24 (ワーム侵攻事件)
ナオが 砦学園都市に来てから1ヵ月が過ぎた。
この都市の生活設定が『人間が最も人間らしく暮らしていた2030年の生活』がモデルになっていた事もあって、時々驚く事もあるものの技術は 2020年のオレの居た時代の発展系で、まだ想像が出来る範囲だった。
講義が始まり席に着く…今日の講師はトヨカズからストーカー扱いされている『トヨカズの父親』だ。
彼は経済学の講義をしつつ、時よりトヨカズに視線を向ける。
その講義をトヨカズは退屈そうに聞いている。
トヨカズの隣にいるレナは 講師の話にうなずき、分からない事は 即座に検索を掛けている…。
そしてクオリアは まるで人形の様に一切動かない…VR上で何か仕事でもしてるのか?
クオリアは この都市の研究チームの手伝いをしているらしく、学校と研究室をマルチタスク状態でこなしている。
この都市の研究員は 生身のレベルでは最高品質だが、それでもエレクトロンであるクオリアには遠く及ばない。
クオリアが研究チームを乗っ取てないと良いのだけど…。
そんな事を考えながら講義を聞き、講義時間が中程になった所で…。
ガバッ…と人形状態だったクオリアが立った。
周囲の目がクオリアに向き講師も話を中断する。
「失礼…『緊急』の用が出来ました…退出しても?」
講師は後30分待てない『緊急』の意味を理解したのか…。
「分かりました…どうぞ」と許可した。
「感謝します」
VR上で片付けられなく、30分待てない案件…おそらく運営との折衝だろう。
「何かあったら連絡してくれ…。」
クオリアは 出入口のドアには行かず、窓ディスプレイの方向に進み、スライドドアを開け、搬入用のベランダに出て 柵を乗り越えて、飛び降りた。
「ちょ…ここ5階」
メスゴリラじゃあるまいし…オレは 咄嗟に窓際まで走り 下を見る。
そこにいたのはM字の機械翼を装備し量子光を放つクオリアの姿だ。
「では言ってくる。」
クオリアは ゆっくりと上昇し、クオリアを追うオレの首も上を向く。
そして建設限界高度に達すると都市の中心部に向かって一気に加速した。
パァパァーン
クオリアの後方から放たれた衝撃波が窓を振動させる。
「ソニックブーム!?」
エレクトロンは ヒューマノイドと違い、必要ならばルールを破る事が出来る。
その緊急は オーパーツの使用の禁止の法より重要で…法には無いが都市内を騒音をまき散らしながら、音速での飛行する迷惑行為よりも重要となる。
音速は350m/sだから…都市の中心まで30秒…。
「一体何が起きているんだ?」
少なくとも、いつも以上に警戒をしていて損は無いだろう。
オレは ホルスターに手を置き、リボルバーを固定しているロックピンを外し、いつでも抜ける状態にしておく…。
その日の放課後…。
レナは何かしらの異変が起きている事を感じて都市の中央区に向かい、ナオとトヨカズは 寮に戻った。
何をするにもまず情報だ。
何が起こったか正確に把握していなければ、どんなヒトだろうが対処出来ない。
それを調べる為にレナは 役所に向かったのだろう。
あそこには都市長の『アントニー・トニー』がいる。
更に中央区の警察署には 1個中隊12機のDLが配備されていて、大抵の事は何とかなり、中央区の安全は確保できる。
よって中央区に向かったレナは 生存戦略的には正しい。
さてオレは、また別の生存戦略で対応する。
都市の中心部である中央区はインフラ施設、生産施設が大量にある戦略拠点であり、攻撃を受けるとすれば、まず ここが狙われる。
なので 外周区画の寮から状況を俯瞰して対処しようとした。
トヨカズは『来るかもしれない』と神経をすり減らして、問題が起きた時に対処が出来なくならないように、普段通りで行動で特に何も警戒していない。
ナオが帰宅して1時間ほど…。
ウ~ゥ~ウ~ゥ~ウ~
ARや街頭スピーカーなどからサイレンがなる…。
「空襲警報?」
テレビの甲子園でしか聞いたことの無いサイレンが都市中の人工樹木に埋め込まれているスピーカーから聞こえる。
オレは 廊下に飛び出て 階段に向かって走る…エレベーターは住民のすし詰め状態に なっている だろうから使えない。
「なんだ ナオもそっちか…。」
途中でトヨカズと合流し、階段を上がる。
学生の対応は、大きく分けて3種類だ。
サイレンでパニックになり寮の外に出ようとする者。
設計上シェルターにもなる ここに立て籠るのが 一番安全だと判断して部屋に閉じ籠る者。
状況把握の為にネットにアクセスする者。
外に出ようとする学生は多いが、階段は すし詰め状態ほどでは無く、オレとトヨカズは 如何にか屋上まで上がる。
屋上のドアは施錠されていなく、気密を守る為に分厚いものの比較的簡単に開く。
屋上にはベンチ位しか置いてなく…後は 転落防止用の手すりが はられているだけだ。
オレ達がここに来たのは、高さを生かした情報を収集する為だ。
「トヨカズ…クオリアに連絡するぞ」
「おう」
オレは トヨカズをグループチャットに招待し、クオリアにコールする。
コールしてから1秒も立たず、クオリアが出た。
ARウィンドウにクオリアの顔が表示され、「状況!!」とオレが叫ぶ。
『私はガイダンス用クオリアです。
クオリアは 現在コールに出る事が出来ません。』
クオリアの声で事務的な丁寧さで言う。
「クソ…留守電か」
マルチタスクを行えるクオリアが留守電を使うなんて、相当じゃないか?
『私に答えられる事でしたらクオリアに代わり私が答えます。』
「なら現在の状況について何か知っている事はあるか?」
『YES…ですがその解答は秘匿扱いなっております…。
お答えする事は出来ません。』
オレは 通話を切りイラつく…。
相当にヤバい事態だってのに情報が得られない。
しかも 初動でのミスは致命的になるから ここを動く訳にも行かない。
「レナに コールしてみるのは 如何だ?」
「やってみるけど…どうせ あっちも…」
都市長の娘で強権持ち…クオリア以上に出る余裕が無いだろう。
それでもとコールをしてみようとした時、オレにコールが掛かる…レナからだ。
通話を開始し 目の前にARウィンドウが現れ、レナが表示される。
「レナ無事か?状況は分かるか?」
『ええ…今まで その事を調べていたんだから…。』
『割り込み失礼』
レナが話始めると同時に…クオリアがチャットに入った。
ARウィンドウは表示されるが『sound only』で声だけだ。
『あっクオリア来たの?なら説明をお願いできる?』
『ああ、ただ時間が惜しい…。
ナオとトヨカズは、寮の下に置いてあるドラムに乗ってくれるか?』
「で、何が起きたんだ?」
オレとトヨカズは 階段を降りながらクオリアに聞く。
『この都市に向かって『ワーム』と言う宇宙生物が向かっている。
月の人工衛星で観測した所、数は確認出来ただけで1万…海中を進んでいるから正確な数は不明』
数が多いな…。
『砦学園都市は 外で演習中のDL1個大隊…150機を投入。
通信のロストを確認。
おそらく壊滅していると思われる。
今工兵が地雷の敷設中、間に合えば5000は削れる…。
援軍として近くの『砦実験都市』、『砦研究都市』が1個大隊ずつ派遣…。
ただ、こちらが墜ちるまでに間に合うか怪しい」
「なら今こそ大量破壊兵器の出番では?」
オレとトヨカズが1階に降り 玄関前に止まっていたドラムに乗った事で動き始め、道路に出る。
『それは私の事か?
確かに限定解除すれば 十分に排除する事は可能だが…。
戦闘区域のオーパーツの投入は 許可出来ないと言われている…現在 交渉中だ。』
エレクトロンが協力する事が嫌なのか…それとも広範囲攻撃で周辺に被害が出る事を許容出来ないのか…。
「まったく…法や理念を守っても 国民がいなくなったら意味が無いだろうに…。」
確かにこれだけ科学が発達したのに、自分たちのアイデンティティを守り、あえて低水準な生活をしているのは素晴らしい事だろう…。
だが、それは国民がいての事だ。
『国民が集まったのが国家』であって『国家あっての国民』では無いのだ。
『同意する…だが、これは歴史問題も絡んでいる難しい問題だ。
今、『GO』が出たら即応出来るように高度200kmの軌道にエレクトロン1個大隊が集結している。
この部隊を投入さえ出来れば、確実に勝てる。
ただ『ラプラス』が出て来た場合、地球の消滅が確定する…。
いや前回の戦闘から見るに太陽系が消滅しても不自然しくない。』
いきなり話のスケールが大きくなったな…。
「そんなに危険なのか…その『ラプラス』ってのは?」
『危険だ…前回はエレクトロン2個大隊が投入され 全滅…その中に私もいた。
戦闘結果も完全破壊できず、無力化は したものの星系が1つ消滅した。』
1人で地球を壊滅させられる『歩く大量破壊兵器』のエレクトロン300人…が全滅って…まぁ実際バックアップは取っていたんだろうが…。
どんな規格外な相手なんだ?その『ラプラス』ってのは…。




