12 神の眷属と召喚士
戦闘!
わずかな休憩でピンピン復活してきた小隊長に、兵士たちはかなり驚いていた。
馬から降りた時の様子が、尋常じゃなかったからね。
なんでそんなに早く回復したんだという問いに、そこんとこは裏技です、で通しきったアル。
イタミ山へ斥候を送り、その後の様子を探る。
どうやら、リーダー格がお出ましらしい。
こちらへ向けて進軍している。
報告を受けたアルに、わたしは問う。
「アル、別の方角からの奇襲はないと思う?」
「ない。さっき敵の数をかなり削ったからな。
奇襲に割く余裕はないだろう」
「じゃ、全軍で当たった方がいいわけだ」
「ああ。今日で終わらせる」
わたしとアルは、詳細を練る。
確実に動けるように。
できるだけ、被害が出ないよう、穏便に。
アルは哨戒班を全班収集し、作戦を通達することにした。
陸軍第十二小隊は、魔物の軍勢に対してV字に隊列を組み、進軍していく。
風は相変わらず強く、北東方向から絶え間なく吹き付けてきていた。わたしの黒い前髪は、全開に巻き上げられている。
『遠見の薬』を施した物見班から、敵視認の報告を受けた。
――――さあ、始めよう。
わたしはV字隊列の、境目に立っている。
両脇を隊列が伸びているのが見て取れる。
真正面に、やたらでかいゴブリンの頭が見えてきた。
あいつが、リーダーだな。
体がでかい。並のゴブリン三体分くらいはある。
どんだけ魔石、喰らったんだか。
わたしはゴブリンリーダーを見据えて、片手を天に向けた。
「イフリート、召喚」
アルの火打ち石から、火花が飛び出す。
そのままイフリートが顕現した。
あいかわらずの、ムキムキだ。
「ふぁーっはっはっはっはっ!
初めてではないか、ローレイよ。こんなに短期間で私を呼ぶとはっ」
「ちょっと面白いゲーム、思いついちゃってさ」
「んふふふふふっ、ゲーム、とな」
内心、非常にびびっている。
イフリートは面白いと思わなければ、動かない。この前はすごく久しぶりに呼び出したから、興が乗っただけにすぎない。
これでイフリートが乗って来なければ、作戦が根本から覆る。
でも、アルとかなり話を詰めてきたし、この作戦は行けるはず。行ける!
「真正面に、魔物の群れがいるじゃん。数どれくらい?」
「わはははははっ、二〇七三!」
「今から、ゲームをするよ。
イフリートが、ここからまっすぐ炎で焼き尽くす」
わたしは隣に立つイフリートから、まっすぐゴブリンリーダーに向けて、指を指す。
「まっすぐ焼き尽くしたら、どれくらい倒せると思う?
半分くらい?」
イフリートは黙った。
黙ったまま肩を揺すった。
次第に耐えられないように、哄笑しだした。
「あーっはっはっはっはっはっは!
面白い! 面白いな! 激アツだな、ローレイよ!」
「なー、面白いゲームだろ」
「くははははっ。よいな。その企画、面白い!」
「イフリートの好みは、わかってるって」
「全部焼き尽くせなど、以前と変わらぬつまらん願いなら、お前を焼いて喰ってやろうかと思っていたが」
怖いこと平気で言うし、この神の眷属!
背中をだらだら汗でぬらしながら、わたしはイフリートをバンバン叩いた。
「面白いからこそ、イフリートを呼んだんだよ。
他の奴には頼めないな」
「かーっかっかっかっか。
だからローレイは、いい。非常に、いいっ!」
イフリートはすっと上空に飛び、わたしが指さしたままの方向に向け腕を伸ばした。そのまま指を鳴らす。
イフリートの炎が炸裂した。
赤と黄とオレンジと、ごちゃ混ぜになった炎の塊が勢いよく飛ぶ。
ゴブリンリーダーに向けて、炎が真っ直ぐに向かって行く。魔物たちを飲み込み、焼き尽くし。
炎は、イタミ山まで到達した。
「……イフリート、倒した数は?」
「一七二二!」
「やるなー! わたしの予想じゃ一二〇〇を少し超える位かと思ったのに」
「なはははははっ! ナメるでないわ!
いや、面白かったな。ゲームとは、よいな」
イフリートは、わたしのそばまで降りてきた。
炎に燃える、金色の瞳がわたしを捕らえる。
まっすぐに見据える視線は、人外の冷酷さを備えたものだ。
かつてここまで、イフリートの視線に捕らえられたことはない。意志をもって、わたしを定めに来たようである。
わたしを、何者なのか、下そうとしている。
瞳が、わたしを食べ尽くそうとしている。
……負けない。
わたしは敢えて、肩頬を上げて笑った。
「また遊ぼう、イフリート」
「……よかろう。私のローレイよ」
イフリートはニヤリと笑って、スっと消えた。
後には、イフリートが残した炎が、一直線に伸びて、延焼している。
風が強い。
……もういいか? もう、いいな?
「アル、消火だ!
残りは三五〇!」
アルが先程結成した魔法隊に指示を出す。
「風魔法は、南西から北東方面に向け、吹かせろ。
水魔法は、私が雨雲を呼び出す。そこにありったけ水を叩きつけろ」
「「「応!」」」
アルの手がかざされた先に、巨大な雨雲が現れた。
水魔法の使い手たちが雲に向けて魔法を放つ。
今まで吹いていた風が、風魔法の使い手たちにより反対方向に吹き出す。炎が逆を向く。
「魔物の残は約三五〇! 他は魔物を掃討せよ!」
「「「応!」」」
左右に別れた陣形についていた兵士たちは、そのまま掃討戦に入る。
イフリートの炎に巻き込まれないよう、左右に散開させていたのだ。兵士たちは誰も巻き込まれなかったようだ。
中央は風と雨のせいで嵐状態である。
さきほどから吹いていた風と、逆方向に魔法の風を送り込んでいるので、炎の類焼は最小限に抑えられている。
もう少ししたら、鎮火するだろう。
わたしは雨と風に打たれながら、アルの方へ歩き出した。
……あれ? 膝に力が入らない。ニ歩歩いてそのまま膝が崩れた。
まだ戦いは終わっていない。
立ち上がらないと。
……そうなんだけど、わかってるんだけど。
―――怖かった。
すげええええ、怖かった。
子供の頃、遊びで呼び出してた召喚とは、今回は訳が違う。
イフリートなんて、いつも笑っている兄ちゃんだと思ってた。
きれいな炎を見せて、遊んでくれる奴だった。
今日、わたしは気の乗らないイフリートを、うまく誘導して使った。
目的を持って、神の眷属を自分の意思に沿わせようなんて、すげえリスキーなことだ。
イフリートなら乗ってくる、と確信はしていたが、一歩間違えれば取り返しのつかないことになっていたんだ。
わたし、うまくいかなかったら。
今頃焼かれて、喰われてる。
「レイ?!」
アルが呼んでいるが、ノロノロ顔を上げることしか出来ない。
アルが近寄って、片手でわたしを抱き締めた。
片手は魔法を使いながら。
「レイ!」
「……」
「どうしたんだっ」
「……アルぅぅぅぅっ」
わたしはアルの胸に顔をうずめた。
闇雲に抱きついた。
信じられないくらいの涙が、ボタボタと溢れてくる。
強がっていた気が、完全に緩んだ。
あとは、ずっと叫んでいたんだと思う。
やだああああああ!!!!
もう、やだああああ!!!!
怖かった! 怖かったのっ!
こんな怖いの、もうやだ!
こんな怖いこと、もう絶対やんない!
……気づいたら、雨は止んで、太陽が出ていた。
雨に打たれたわたしとアルが、戦場にいるだけだった。
もう、片手ではなくて、両腕でしっかり抱きしめてくれているアル。
魔法隊の兵士たちも、みんないない。
あれ?
みんな、いない。
「魔法隊も、掃討戦に入った。もうすぐ報告が入るだろう」
静かなアルの声が、真上から聞こえる、
見上げると、痛そうな顔で私を見つめている、アル。
アルが、きゅっと腕に力を込めた。
「……何があった?」
「……イフリートが、本気出してきた。
あれは、今までみたいに遊びにつきあってくれた奴じゃない。
召喚した私を、見定めに来てた」
「召喚士として、か」
「たぶん……」
たぶん、そうだ。
もともと軽々しく呼んでいいような奴じゃない。
イフリートの力を使いたかったなら、対価を払え。
興が乗るような、何かを用意してみろ、と。
そうでなければ、焼いて喰う。
「……わたしの見込みが甘かったんだ。イフリートなら平気だって。
全然平気じゃなかったね」
「レイ……」
「ごめん。柄にもなく、取り乱した」
「……」
「次はちゃんとするから。こんな下手はもう打たないから」
「……」
「……アル、怒ってる?」
「……怒ってるよ。自分に」
アルはわたしの目から流れている涙をすくい上げた。
なんだわたし、まだ泣いているのか。
ブルーグレイの真剣な目で、悔しそうに自戒する。
「レイをこんな風に泣かせるような作戦を採用した、俺は俺を絶対に許さない」
「……アルは悪くないじゃん」
「俺の責任だ」
「わたしができるって言ったんだよ」
「それでも、だ」
ああ……。
真面目だなあ、アルは。
アルの方が泣きそうじゃん。
なんで全部、背負っちゃおうとするかな。
いつもこんなんじゃ、いつかポッキリ折れちゃうよ。
悔悟と懺悔で、凝り固まっているアル。
こんな堅物、いじってやらなきゃ、つまらん。
つまらんのだ。
わたしはいつもの様に、にへらっと笑って、アルに軽く肘鉄を食らわせた。
顔が強ばっているが、最大級の笑みを作る。
誰かさんが、楽になれるように。
アルが瞠目して、わたしを見返した。
「……ほーう、自分はMですと、認めた発言ですなあ」
「……!
そういう解釈する? 文脈おかしくない?!」
「やだあ、アルフォンソさんったら。
最近は色んな性癖が、認められる世の中ですよ?
隠さなくってもいいんですよ?」
「……そこで、微妙に女子を使ってくるところ、ムカつく」
拳を握ってわたしに殴り掛かってきたアルを、華麗に躱すわたし。わたしに速さで勝とうなど十年早いわ。
状況報告に来た兵士たちが呆れた顔で見守っていた。
でも、みんな、優しく見守ってくれていた。