十五、無能な三男
今日は軍部と劉家の護衛たちの合同訓練である。
訓練所は後宮の近くにあり、たまに皇帝が訪れることもある。
今回は雪華がいることもあり、選抜された者だけが参加していた。
いつも隠している白髪も今日は知っている者たちだけなので頭を覆わなくてよかった。
雪華ははじめて見る男たちの戦いに終始圧倒された。
(これが訓練ならば本当の戦はとんでもないのだろうな。十五年も平和に生きてこられたことに感謝しなきゃ)
雪華が真剣に訓練を見ていると目の前に父の家豪がやってきた。
「雪華、どうだ。今日ここにいる者たちは皆強者たちだ。この後、一対一での勝ち抜き戦をおこなっていく。雪華ははじめて見るからな。誰が勝つか予想しながらでも見ておけ。何恩、雪華を頼むぞ。」
雪華が生まれた頃は主に伝令係だった何恩は、今は門番をしている。雪華が赤子だった頃、十五だった少年も、今では三十である。
家豪はいつものように雪華の頭をなでて、戻っていった。
いつも子ども扱いされているようで嫌なような気もするが、しかし、頭をなでる家豪の手は温かく優しさを感じるのでうれしい気持ちもあり、いつも複雑に思う雪華だった。
「雪華ー」
後ろを振り返ると毅、翰、忠がいた。久しぶりに三人そろったところを見た気がした。
「兄上たちはどうしたのですか。毅兄様はわかりますが、翰兄様と忠兄様は軍部でも護衛でもないですよね」
すかさず翰は雪華に近づき、
「私は雪華だけの護衛だ・・・」
翰が言い終わる前に毅と忠が翰の首元を引っ張り雪華から引き離した。
「雪華、代々劉家の男子は訓練に参加するしきたりでな。誰かが跡を継ぐまでは参加しないといけないのだ。父上の後は私が継ぐことが決まってるが、まだ継いだわけではないから、こうして、翰も忠も参加している。父上の時みたいに万が一に備えてでもあるとは思うが。もう一つは・・・まぁ、いいか」
劉家は将軍の家系で代々世襲である。
家豪は元々将軍という地位を継ぐ予定ではなかった。兄である家景が次の将軍と決まっていた。
しかし、兄が事故により戦のできない身体となってしまった。それゆえ、家豪が跡を継いだ。
一介の一将軍だったが、家豪は自らの活躍により軍部の長、大将軍まで上り詰めた。
「まぁ、私も忠も継ぐ気は一切ありませんからね」
翰は忠に同意を求めたが、話を聞いていないような返事をしていた。
「翰、忠、行くぞ。雪華、兄たちの勇姿をしっかり見とけよ」
三人は家豪の方へ向かって行った。
劉家の息子三人が揃ったところで、勝ち抜き戦がはじまった。
雪華は劉家の護衛たちの強さに感心していた。
(こんなに強い人たちに守られているなら安心だな)
いよいよ兄たちが登場してきた。
「何恩さん、この中で誰が一番強いですか?」
以前何かあったのだろうか。何かを思い出して震えながら、
「間違いなく翰様です」
「翰兄様?軍部の人たちを差し置いてですか?」
「雪華お嬢様は知らないでしょうけど、おそらくこの国最強です」
雪華は、いつも自分を見つけては追いかけまわしてくる、変わった兄としか思っていなかった。
「お嬢様、次が翰様の番です。よく見てください」
翰の目つきはいつものにやにやした目付きではなく、目を細め獲物を狙うかのような目をしていた。
はじめ!と合図がなった時には、すでに相手の首元には刃がちらついていた。
一瞬の出来事で雪華には何が起きたのかわからなかった。
終わったと同時にいつもの顔に戻り、
「雪華ー、私の戦いを見てましたかー、惚れ直しましたかー」
(いやいや、兄を惚れ直すとかないだろ)
雪華はいつも通りの無表情で気持ちのこもってない拍手をしていた。
「毅兄様と忠兄様はどうなのですか」
「毅様は後を継がれる方なので翰様ほどではありませんがお強いです。忠様は・・・」
何恩は微妙な表情をし、少し考えてから、
「私の口からは言えませんので実際にお嬢様の目で見てください」
雪華は首を傾げ、それ以上何恩は何も答えなかったので忠の試合を待つことにした。
「お嬢様、次が忠様です」
雪華は忠の一つ一つの動きを見逃さないよう、じっと見つめていた。
開始の合図とともに忠は一方的にやられていた。刀をかわしてはいるが守るので精一杯にしか見えない。
しかし、雪華はあることに気付いていた。
(忠兄様の剣技は・・・)
「雪華お嬢様の耳にも入ると思いますので先にお伝えしますが」
何恩は雪華にだけ聞こえる声で、
「忠様は陰では"無能な三男”と呼ばれているのですよ」
「無能?」
「はい、私からしましたら、忠様は決して無能ではありません。今の戦いもそうですが、軍部の人の剣をかわしていること自体、すごい事なのですが・・・。しかし、二人の兄たちが飛びぬけて秀でてますので。毅様は父親譲りの統率力があり、翰様は文武両道です。それで有能な兄たちと比べて無能な三男と」
雪華は少し怒りを覚えていた。
忠はずっと粘っていた。このまま引き分けになりそうだった。しかし、忠は急に後ろをちらっと見た。その間に忠の手から刀が払われていた。
忠は雪華の方に歩いてきた。
「情けない兄だろ。こんな姿は雪華には見られたくなかった」
忠はため息をつき、悲しげな表情をしていた。
雪華は忠の頬を両手で軽く叩き、
「忠兄様の剣技は美しかったです。忠兄様が剣を構えた時、忠兄様の周りだけ静まり返ったようでした。私にはそう見えました。私は忠兄様の戦いが一番目が離せませんでした」
忠には雪華の言葉がただの慰めなのか、本気なのかわからなかったが、単純にうれしかった。
忠は今まで見せたこともないような笑顔を見せ、笑いながら、
「雪華、お前は本当に可愛い妹だな。ありがとう」
忠は少し涙を流していた。雪華にはわからないように涙をぬぐった。
しかしその後、その一部始終を見ていた翰からねちねちと雪華と何を話していたのか忠は問い詰められることになった。