14 NEXT任務 in 鉱山
ミッション、鉱山の魔物を退治せよ。
王国の中でもかなりの規模を誇る鉱山、カウパト山。
主な産出としては金・銀・銅・鉄などで、国内生産の三十パーセントほどを占めている。
ここでは多くの鉱夫が働いており、レールドの街は大変賑わっている。鉱山のすぐ近くにまで街がせまり、鉱夫たちの需要に応えていたのだが。
ここ数ヶ月、鉱山内で魔物による被害が報告され始めた。
死者は出ていないが、怪我人は多数出ている。
われわれ第十二小隊は、再編されて王国陸軍第一中隊の指揮下に入り、活動することとなった。
主な任務は鉱山の哨戒。時には他の小隊と連携して鉱山内へ鉱夫たちの警護を請け負う。
作戦本部は、鉱山近くの宿を貸し切りで置かれていた。会議がその宿で行われるため、わたしたちも時々そこへ訪れている。
小綺麗な庭などを擁した、割と風情のある宿である。
商人たちが商談で使ったりする宿なのだそうだ。
――――その、綺麗に花の付き始めた庭で。
娘は背の高いきらきらした彼を、潤んだ目で見上げた。
「あなたのことが、好きです。
あなたに出会えたことが、私の一番の幸せです」
「……」
「私の気持ちを、受け取っていただけませんか」
「……すまない。君の気持ちに、応えることはできない」
「……やっぱり。
誰か、お慕いする方がいらっしゃるのですね」
静かに頷く、彼。
娘は寂しそうな笑みを浮かべて、手前に咲いた小さな花を哀しげに見つめた。
「……いいな、あなたに想われている人」
「……」
「きっと素敵な人、なんでしょうね」
娘はもう一度、彼に精一杯の笑みを浮かべて、立ち去った。
彼はその背中を、ずっと見つめていた――――
「ほぁああああああ。
アオハル、全開」
青春だわー。青臭いわー。ちょっとカユいわー。
わたしは物陰からひょっこり顔をだして口を出した。アルが怒りに震えながらわたしを振り返った。きらっきらのなしつぶてが乱雑にわたしの顔に当たる。
「……言っとくけど、君は当事者だからね!
俺に想われてる素敵な人って、レイのことだから!」
「いやー、全くもって申し訳ない。
娘さんも、お相手がこんなミニマムな女もどきとは、思ってないだろなー」
「そうだね! その情緒のなさもなんとかした方がいいね!」
「よく言われるわー」
わたしがばりばり頭を掻きながら言うと、アルが目に見えて肩を落とす。なんだかいじけたように「俺、本当に考え直した方がいいんじゃ」とかぶつぶつ言ってるが、聞こえない聞こえない。
宿の娘さん、なんかごめんな!
アルを促して会議室へ向かう。
今日はこの地域、レールド領を治める領主の息子が会議に出席するという。
「アルは知ってる人?」
「いや、面識ないな。今日出席するのはレールド子爵の三男だというから」
「上の二人は面識あるってこと?」
「ああ。二人共、陸軍所属だ」
長男は陸軍第二中隊の中隊長、次男はその指揮下である第二小隊の小隊長を務めているという。
レールド子爵自身は、王都で手広く商売をしている。なんせ、鉱山がずっと順調だから、資産は潤沢だ。
カリキス領にちょっとわけてほしい。
「三男は軍属じゃないんだね」
「子爵家を実質継ぐのが三男になるんだろうな。
レールド領から出てこないから、彼の情報がない」
「奥ゆかしいってこと?」
「さあ」
会議室に到着する。
もともと大きな会食をするための部屋らしく、割と豪勢な造りとなっていた。
大きな絵画のかかった壁の前の席に中隊長。左右に小隊長の席が用意されている。小隊長の席は全部で四つ。アルは末席である。
カン中隊長は中年の貫禄ある人だ。橙色の髪を撫でつけた眉間のシワが厳しい人。
怖そうだから、怒られないようにしよう。
敬礼後、小隊長たちが席につく。
わたしは副官なので、アルの右後ろへ立つ。
もちろん、わたしは室内の兵士たちの中で、一番ちっさい。
もう一人、カン中隊長から少し後ろに椅子が用意されていた。
腰を降ろしているのは、濃い金髪に濃い青い目をした男。
カン中隊長の紹介で立ち上がり、一礼した。
「ギャラク・オズ・レールドと申します。レールド家の三男で、領地のことを任されております」
顔を上げると、ニヤリと笑った。
一言で言うと、派手な男だ。
歳は二十代後半、というところか。
濃い金髪は緩く波打ち、耳には大きなピアスが覗いている。衣装は所々金糸を施し、指にはいくつか、宝石の嵌まった指輪がある。
なんていうか、軽くてチャラい。
「私が会議に参加させていただいた理由は、他でもありません。鉱山の魔物の出現が止まないこと。領民たちに被害が出ているという事実です」
会議の室内はしんと静まり返っている。
返す言葉を持たないからだ。
「王国軍の中でも屈指の実力を誇る陸軍第一中隊が来て、全て解決すると思っていたのですが。
驚きです。この体たらくですか」
……うわ、イヤミ。
ギャラクは両手を左右に広げ、首を振っている。
いちいち芝居がかっているのが、さらにチャラくてウザい。
「我が兄上たちが所属する第二中隊は、その間いくつもの武勲をあげていますよ。
ネクスタ谷のゴブリン、ヨルク川のハサギン、アカキダ高原のロック鳥、すべて討伐済です」
ギャラクはうす笑いを浮かべたまま立ち上がった。カン中隊長に近付き、その頭を見下ろす。中隊長を見下ろすこと自体が、不敬なことだ。
そのことが、わたしのカンに障る。
さらに蔑みながら、顔が笑みで歪んだ。
「第一中隊はこの数ヶ月、この地で何をしていたのでしょうね?
……このままでは、カン第一中隊長の交代も、近いんじゃないですか?」
……こいつっ!
我々がいきりたつのを、カン中隊長は片手で押し留めた。
静かに立ち上がり、ギャラクに頭を下げる。
「力が及ばず、申し訳ない。
今後とも全力を尽くすことを、約束する」
おおー、カン中隊長、かっけー。
潔く若造に頭が下げられるって、すげえなあ。
ファンになっとこ。
ギャラクはそれを見て鼻を鳴らす。
蔑んだ目が非常に、感じ悪い。
こいつは態度が悪いので、嫌いになっとこ。
カン中隊長は席に座り直し、宣言した。
「会議を始める」
会議終了後、アルと廊下を歩いていると、ギャラクに呼び止められた。
近くで見ると本当に派手な衣装だ。無駄な金使ってる。
そんな金あるなら、仕事の減った鉱夫たちの手当に回せよ。現場仕事してんのは、鉱夫たちだっての。
彼はしげしげとわたし達を見比べた。
「へえ、あんたたちが噂の、ね」
「……なんでしょうか」
「秀才の誉れ高き、ローフィール家の養子と」
「……」
「稀有な才能を持つ召喚士」
「……!」
……なんだ、こいつ。
ギャラクはアルを一瞥すると、わたしに顔を近づけてきた。舐めるようにわたしを見下ろす。
「手に入れた情報によると、召喚士は女子だってことだけど」
ギャラクの手が、わたしの顎を持ち上げる。
ギラついた表情がわたしを嘲笑していた。
「おまえ、本当に女か?」
アルがギャラクの手を払った。
わたしを背中に押しやり、ギャラクを睨みつける。
「……私の副官に触るのは、お控えください」
「へえ……大事にしてるんだ」
ギャラクが可笑しそうに、声を出して笑った。
アルの刺し殺しそうな視線を歪めてかわす。
アルの肩に手を伸ばし、軽く叩いた。
「そんな色気のねえガキ、興味ねえよ。
大事にしたいなら、戦場につれて来るお前の料簡が間違ってんな」
「……」
「どっかで大事にしまっとけ」
ギャラクはアルを一瞥すると、そのまま立ち去った。
後味の悪い余韻だけを残して。
ギャラクの背中を睨みつける、アルの表情が険しい。
「アル?」
「……レイは、平気?」
「うん。顎、触られただけだし」
「俺は、……全っ然平気じゃないけどね!」
アルは怒っていた。
怒りのオーラを隠すことなく、ギャラクの去った空間を凝視している。武装色を伴ったきらきらを出しながら、憤然としていた。
その勢いのままわたしの顔を掴んで顎を撫でくりまわし、あげく顎にキスして、それでもまだ怒っていた。
……お前、ドサクサに紛れて何してくれてんの?
今誰もいないけど、普通に廊下だよ?
怒るより大分呆れて、アルを見上げる。
「アル。ちっとは、落ち着け」
「無理っ」
「気にするとこ、そこじゃないでしょ」
わたしの言葉に、ふと冷静さを取り戻すアル。
目でわたしを促す。
「ギャラクの情報、軍事機密に抵触してるよね」
「……レイも思ったか」
「第二中隊の戦果なんて、一般には公表されてないでしょ。しかも場所まで明確で」
「そうなんだよな。
軍の情報を記したものは、全てにおいて検閲が入っている。兵士の私信まで含めてだ。
レイも、よくカリキス子爵に、手紙を送ってるよね」
「うん。自分が今どこにいるかなんて書くと、絶対検閲通らない。
何と戦ってるかなんて論外だね」
「それが、なぜギャラクの元に情報が届いているのか」
「さらにわたしの情報」
アルに向けて、わたしは小さくうなずいた。
「わたしは召喚士としての認識は持たれていても、『稀有な』召喚士とは知られてない」
「ギャラクの持つ情報。その情報源……何かあるな」
アルと目を見かわす。
そのままわたしたちは踵を返した。
まずは、カン中隊長に報告する。
軍部で情報漏洩、ってなことになったら、大変なことになる。
ややこしいことにならなきゃいいけど。
ブックマーク、ありがとうございます!
一人相撲の孤独に負けそうでした。
ひゃっはー! 読んでくれてる人がいるぞー!
必ず完結しますので、最後までお付き合いいただけたら幸いです。