13 女のプライド
立ち去る前に物申さないと。
わたしはその夜から熱を出した。
あんなに怖い思いしてケロッとしていられるほど、わたしは図太くなかったらしい。
イフリートの金色の目が夢に出て、うなされる。冷や汗かいて飛び起きる。そんな事を何度も繰り返していた。
頻繁にイフリートばかり夢に出てくるので、ここんとこちょっとイラッとしてる。今度イフリートに会ったら、デコピンくらいしてもいいだろうか。
アルはわたしに絶対安静を言い渡した。
別に怪我や病気じゃあるまいし。知恵熱みたいなもんだから平気ー。
と言ったら、正式文書による小隊長命令が下された。
上司の横暴じゃん。職権乱用だ。
陸軍第一二小隊は、王都から工兵が到着次第、入れ替わりで王都に帰還する。
イタミ山の魔石採掘が行われる予定なので、陸軍から工兵隊に代わるのだ。
ゴブリンリーダーを倒した後、魔物の出現がなくなったという理由もある。
街の外で働く人たち、よかったね!
ちょっとダルい体を動かしながら、わたしは荷物をまとめていた。明日、工兵隊が到着すると連絡が来たのだ。
一ヶ月ほどの滞在だったが、なぜか物が増えている。
わかってるけどね。女子一人でさらに熱を出したわたしを心配したおばちゃんたちが、色々と差し入れしてくれたからだ。
毎日のようにもらっていた、日持ちのする焼き菓子。これは昨日こっそり野営地に行って、若い兵士たちに配った。瞬殺で食われた。
甘いもの、飢えてたんだね。わかるぞ、その気持ち。
この人たち、一年くらいここにいたからね。
わいわいしていたら、無言の圧を放つきらきらがやって来て、首根っこ掴まれて宿舎に連れ戻された。
最近のアル、わたしに厳しくない? 優しくなくない?
わたしは自分の背嚢を前に、絶対に入り切らない大量のタオルと、一度も袖を通さなかった着換え(もちろん女物)を前に、途方に暮れていた。
どーすっかな、これ。
山盛りの布類を睨みつけていると、ノックの音が響いた。
返事をすると、ひょっこり顔を見せたのは、ソフィアさんだ。
明るいふわふわの茶色の髪とハシバミ色の瞳。今日もとても可愛い。
「わあ、ソフィアさん、ここに来るなんて珍しいですね」
「明日、発たれると聞きました」
「えー、見送りにきてくれたんですか?」
優しいなあ、かわいいなあ、ソフィアさん。
ソフィアさんは、人好きのする笑顔でわたしを見つめた。
うちの兵士たちを虜にした、アイドル笑顔だ。
「あなたに一言、物申しにきました」
わたしとソフィアさんは、ベッドに腰掛けた。
少しの沈黙が部屋に落ちる。
ソフィアさんが、わたしの目を見て、そのまま視線を止める。茶色の髪が頬に陰を落とした。
「私は、ローフィール小隊長が、好きでした」
「……はい」
あれだけ熱い視線をアルに注いでればね。
わかるよね。
ずっと見てたもんね。
ソフィアさんはほんのり頬を染めて語る。
「あんなに美しい男の人を見たのは、初めてです。
いつも輝いていて、素敵で」
「……はい」
「驕ることもなく、お優しくて。
兵士の皆さんにも慕われていて」
「……」
「今回の作戦もご活躍だったと聞きました。剣も魔法も、誰にもひけをとらないとか」
「……」
……ちょっと盛りすぎな気もしますが。
まあ、おおむねそんな感じです。
「非の打ち所がない、という方が、本当にいらっしゃるんですね」
「……はあ」
「好きだったんです、本当に。
ずっとお傍にいたかったんです。私を見てほしかった」
「……」
「でも、ローフィール小隊長は、たったひとりしか見ていないんですよね」
ソフィアさんが、わたしをじっと見つめる。
ハシバミ色の瞳に、涙が浮かんでいるのが見えた。
……ああ、はい。
さすがに最近は、自覚するように努力しています。
アルは、わたししか見ようとしない。
こんなにかわいい子が、側にいても、だ。
「なぜあの方の気持ちに、応えて差し上げないんですか?
あれだけ思われて、あれだけお似合いで」
………………お似合い、とな?
あのきらきらと、この地味顔絶壁、似合う要素が微塵もないのだが。
言い方悪いが、どこに目つけてんだ?
ソフィアさんが切なそうに顔をゆがめる。
「黒髪同士のあなた達が談笑している姿を、私がどんな気持ちで見ていたかなんて、知りもしないのでしょう。どこにも入り込む隙がない関係を、どれたけ恨んだのか、わからないのでしょう。
うらやましくて胸が焦げるような思い、あなたはしたことがないのでしょう!」
ソフィアさんの目から、ついに涙が流れ落ちた。
……あぅ。
泣かせてしまった。
どうしよう。
こういうのはニガテなんだ。
誰か代わってくれないかな。
お金払ってもいい。
……もちろんそんな奇特な人がいるはずもなく。
しばらく逡巡したが、逃げられるわけもない。
わたしはソフィアさんに向き合った。
「……ソフィアさんみたいなかわいい人には、想像もつかないと思います」
「……?」
「わたしには、自信を持てるものが、なんにもないんです」
ソフィアさんは黙ってわたしの言葉を聞いている。
真面目な顔も、とてもかわいい。
見ているだけで、幸せになれる、女の子。
「自信あることも、ありますよ? 殴り合いならその辺の兵士に余裕で勝てるし、口喧嘩しても負けなし、ですし」
普段のわたしを思い出して、ソフィアさんがくすりと笑った。
ああ、かわいい。
「作戦立案だの、召喚術だの、まあまあ貢献できてるトコも、ありますけどね」
「……」
「……でもねえ、わたしはかわいくないんですよ」
こんなこと、誰にも話したことないよ。
でも、ソフィアさんがまっすぐ向かってきたんだから、まっすぐ返すしかないじゃん。
自分で言ってて、すげええぐられる。
事実だから。
「陰鬱な黒髪で映えない黒目で。地味な顔だちで胸なんか絶壁で。
可愛げのない性格だから、すぐ人を怒らせるし、考える前に行動起こすから気を揉ませるし」
「……」
「隣に有能なきらきらの美形がいると、毎日ヘコまされるんですよ。
なんでわたしは、こんなん、なのかなって」
アルが、あのきらきらのせいでどんな思いをしてきたか、知ってるけどさ。
それでも、綺麗なものは綺麗だからさ。
「綺麗なものの隣には綺麗なもの、置きたいじゃないですか。
隣にいるのは、わたしじゃないなーと」
いつもそう思っている。
アルに相応しい、アルに似合う誰かが、傍にいればいいのにって。
もし、それがわたしであるとするならば――――。
「わたしは、ソフィアさんみたいになりたかった」
ふわふわで可愛らしくて、優しくて。
大きくないけど女の人らしい胸の膨らみと、白くて細い腕。
誰からも好かれる明るい、屈託のない笑顔。
アルとお似合いな、女の子。
わたしには一つもない。一つも持ってない。
わたしの欲しいもの、全部もってるソフィアさん。
ソフィアさんは、わたしの理想だ。
じっと、わたしの話を聞いていた、ソフィアさん。
ポツリと呟いた。
「……私たち、ないものねだり、なんですね」
「……そうなりますね」
「でも、やっぱりローレイさんは、ズルいです」
「ここまで暴露して、まだズルいですか?」
「ズルいです。だって」
泣き笑いのソフィアさんが、わたしに顔を向けた。
可愛い笑顔なのに切ない思いにさせる表情が、いたたまれない。
「ローレイさんより、ローフィール小隊長にお似合いな女の子、他にいませんから」
「……」
……最後だからって、そんなお世辞いらないんだけど。
そう思ってソフィアさんを見ると、彼女は真面目に言っていた。本気で言っていた。
ちゃんと、わたしの目を見て訴えていた。
本当だよ、って。
「そのことに気付いていないの、ローレイさんだけですから」
「いや、さすがに、それはない……」
「兵隊さんたちの中で、ローレイさんのこと好きな人、何人か知ってますよ」
「はいいいい?」
「ローレイさんのこと、相談されました。どうしたらいいかって。
小隊長に勝てる気があるなら頑張ってね、と答えていました」
「はああああ」
「小隊長も、ローレイさんが若い兵隊さんと楽しそうにしてると、すぐ飛んで来るでしょう? 面白いくらいすぐに」
「……ああ、あれ」
「かわいいんです、ローレイさん」
かわいいソフィアさんが、わたしに近付いて、まじまじと見てくる。
そして、小さくため息をつく。
「かわいいです。あざといです。
小動物みたいな目というか、庇護欲そそられるというか」
「はあ?」
「それに気付いていない鈍感さとか、強気なくせに打たれた弱かったりとか。
ワザとやってるなら、犯罪級です。女子の敵です」
わたし、犯罪者で、女の敵っ!
愕然としているわたしに、ソフィアさんはにっこりと笑った。言いたいこと言ってすっきりしたような、爽やかな笑顔だった。
「私、戻りますね。
敵に塩を送っちゃった」
「敵、ですか……」
「ちゃんと覚悟して、向き合いなさい。ってことですよ」
ドアに向きかけるソフィアさんの袖を、わたしは掴んだ。覚悟って、なんだろう。
ソフィアさんは覚悟してるってことか?
「ソフィアさんは、最後にアルに告白しないんですか?」
「……しませんよ。
フラれることがわかってて、玉砕になんて行きません」
「……」
「私、モテるんです。プライド高いので」
かわいいソフィアさんは、最後に嫣然と笑ってみせた。その微笑みを見て、わたしは圧倒されていた。
女子のプライドって、なんか凄い。なんか強い。
その時。
コンコンと、ノックがして。
声をかけながらアルが部屋に入ってきた。
「レイ、明日の移動の件で……ソフィアさん?」
部屋にソフィアさんがいるとは思っていなかったのだろう。アルが驚いている。
ソフィアさんはアイドルスマイルでアルを見つめた。誰をも魅了する、かわいい笑顔だ。
ちらっと、わたしに目を向ける。
「おいしいところは、いただきます」
ソフィアさんがアルの首に抱きつき、アルに口付けた。アルは目を見開いたまま、完全に硬直している。
しばらく濃厚にキスしたあと、「さようなら」と呟いて、ソフィアさんは部屋を去った。
………………。
……うわー。なんか、うわー。
女、怖ええええ。イフリートくらい、怖ええええ。
硬直したアルの手から、書類がバサバサ落ちてきた。
「……レイ、今の、何?」
「えーっと。……女のプライド?」
「なんだ、それ。全然分かんねえ」
……そりゃあね。
アルは女のプライドとかいうものの、被害者でしかないもん。
口を抑えてしゃがみ込んだアルの黒い頭を、よしよししてやる。アルがわたしの腰にしがみついて来たが、今日は許してやろう。
うんうん、怖かったねえ。
わたしも、怖かったよ。
誤字のご指摘いただきました!
ありがとうございました!
愛を感じました。
お返し、好きです! らぶハート!




