十六、嵐の前の静けさ
軍部と護衛たちの訓練後、毅はそのまま訓練所に残り、忠は用事があるとどこかに行ってしまった。
翰は何恩と共に雪華を送り届けていた。
何恩が馬車を引き、翰と雪華は馬車の中にいた。
「翰兄様、今回の訓練を見て思ったのですが、なぜ、忠兄様だけ兄上たちと違うのですか?」
さすがの翰も雪華の言っていることがわからず、どういうことですか?と聞き返した。
「上手く言えないのですが、剣の構え方が微妙に違うというか。毅兄様と翰兄様は同じなのですが、忠兄様だけ微妙に違うように感じました。忠兄様の方が美しく見えました」
翰は忠が褒められ、少し左目をひくひくさせながら、雪華の観察力を感心していた。
「雪華、良く気づきましたね。たしかにその通りです。劉家は独特な構え方がありまして。兄上も私も、もちろん、忠も父上に幼い時から教えられていました。軍部の兄上でさえその構え方変わっていませんが、忠は・・・んー・・・なぜでしょうね」
翰は明らかに知っているような顔をしていた。
「雪華、いずれ忠が自分の口から話すでしょう。私には言えません。でも、根本にあるのは私と一緒ですよ。雪華を大切に思っているのです」
そう言った翰の表情はいつもとは違い普通の優しい兄のようだった。
(翰兄様もこんな顔するんだ・・・)
雪華は少し感心していたのも束の間、いつものにやにやした顔に戻り、訓練での自分の戦いについて雪華が褒めるまで詰め寄るのであった。
「あれ、先生でしょ」
訓練中、忠が後ろを振り返ったのは小さな石が背中に当たったからだった。
忠は怒った顔で木刀を胡風に向けていた。
「よくわかったな、忠。ああでもしないと、お前勝つつもりだったろ」
「それは・・・いや・・・その・・・」
痛いところを突かれ、忠はしどろもどろになっていた。
「でも、妹に褒められてうれしそうだったじゃないか」
忠は恥ずかしくなり、木刀で胡風を軽く叩いた。
胡風は痛ててと言いながら、よかったなと微笑んでいた。
忠は不満げな顔をしながら、地面に座った。胡風も隣に座った。
忠は空を見ながら、
「先生は暗部に戻らないのですか」
思わぬ質問に驚いた顔で忠を見ていた。
「知ってますよ。皇上から戻って来ないかって打診があったのでしょ。でも、先生断ったって。今でも先生は活躍できると思うけどな」
胡風は鼻で笑いながら、
「私をいくつだと思ってる?」
「でも父上より年下でしょ?」
「三つしか変わらんぞ」
呆れた顔をしながら、忠と同じように空を見た。
「最初は雪華お嬢様を守れなかったから。それまでは自分はすごい人間だと自負していた。完璧な人間だと思っていた。あの事件で自分の弱さに初めて気づいたんだ。だから、暗部を去った。それから、雪華お嬢様が戻ってきた時のために、お嬢様を守れる人材を育てようとはじめたのだが、まさかお嬢様の兄に会って、しかも、そいつに私が教えるとは。運命とはわからないものだな」
「ってか、先生、なぜ最初に言ってくれなかったのですか。雪華の誘拐事件のこととか、僕が雪華の兄だと知っていたこととか」
「言えなかったんだ。本当はお前を見るたびに心の中で謝ってた。妹を奪ってすまなかったと。辛かった。お前たちを育てることで自分自身を説得してたんだ。これが雪華お嬢様のためになると。お嬢様が見つかったと聞いた時はどんなにうれしかったか。どこか自分の罪が洗われた気がした。もう二度と同じ過ちをしない。お前にも言った、私が守ってほしい人。誰の事かわかっただろ?妹を守ってくれ」
忠は胡風をしっかり見て、力強く頷いた。
「翰、最近の俊智の動きはどうだ?」
「はい、父上、今のところ何の動きもありません。妙ですね。聞いた話では堂々と雪華を皇后にするとまで言っておきながら、それ以降目立った動きはありません。私も調べてはいますが・・・。父上、必ず何か仕掛けてきます。注意してください。あんなやつに雪華を渡すものか」
「わっかておる。二度同じ轍は踏まぬ」
家豪はずっと嫌な空気を感じていた。十五年前の悲劇が再び起きるような何かを・・・




