17 (ニールの戦い)
エレクトロンの月面都市…『静かの海都市』。
かつて、アポロ計画で人類が初めて月面に降りたとされている場所だ。
インターネットアーカイブ財団に保存されていた過去のデータが吹っ飛んだ物の 比較的有名な出来事だったらしく、事態が落ち着いた後、人々の脳の記憶から ネットに流れた事と、それを元に制作されたドキュメンタリー映画が生き残っており、大まかなだが、把握出来ている。
それにアメリカが固定した真っ白な星条旗とアームストロング船長の最初の1歩の足跡が未だに存在しており、更にボロボロになった太陽系外探査機ボイジャーも回収して 博物館で 厳重に管理されている。
そして 静かの海に宇宙船が余裕で入れるサイズの大穴を開け、地下10km程進んだ所に都市を建設した。
かつては 水や物資の補給ポイントとして人も来ていたが、今は『プトレマイオス・クレーター』の地下に『プトレマイオス』と言う 人の都市を作り、そこが物流拠点になっている…。
つまり ここは 人が滅多に来ず、ここに住んでいるのは 大半がエレクトロンだ。
ニールは この『静かの海都市』を任せられている責任者…人の価値観だと都市長に相当する。
とは言え、皆がエレクトロン用の大型サーバーの中で暮らしている為、まともに動いているエレクトロンは120名もいない都市なのだが…。
最近の静かの海都市は 人が大量に来て昔の活気が戻ったような様子になっていた。
その為、食料プラントの生活設備を再稼働…。
ここ100年ほど放置されていたにもかかわらず、保存状態が完璧だった為、特にトラブルも無く稼働している。
如何して人が来るようになったのか?
それは 今月末に始まる地球の海の中に住むワームの掃討作戦の為だ。
ここには 地球連合が購入して預かっている大量のDLが、完璧な状態で保存されている。
何故 地球が活動拠点の地球連合が わざわざ宇宙までDLを運んでいるかと言うと、海や空の運搬能力には限りがあるからだ。
月なら1日で高度400kmの軌道に大量のDLを展開出来、その後 90分で地球のどの場所にも降ろせる。
その利便性は 毎月高額な管理料金を出すだけの価値があり、特にこう言った史上初の1個連隊での作戦では必須となる…。
地球からは 軌道エレベーターやエアトラS2を使い DLと比べ 軽く大量に積み込めるパイロットだけを月に運び、ここで軽く降下訓練を受けて地球に降下…戦闘後のDLの大半は撃墜されて海底に投棄されると想定されている。
そして、減った分のDLは 地上で生産せず、月のプトレマイオス都市で製造されて静かの海基地に保管される。
これは 軌道エレベーターで月に運んだ場合、DLの製造コストの倍のコストが掛かってしまうからだ。
それなら プトレマイオスでDLを作り、補充した方が安く済む。
真空の宇宙と この静かの海都市の境界にある宇宙港には 宇宙用トラック『スペトラ』が9機…。
軌道エレベーターから、パイロットと技術者を詰め込んだエアトラS2が2機 停泊している。
しばらくすると 10機目のスペトラが誘導用の6機のDLに連れられて入港する。
スペトラの外見は 真ん中に筒型の細長い艦橋…。
斜め上、斜め下の計4ヵ所に筒型の居住区兼倉庫を持ち、それが繋がっている。
そして、その筒の前と後ろには 弾数6発のリボルバーの回転シリンダーが付いている…ただし 装填されている弾はDLであり、口径がかなり大きい。
そして 後ろのシリンダーは 推進剤のタンクだ。
4ヵ所の筒の外には 合計24本のハーネスと呼ばれるDLに接続する命綱と電気、通信を一体化したワイヤーがあり、そのハーネスを巻き取りをする機械…ウインチが取り付けられている。
入港中のスペトラは DLに押される形で宇宙港のドックに運ばれる。
このDL小隊は 静かの海 都市が雇っているDL部隊で、繊細な出力調整が出来ないスペトラがドックの壁に衝突しないように スペトラを運ぶ部隊だ。
慣れた様子で スペトラを所定の位置で止め、縦横斜めの計16ヵ所のハーネスを引っ張り、DLの大きさの手すりに通し、スペトラに戻りウインチに繋げる。
16ヵ所全部の接続を確認後、ウインチがハーネスを巻き取り、スペトラが宙吊り状態になり、完全に固定された。
これを確認した後、今度は 別のスペトラが出航するので そちらに行く…。
入港したスペトラは すぐに補給用のDL小隊の担当に変わる。
前の4ヵ所のリボルバーシリンダーのロックを外し、シリンダーごと交換する。
新しいシリンダーの薬室には、既に調整済みのDLが6機寝かせるように装填されていて、シリンダーを交換し、後ろのシリンダーには、リボルバーの銃弾のような形の推進剤タンクを2機のDLが持ち、交換していく…こちらも計6×4の24の推進タンクを入れた。
弾を入れ終わると前と後ろの計8本のシリンダーが、リボルバーのシリンダーを戻すように収納される…。
シリンダーごと交換が出来る為、予め用意して置けば補給がすぐに完了する事が出来る これは、スペトラの大きな利点となる…。
さて、このスペトラでDLが6×4の24機運べ、今停泊しているスペトラが10機…合計で240機になる。
これを月軌道上まで打ち上げて待機させ、次のスペトラを入れる。
注文は900機なので、これを後3.75回繰り返せば終わりだ。
全行程の期間は大体、2週間…作戦開始は 4週間後なので、緊急で期間が短くなった場合でも十分に対応出来るようにしている。
エルダーからの量子通信?
『こちらコンパチ…順調そうですね…。』
『ええ皆が 頑張ってくれたお陰で かなり余裕が出ています。
何かトラブルですか?』
ニールが言う。
定期報告は 毎回している…エルダーからの連絡が来ると言う事は 高確率で予定の変更だ。
『いいえ…今の所、あなたの仕事に問題は出ていません…。
ただパイロットに問題が出ました。』
パイロットに問題?何かの問題があって予定に間に合わず、合流地点の変更だろうか?
その程度なら十分に対応可能だ。
『合流地点の変更ですか?』
『いいえ…もっと根本的な問題です。
彼らの半数が降下訓練を受けていません。』
『え…』
私の大前提が崩れた。
宇宙から降下するなら、訓練を受けているはずと思い込んでいた。
『今、地上でVRでの訓練を行っているらしいのですが、地上から対空砲火が来た場合、ほぼ確実に撃墜されてます。』
『原因は?』
『降下中に機体のオートシステムでワームの射線に入り撃墜…これは仕方の無い事なのですが、問題は オートシステムをマニュアル操作に切り替えての墜落ですね…。』
宇宙から地上に降下する場合…人の手では ピンポイントで降りる事は出来ない。
何故なら、高度な数学と現場観測技術で成り立っているからだ。
人が手動で降下した場合、必ず誤差が出て最低でも目標から10kmはズレる…。
更に天候によっては100kmもズレる事がある。
その為 降下中は完全に機体は オートで降り、完全に自分で操作が出来ないようになっている。
だが…パラシュート展開後は 目標地点の誤差修正の為、マニュアル操作に切り替えて操作する事が出来る。
だが、敵の集中砲火にさらされた場合、パイロットが パニック状態になりオートシステムを信用出来なくなり、マニュアル操作に切り替えて墜落する問題が発生する…。
これは新兵に多く見られる傾向だ。
とは言ってもしょうがないとも言える。
オート中は銃が使えないのだ…。
銃を撃てば反動でパラシュートが絡まり、墜落する危険がある…。
その為に発砲が出来ないようになっているのだが、対空砲火をされている状態で 撃ち返さないように我慢するには 相当なストレスと忍耐力を求められる。
『なら、マニュアル操作をオミットして 地上の艦から管制するしかありませんね…。
事前にエアディフェンスは 確保するのでしょうが…。』
『それでも、降下時間の兼ね合い で待てない場合があります。』
『でしょうね…。』
宇宙から降りる場合…厳密にタイムラインが決まっている。
地球を1周90分で回る機体が タイミングがズレ、次同じポイントに来るのに90分…。
90分後の戦場が 如何なっているか分からない以上、ある程度の損害覚悟で降ろす事が大半だ。
『なので、そちらにエレクトロン1個小隊を送ります。
彼女達なら ある程度なら人と友好的に話せるので 訓練教官に使って下さい。
ニールは 大隊長、中隊長各員に この話を伝えてカリキュラムの作成をお願いします。
可能な限りギリギリまで訓練を行って下さい。』
『了解…連絡を取って見ます。
通信終了』
1個小隊6名ならエアトラS2を使わず、自前で飛んだ方が圧倒的に早い。
大体3時間程度で到着するだろう。
私は 通信を切り、すぐに、大隊長に連絡をした。
期限は予定通りになりそうだ。




