91.冤罪
同姓同名までならまだ問題なかった。そういう人物も一人くらいいるよなーと軽く流せた。俺が知る町の名前と結婚相手…そしてアイリス。ここまで絞ってしまうと候補は1人になってしまう。
胃がキリキリと痛み、思わずため息を吐いてしまった。
「どうかしましたか?」
心配そうに覗き込むジェイクに大丈夫ですと一声かけてから、思考を巡らせる。
世界樹は現在、ドレイクがかけた呪詛によって呪われている。その呪いが世界樹全体に広がれば枯れてしまうとミカが言っていた。教会に仕える神官達でも呪詛は解くこと出来ず、唯一解呪出来ると言われていた存在が世界樹の巫女だ。
世界を救う事が出来る唯一の存在───アイリスが、既に亡くなっている。
目眩がするような現実を突きつけられた。
アイリスは魔族によって惨たらしく殺された。その一件には俺たちも深く関わっているので全容を把握している。彼女の遺体やベリエルを埋葬したのは俺たちだ。実は生きているとかそういう事はまず有り得ない。
アイリスが世界樹の巫女だと分かっていれば救えたかどうかとかそう言った話は所詮タラレバでしかない為、置いておくとしよう。
早い話が世界樹を救う唯一の手段が無くなったという事だ。いや、決めつけるのは早いか。アイリスは亡くなったが世界樹の巫女は他にいるかも知れない。
「ジェイク殿、一つお尋ねしたい事があります。もし、知っているようですあればお答え頂きたいのですが…」
「私がお答え出来る内容であればお答えします」
「世界樹の巫女は一人ですか?複数人ですか?」
「1人だと聞いております」
俺の考えが一瞬で否定された。一人だけか…、世界樹の巫女はアイリスしかいない事になるな。想定してはいたが良い答えではなかった。
次に問題になるのが世界樹の巫女がどのように選ばれるかだ。瘴気を浄化する能力を持っているとされているが、その能力を持つから世界樹の巫女に選ばれるのか、世界樹の巫女に選ばれてからその能力が使えるかそれをハッキリしたい。
前者ならまだ希望があるが後者であれば…。
「世界樹の巫女はどのように決まるのですか?」
「神によって適性がある者が選ばれると聞いています。一番最初に世界樹の巫女に選ばれた者が神から『瘴気を浄化する』能力を授けられ、それを代々引き継がれてきたと聞いております」
「つまり能力は代々、継承されてきたモノという事ですか?」
「そういう事になります」
「継承方法はご存知ですか?」
「私も詳しくは存じ上げておりませんが、『聖地エデン』の大神殿にて法皇及び大司教の立ち会いの元で儀式を行い、能力を後継へと移しているそうです」
最悪だな。本当に最悪だ。法皇や大司教が立ち会って行うという事はかなり重要な儀式である事は容易に想像出来る。ミカから与えられた能力を儀式を行って今まで継承してきたというのならその能力は替えがきかない唯一無二の能力という事だ。
気になる事は世界樹の巫女が亡くなった場合どうなるかという点だ。能力の継承が死んだ後も出来るなら問題ない。だが世界樹の巫女が生存していなければ継承出来ないのであれば既に取り返しのつかない事になっている。
「ジェイク殿、その能力の継承は世界樹の巫女が亡くなった後も可能ですか?」
「それは…いえ…、まさか…そういう事なのですか?」
ジェイクの顔が青ざめていく。それが何よりの答えだ。つまり死んだ後に能力の継承は出来ない。とんだ欠陥能力じゃないか!
世界樹の巫女に万が一の事があったらどうする? アイリスのように殺されたら?あるいは病気で倒れたら? 生と死は隣り合わせだ。元気だった者が翌日亡くなっているなんて事は当たり前のように存在する。
死なない生物に能力を与えるのは良い。万が一は起きないだろう。だが寿命だったり必ず死が訪れる生物に能力を与えたのだから、万が一に備えた保険を準備しておくべきだ。世界樹の巫女がその能力や役割を代々継承していっているのなら尚更だ。
バカなのか? 魔族という分かりやすい脅威も存在するんだ危機管理に備えるのが当たり前じゃないのか? 世界樹の巫女の重要性を考えるなら万が一亡くなっても大丈夫な備えをする、あるいは世界樹の巫女が死なないように対策をするべきだ。
教会が隠蔽していたという事は教会の一部の者しか知ってはいけない重要事項という事だ。それ故に表立った事が出来ないのは分かる。隠蔽していたのは魔族に人質に取られたり、世界樹の巫女に危害が加えられないようにする為なのも分かる。
全ての者が善人という訳では無い。存在が知られればそれを悪用しようとする者も必ず現れる。そういった世の中だ。だからこそ隠蔽していた。その結果誰も世界樹の巫女が亡くなっている事に気付けていない。
教会という組織は大丈夫なのか?疑問が浮かび上り、その後直ぐにある答えにたどり着いた。彼らが信仰する神は誰だ?
全知全能の超越者か?違う。この世界の神は何処と無くポンコツ臭のするミカだ。ミカが最初に能力を与えた段階で対策を取っていれば違った。あるいは世界樹の巫女を選ぶ時に能力を与えていれば違っただろう。継承制にしたのは明らかに失敗だ。
というかミカは世界樹の巫女が亡くなった事に気付いていないのか?彼女に言いたい事が増えていく一方だ。それなのに中々話す機会がないからモヤモヤするな。
「本当に亡くなったのですか?世界樹の巫女は」
「亡くなりました。世界樹の巫女…アイリスが亡くなる騒動に俺たちも関わっていましてので、彼女の最後もこの目で見ています」
「そんなバカな…」
ありえない事が起こった。ジェイクはそう言いたげだが、稚拙な継承体制を考えると起こるべくして起きた大厄と言える。
「世界樹の巫女は死なないと聞いています」
「死なない?」
何を言っているんだ? だがその顔は真剣だ。ふざけている訳ではない。
「はい。世界樹の巫女を継承する際にその肉体に精霊の力を受け入れます。精霊の守護と呼ばれるその力によって世界樹の巫女はその身に迫る全ての脅威からこれまで護られてきました」
「過去に世界樹の巫女が脅威に晒される事があったのですか?」
「ありました。世界樹の巫女と知らない野蛮な者がその命を奪おうと斬りかかりましたが、精霊の守護によって剣は世界樹の巫女に触れる事すらなかったと聞いております。
魔法すら世界樹の巫女に当たる前に霧散するとか」
「それ程の力なのですか?」
「はい。そういった直接的な脅威に加え、世界樹の巫女は病や毒といったモノからも精霊の守護で護られたそうです」
その話が本当なら世界樹の巫女はそう簡単には死なない。それこそ寿命や自決以外では死なないだろう。自決すら防ぐ可能性は? いや、自決の線はどうでもいいな。少なくともアイリスは自決した訳ではない。
精霊の守護という絶対的な護りがあるからこそ、今のような継承体制になっているのか?それがミカが取った対策だと言うのなら先程の考えを謝らないといけないが…。
だが、現実としてアイリスは亡くなっている。可能性があるとしたらアイリスを護る精霊の守護が機能していなかったとかか?
「精霊の守護が機能していなかったら?」
「精霊の守護は力を与えている精霊が健在な限り機能する筈…、その場合は精霊に危害が加えられた事になるのですが」
「有り得ないと?」
「有り得ません。精霊は空気中に漂うマナのような存在です。私たちでは認識する事も干渉する事も出来ません。そんな存在に危害を加える事なんて不可能です」
精霊については俺が知っている事はそれ程多くない。神が創ったという事と世界を構築する五大元素を司る事、そして誰もその姿を見た事がないという事。それくらいだろう。書物にも精霊については殆ど記されていなかった。世界樹の巫女と同じように隠蔽しているのか?
正直、精霊と呼ばれる存在がどのような存在かはハッキリ分からないがジェイクの言葉通りなら自然そのものだ。
空気中の酸素に危害を加える事が出来るかと問われれば誰もがNOと答えるだろう。
「となるとアイリスが亡くなった理由が分からなくなる。精霊の守護が機能していたなら殺す事は出来ない…」
「魔族の魔法でも傷一つ負わない護りです。世界樹の巫女を殺めるにはやはり守護を解除するしかない」
2人して黙り込んでしまう。干渉する事の出来ない精霊の守護を解除する。そんな事が可能だろうか?
思考を巡らせていると一つの答えに辿り着く。精霊に干渉出来る唯一の存在がいる。
「神だけか…」
「しかし神がそのような事をするでしょうか?世界樹の巫女を護る為に精霊の力を与えたのですから」
ジェイクの言う通りだ。ミカがそのような事をするとは思えない。世界樹の巫女を探せと俺に言ってきたくらいだ。まだアイリスが生きていると思っているだろう。精霊にわざわざ干渉するとは思えない。ミカではない。
精霊に干渉しアイリスの守護を解除する。ミカ以外にも可能な存在を俺は知っている。
───ミラベルか。
冤罪がミラベルを襲う!
日頃の行いが悪いからですね。
ご存知の通りミラベルではないです。
精霊の魂を集めている悪いヤツがいましたよね。大体そいつの所為です。




