まぁ、原因は翰が私に送ったこの文のせいです」
と言って琳琅に例の文を渡した。
琳琅はふふっと笑いながら、これは翰が悪いわねと言った。
琳琅と毅が話していると後から追いかけてきた翰たちも戻ってきていた。
翰は琳琅を見るなり走ってきて、
「母上、どうしたら雪華の機嫌が直るでしょうか?このまま嫌われたらどうしましょう。私は生きていけません」
周りの皆は大げさなと思っている中、琳琅だけが翰を優しく慰めていた。
「翰のことだから雪華を守りたかっただけでしょう。きちんと謝って、それを伝えなさい。雪華はあなたのことを嫌ったりしないわ。雪華を見てたらわかるわ。雪華はあなたを信頼してるし、自慢の兄だと思っているわよ。もしかしたら、もう怒ってないかもよ。あの子、ああ見えて計算高いところあるから」
「そうですよね。私は自慢の兄ですよね」
翰は琳琅の言葉に自信を取り戻し、いつもの翰に戻りつつあった。
早速、雪華と話してきますと走っていった。
「翰、今は・・・。あの子は雪華のこととなると・・・まったく」
琳琅は呆れながらも愛おしく感じていた。
雪華は部屋に向っていると客間に月亮の姿が見えた。冰夏が対応しているようだった。
雪華は立ち止まって月亮に声をかけた。
どうやら翰の文のことを聞き、慌てて劉家に来たと言う。
冰夏も心配していたらしく、お嬢様お怪我はありませんかと言いながら両手で雪華の頬を挟んでいた。
そこへ後ろから翰の姿が見えてきた。
雪華は月亮に近づき、翰に聞こえるように大きな声で、
「月亮様、せっかく来られてのですから、私の部屋でゆっくり話しませんか」
月亮はうれしそうにわかったと言って立ち上がった。しかし、視界に翰の姿が入ってきた。
月亮は再び座ろうとしたが、雪華が手をつかんできた。
雪華はわざと月亮の腕を組み、翰に見せつけるように部屋の方へ行った。
月亮は緊張のあまり心臓が口から飛び出そうだった。
(兄上が余計なこと言うから意識してしまうではないか)
月亮は雪華に小声で話しかけた。
「どうした?翰と何かあったのか?」
「まぁ、いろいろとありまして。さっきまで怒っていたのですが、今はもう許しています、ですが、月亮様。翰兄様の情けない姿を見たいのではありませんか?」
雪華の翰への仕返しに月亮も乗ることにした。
雪華と月亮と冰夏は雪華の部屋に入っていった。
雪華は冰夏を呼んで耳打ちした。
「お嬢様、そんなことしたら、翰様が衝撃を受けて気絶しますよ」
雪華は悪い顔をして、お願いねと言って冰夏に手を振った。
月亮は雪華の策に乗ったものの、後々、翰の報復を恐れていた。
雪華の部屋の外では翰が聞き耳を立てていた。
突然、戸が開き、冰夏が出てきた。
翰は何事もなかったようにそっぽを向いていた。
冰夏がにやにやしながら出てきたので、翰は、どうしたのですか?と尋ねた。
「いえ、お嬢様と殿下がお熱いご様子でしたので邪魔しないように出てきました」
翰は一瞬、思考が停止した。
冰夏は邪魔しないほうがいいですよと言って去っていった。
翰は恐る恐る戸に耳をあてた。中からは二人の声が聞こえてきた。
「月亮様、初めてなので優しくしてください」
「わかってる。ここであってるか?」
翰は居ても立っても居られず、戸を思いっきり開けた。




