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勇者パーティーの仲間に魔王が混ざってるらしい。  作者: かませ犬
第三章 相死相哀ノ殺シ愛

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89.故人を想う

 赤い炎がゆらゆらと燃えている。呆然と眺めている俺の耳にパチパチとまきが爆ぜる音が聞こえる。心地よい音だと思う。心が落ち着く。こうして一人になって焚き火を眺めていると心が落ち着くのと同時に寂しさを感じてしまう。


「大丈夫ですか、マスター?」


 デュランダルの心配そうな声に自嘲気味に笑みが零れた。このやり取りは何度目だろうか?自我のある彼女は俺が落ち込んでいる時や困った時にはこうして声をかけてくれた。

 彼女から見ても分かりやすいくらい俺は落ち込んでいたのかも知れない。それは否定しない。トラさんが亡くなったという報せは到底受け入れられる話ではなかった。


「仲間を失うというのは、本当に辛いことだな」


 人の死に触れたのは初めではない。前世でも闘病していた祖父母の最後に立ち会った。今世でも家族の最後や、リゼットさんの最後をこの目で見届けた。大切な者が亡くなる瞬間はどうして心が締め付けられるように痛むのだろうか?

 感情のままに叫べば気が済むだろうか? 泣いて叫んで、込み上げてくる感情や思い発散すれば落ち着くだろうか?

 俺の中の冷静な部分がその考えを否定する。泣いても、叫んでも、トラさんが亡くなった事実は変わらない。その事実に向き合えなければどれだけ泣いても叫んでも前には進めない。


「トラさんが亡くなるとは思っていなかった」


 生きている限り必ず死は訪れる。アンデットであるシルヴィのような例外はいるだろうが、生死は常に隣り合わせだ。

 俺にもトラさんにも平等に死は訪れる。それでも彼女が亡くなるなんて夢にも思っていなかった。トラさんの強さを知っていた。少しばかり脳筋な所はあったが、誰よりも戦場では冷静でいる事が出来る武人だった。共に死線を潜り抜けてきたからこそ、俺はトラさんに絶大な信頼を向けていた。彼女とならどんな強敵でも渡り合えると。


「さっき泣いた筈なんだけどな」


 トラさんとの思い出を振り返れば自然と涙が零れた。豪快な性格と破天荒な行動に振り回されてばかりだった。パーティーで捕まった回数がダントツで多いのもトラさんだ。困った人だった。それでも憎めない人だった、


「マスター、泣くのは我慢しなくていいと思います」

「そう思うか?」

「はい。泣ける時泣いておくべきです。大切な人が亡くなった時に涙が出るのはまだ心が壊れていない証拠です」

「その言い方だと心が壊れた人を見てきたんだな」

「私はこう見て長生きしてますからね。多くのマスターの手に渡ってきました。その中には戦いの度に心をすり減らして、泣くことも怒ることも出来なくなったマスターもいました」


 初めて人を殺した時、その手に残った命を奪った感触や死の間際の顔が忘れられず一晩中吐いた。同情に値しない相手だったにも関わらず罪悪感が込み上げてきた。

 前世の影響も大きかったと思う。人を殺すことは決して許される事ではない。人を殺せば必ず捕まりその罪を償わなければならない。頭の片隅に常にその事が過ぎっていた。愚かな思考だろう。

 それを示すように傭兵として戦場に出ていくと自然と殺す事に抵抗がなくなり、感覚が麻痺していった。敵を殺さなければ味方が殺される。守るべきモノを守る為に殺す。都合のいい言い訳だ。


 殺す事に抵抗がなくなり何も感じなくなったように、人が死んだ時に何も感じなくなるのだろう?そうなった時俺は生きていると言えるだろうか?答えは分からない。

 セシルが亡くなり、トラさんが亡くなった。大切な仲間の死は心が張り裂けそうな程苦しい。この感覚もいずれ麻痺して無くなってしまうのだろうか? デュランダルが言うより心を壊してしまって…。泣いているという事はまだ俺の心が壊れていない証拠だろう。


「なぁデュランダル」

「なんでしょうか?」

「魔族との戦いに終わりはあると思うか?」

「それは…。難しい話ですね。どれを終わりと捉えるかによると思います」

「そうだな」


 魔族との戦いで自分の心が磨り減っていくのを感じる。大切な仲間の死や、俺たちの手が届かず救えなかった命。多くの死を見届け、多くの敵を殺した。殺した相手にも大切な者がいる。魔族にも譲れない信念や理想がある。俺たちの敵が悪だと決めつける事も出来ない。

 彼らの過去を知っているからこそ、彼らが何のために戦うか分かってしまう。現実はゲームのようにはいかない。勧善懲悪のストーリーなんてものはない。


「トラさんを殺した魔族を憎いと思っている」

「それが正常だと思います」

「そうだな。魔族側も同じじゃないか?同胞を殺した相手が憎くて仕方ない。だから殺す、その繰り返しだ。終わらない憎しみの連鎖だな」


 かといってトラさんを殺した相手を許せるかと問われればその答えはNOだ。大切な仲間を殺した魔族(エルドラド)を俺は許す事は出来ない。彼女の死を悲しむと同時に、魔族(エルドラド)に対する憎しみが芽生えた。きっとこの連鎖は断ち切る事は出来ないだろう。

 俺たちの戦いに終わりはあるのだろうか? それこそどちらが滅びるまでこの戦いは続くような気がする。魔王を倒しても魔族はまた隠れ潜むだけだ。そしてまた俺たちの前に脅威として現れる。考えれば考えるほど胃が痛くなる。考えても仕方ない事だ。


「トラさんは亡くなったんだな」

「マスターのお気持ちはよく分かります。パーティーの中で最も親しい人物でした」

「俺がトラさんを同性だと勘違いしていたのが大きいな。パーティーが女性ばかりだから肩身が狭くて、同性だと思っていたトラさんと共に行動する事が多かった」

「師弟関係でもありましたね。共に鍛錬をして互いに技術を磨き合った。過ごした時間が濃密であればある程、亡くなった悲しみは大きいです」

「それでも前に進まないといけない。ウジウジしていたらトラに怒られそうだ」

「トラさんはマスターのそんな姿見たくないでしょうからね」

「そうだな。こちらが片付いたらトラさんの顔を見に行かないとな」

「そうですね…」


 ───トラさんの遺体は首長のご厚意で大切に保管されていると聞いた。『マナクリスタル』と呼ばれる世界全土で見ても両手で数え切れる数しか見つかっていない希少鉱石を使い、その遺体が痛まないように保管しているそうだ。

 伝令の役目を担ったドワーフの兵からその事を伝えられ、首長直筆の手紙を受け取った。手紙の内容は伝令の兵が伝えてくれた事と概ね同じだ。トラさんとサーシャのお陰で被害が最小限で済んだ事に対するお礼と力になれなかった事に対する謝罪が書かれていた。

 その手紙を読めばトラさんが亡くなったのが事実だと嫌でも分かった。ドワーフの偉大な王である首長は下らない嘘をつく人は人ではない。首長が大切に保管すると言うのならばその言葉は信用していいだろう。


「その手紙は読まないのですか?」

「明日ダル達と会う予定だ。その時に読むよ」


 手に持つ手紙はサーシャから俺たちに宛てて書かれた手紙だ。首長の手紙と一緒に受け取ったがそちらはまだ開けていない。彼女からの手紙だと示す名前が涙で滲んでいるのが分かったからだ。

 サーシャもまたトラさんの死に哀傷している。その手紙の内容は予想がついた。だからこそ仲間と共に読むべきだと判断した。

 本来なら今すぐにでもトラさんの死を仲間に伝えるべきだ。それをしなかったのは俺の心の整理がつかなかったからだ。伝えられた内容をダルたちにそのまま伝える心の強さを持たなかった。

 トラさんの死が彼女たちに与える影響は大きいだろう。だからこそ俺だけは冷静であるべきだ。その為の時間が欲しかった。


 ───焚き火の炎がユラユラと揺れている。デュランダルと話をしたお陰で心が落ち着いた気がする。まだ悲しいという思いはあるが…大丈夫だ、ちゃんと立ち上がれる。前に進める。

 俺の弱っている姿をトラさんは望まないだろう。あの人が好きなのは自分より強い人だ。彼女に好意を寄せられたのだから俺は強くあるべきだ。


「誰か来ますよマスター」


 デュランダルの言葉に耳をすませばこちらへ向かってくる足音が聞こえる。ダルやエクレアではない。鎧の音? ならここに向かってくる人物に心当たりがある。


「こんな所にいましたかカイル殿」


 相変わらずいい声をしている。こういう声に女性はメロメロになるんだろうか。声のした方に視線を向ければ俺の予想通り、にこやかに笑うジェイクの姿があった。


 俺が今いる場所は今回の騒動で奇跡的に倒壊を逃れたジェイクの屋敷の一角。使用人に無理を言ってこの場を使わせて貰っている。

 念の為に言っておくが火が燃え移らないようにしっかり配慮した上で、焚き火を焚いている。心が落ち着かない時はこうして焚き火を見ると自然と落ち着いた。リゼットさんがそうしていたから真似しているだけかも知れない。


「探させてしまいましたか?」

「いえ。使用人がここにカイル殿がいると知らせてくれたので」


 彼の屋敷である以上、ジェイクがこの場に来るのは当然とも言える。どういう訳か俺はジェイクの客人として屋敷に招かれている。建物の多くが倒壊して休息を取る場所に困っていたので有難い話だ。ちなみにダルとエクレアの2人は教会で休息を取っているのでこの屋敷にはいない。


「故人を思っていましたか?」

「分かりますか?」

「ええ。私も同じですから」


 ジェイクが俺の横に腰を下ろして俺と同じように焚き火を眺めている。そうか、彼も亡くしたのか。俺と同じか。


「愛する者を亡くしました」

「愛する者?」

「ええ、カイル殿もご存知でしょう。我らが騎士団長、ローウェン卿です」


 変な邪推はするべきではないな。彼ら騎士にとってローウェン卿は何より尊い者だっただろう。何百年もの間もエルフの国を護ってきた稀代の英雄だ。その名は世界中に知れ渡っている。ローウェン卿の右腕であったジェイクは誰よりも彼の傍で見てきた筈だ。


「愛していました。1人の騎士として、そして1人の男として」

「……ん?」

「愛する者を失うという事は辛い事ですねカイル殿」


 ───何も言うまい。

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