二十三、翰の思惑と拷問
「翰、遅かったじゃないか」
そう言って振り向いた先には周廣がいた。
「周廣、どうしたんだ?・・・。翰はどうした?」
「はい、殿下、実は・・・」
周廣は小声で例の暗号と雪華に身の危険が迫っていることを伝えた。
それを聞いた月亮は今にも翰の後を追って、雪華の元へ行きそうだった。
「殿下。落ち着いてください。翰様から殿下への伝言を預かっていまして・・・」
もう一度小声で翰からの伝言を伝えた。
「よし、わかった」
月亮は天を仰ぎながら、願っていた。
(どうか無事でいてくれ・・・)
劉家の馬車の後ろから朱輝が馬で駆けてくるのが見えてきた。
朱輝は息を切らしながら、家豪に雪華の無事を伝えた。
劉家一行は皆胸をなでおろした。
「よくやった、忠。で、雪華を襲った男はどうした?」
「はい、劉家の地下に閉じ込めているとか」
「わかった。あとは翰に任せておこう」
(翰の事だ。主の名前を吐くまで拷問しつづけるだろう)
朱輝は毅に近づいていき、
「翰が兄上に伝えてほしいと・・・」
朱輝は毅に翰の伝言を伝えた。
「なぜあの方を?」
「いや、私にもわからない。翰の言うことだ。何か意味があるとは思うのだが・・・」
「そうだな。それより、雪華の様子はどうだったか?怪我していなかったか?」
朱輝はにこっと笑って、
「安心して大丈夫だ。珍しく忠に泣きついていたが、怪我一つない」
「よかった・・・」
毅は妹を心配していた兄の顔から、戦をはじめるかのような険しい顔に変わった。
劉家では翰による雪華を襲った男への拷問がはじまっていた。
男がいる地下は鼠の入る隙間もなく、唯一の入口も鉄でできた頑丈な扉で鍵も簡単に解錠できない仕組みだった。
男は椅子に座った状態でしばられ、手は肘掛けに固定されていた。
「どっちの手で雪華の口を塞ぎましたか?右ですか?左ですか?」
男は無言のまま下を向いていた。翰は怒りに満ちており常軌を逸していた。
「まぁ、どっちの手も雪華に触れましたね。あなたのような人が雪華に触れるなど、雪華が汚れます」
男は悲鳴を上げた。翰は短剣で男の両手を刺していた。
翰は男の左の服の袖をまくり上げた。その左手首には黒薔薇の入れ墨はなかった。
(やはり、こいつはあの女の手先ではないですね。私の勘が当たっていればよいですが・・・)
急遽呼び出され監視していた呉昭は相変わらずの翰の拷問に恐怖を通り越して呆れていた。
(雪華お嬢様のこととなると誰であっても殺しそうな勢いで詰めるからな。間違っても敵に回したくない)
呉昭は改めて雪華との接し方を気を付けようと思うのであった。
それからも翰の男への拷問は続いていたがなかなか口を割らなかった。
「珍しいですね。ここまでやっても口を割らないとは。あなたの忠義には敬服しますよ」
翰は呉昭の方を向き、
「呉昭さん、次はどんな拷問がよいと思いますか?」
呉昭は内心、聞かないでくれと思いながら無難な回答をしていた。
男は限界に近づいていた。
(誰か助けに来ないのか。私はあの方に一番仕えてきたというのに。口を割るまでこの男は俺を殺さないだろう。もういっその事全部話すか・・・)
その時だった男が急に苦しみだし、血を吐いた。
翰と呉昭は驚いて男に駆け寄った。
「大丈夫ですか?もしかして・・・毒?劉家に来る前に何か食べ飲みしませんでしたか?」
(そうだ・・・あの方に・・・酒を・・・)
男は劉家に来る前に、酒を一杯飲んできた。ずっと長年陰で支えてたあの方の注いだ酒を。
「あなたたちは華という組織に何か関係しているのですか?それとも別の組織ですか?あなたの主は誰ですか?答えてください」
男は口を動かし何か伝えようとしていたが力尽きてしまった。
「くそっ、繋がりが途切れてしまいましたね。あとは殿下と兄上の報告次第ですね・・・」
(なぜここまで皆、雪華に固執するのでしょうか。母上は教えてくれませんし。それを調べる必要がありそうですね)
翰はあとの処理を呉昭に任せて部屋を出ていった。
音もなく皇帝に近づいてきた男はある者の動きを報告をしていた。
「皇上、あの者の従者が事前に天幕に入って・・・をしておりました」
「予想通りだな。策はある。予定通り行う」