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10,ケーキな悪夢

 美菜が居眠りをして帰って行ったあの日から一週間経つ。時刻は大体夕方頃、あの二人が来る予定である。シュンはいつものように仕事を終え、このバッティングセンターに足を運んでいた。

「んーまだあいつら来ねーだろーな、うし、打つか」

 シュンはそう言って、バッティングの準備をする。サックからバチグロを取り出し両手にはめて、バットもケースから取り出してゲージの中へ。

 まずは体を慣らすために数回素振りをする。素振りはゆっくりではあるがとてもするどく、動きに無駄がない。さすがはプロを目指していただけの事はある。

「悪くはねえな、そろそろやるか」

 おもむろにズボンのポケットからコインを取り出し、マシンに投入する。マシンはガタンと音を立て動き出した。

「っしゃー!!来い!!」

 シュンは打席に立ち、構えを取る。やがて発射前を表すためランプが点灯される。その時にシュンはバットを引いた。

 一球目が発射される。コースは外角高め、ストライクゾーンから少し外れている。シュンもボールだと気付くが構わずバットを振り抜いた。

 ボールの軌道は一切変わること無く後ろのマットにぶつかる。

「んな?あれぇ?」

 今の空振りに首を傾げるシュン。シュンの感覚としてはばっちりだったのだろう。しかしボールは、バットに当たる事無く過ぎて行った。

「くそ、次だ次!!」

 心を切り替え次の二球目に備えて構えを取った。

 シュンはバッティングな最中、場所は変わってバッティングセンター前の駐車場。

 例にもよって高級車が一台やってきた。

 車は適当な場所に止まり、まず女性が一人車から降りてきた。美菜だ。

「んんーー、着いたぁー」

 両手を掲げて軽く背伸びをする、この時バッティングセンターから打撃の快音が一発聞こえてきた。

「おっシュン、やってますなー」

 快音の発生源をシュンと断定する美菜。伸びをしていた手を下ろし、車の前まで歩き、後ろに振り向く。程よくして車の運転席からもう一人が出てきた。

「ほら啓次、早く行くよ!」

「待って下さいお嬢様。まだお土産が後ろに……」

「もう、早くしてよねっ!!」

「すみません……」

 啓次は後部座席のドアを開け、中型の白い箱を取り出した。

 美菜は啓次を怒った口調で急かすが、その表情は笑顔だった。

「お待たせしました」

 啓次は駆け足で美菜の元へ。

「ちょ、ちょっとぉ、もっとそれ丁寧に扱いなさいよ。崩れたらどうするの!」

「……すみません、以後気を付けます」

「うむ」

 美菜はやたらと箱を気にする様子。どうやら中には壊れやすいものが入ってるようだ。

 注意された啓次は、箱に衝撃が伝わらないようにゆっくり用心しながら歩く。そんな慎重なる啓次にまたも美菜は理不尽な事を言った。

「もう啓次!!遅いっ!!」

「…………すみません……」

 丁寧に扱えと言ったばかりであるのに、今度は速く歩け。それでも啓次は嫌な顔一つせず、美菜の命令を聞きいれ、変な早歩きをする。どう説明すればいいか難しいが……パントマイムみたいな、いや実際物は持っているのでパントマイムでは無いが、顔の位置だけ平行に動き、抽象的だがロボットのような歩き方である。

 美菜は啓次が来るまで腕を組んで待っていた。

「………」

 啓次は美菜の横で止まる。追いついたのにも関わらず美菜は一向に進もうとしない。

「……お嬢様、行かないのですか」

 啓次は声を掛ける、美菜はそれと同時に啓次の方に体を向けポーズをとった。

「……啓次!!今日の私、どう!?」

「ええ、ばっちりです。かわいいです」

「フフン……♪」

 ちなみにこの質問は今日通算7回目となる。先日に啓次から、シュンが美菜の事を可愛いと言ったとの報告を受けた。それからの美菜は今まで以上容姿に気を遣うようになり、少し空いた時間があれば美容院、休み時間には、以前はそれほど興味無かったブランド品のカタログを見て、可愛いと思うものがあれば啓次に買ってくるよう遣わせた。そのペースは凄まじくなんとこの一週間で服は今までもっていた分の約二倍ほどになった。あとは髪の色も黒から茶に変えより一層可愛らしさが増している。

 これは余談であるが、雑誌の取材の時インタビューを行う記者は美菜の変化に気づき、こんな質問をした。

 急に雰囲気変わりましたよね?何か心境が変わるようなキッカケとかあったんですか、とこんな風に変化の原因について記者は訊く。美菜はこの質問に対しこう答えた。

「キッカケ、ですかー……。んー…あると言えばある、かな。まあ、ただもっと可愛くなりたかったからですね。どうですか、似合ってますか」

 記者は当然、似合ってますと答え、これに気を良くした美菜はこの日からさらに調子付き、パーマをかけウェーブにし、エステにも行くようになった。

 今日は特に気合いが入っているようで、啓次にわざわざ一流スタイリストに手配してもらい、衣装に化粧等を一流の手によって施され、美への追究は現段階で出来る最高までに仕上がっている。元々整った容姿を持つ美菜なのにここまで美を追及されると、もう眩しいくらいである。その輝きはダイヤの如くと呼んでもそれ相応であろう。

 二人はまたバッティングセンターの入り口まで歩く。美菜は自動ドアのセンサーが掛からないくらいの場所でまた止まり、さっきと同じような質問をした。

「ね、ねえ、ホント大丈夫??私なんかおかしくない??」

「全然おかしくありません」

「あ、でもさ、やっぱり……」

「大丈夫です、お嬢様。最高です。きっと俊輔だって私と同じような事を言ってくれます」

「可愛い、って言ってくれるかな……」

「ええ。でも私は…………」

 啓次は言葉を言いきらず黙ってしまう。美菜は動揺した。

「えっ何よ……い、言ってよ」

「……綺麗、だと思います」

 真っ直ぐみつめる啓次に美菜は頬を赤く染める。

「……ちょっと、やめてよ……」

 ここで急に自動ドアが開く。二人はセンサーには掛かってない、と言う事は中から。だとすると……。

「こんなとこで何やってんだお前ら」

 ドアが開いた向こう側には、シュンが腕を組んで立っていた。

「しゅしゅしゅ……」

 美菜は赤くなっていた頬がまた更に赤く染める。もう真っ赤な状態で言葉すらまともに発せられていない。面白く思ったシュンは啓次に向けこう言った。

「しゅしゅしゅ?なあ啓次、こいつ頭おかしくなったんじゃねえか?」

 啓次は微笑みながら応えた。

「ははは、かもしれません」

 ここで美菜はほんの少し正気を取り戻す。

「なな何よー啓次までーー!!」

「ははははは!」「ははははは!」

 二人が望んだ通りのリアクションをして、二人はそれを見て笑う。

「も、もう!!ほら早く中に入るわよ!!」

 からかわれた美菜は恥ずかしさのあまり、シュンを避け、ベンチへと逃げるようにして歩いて行った。

「ははは何なんだ美菜の奴、ん?おっ啓次、その箱どうしたんだ」

 シュンはベンチに座る美菜を確認し、啓次に目をやる。不自然に両手で持った白い箱が気になったみたいで中身を聞いてみる。啓次は答えた。

「これですか、これにはケーキが入ってます。後で、皆で一緒に食べましょう」

「おっいいねえ。やっぱ疲れた後には甘いもんが一番だよな」

 けっこう甘党なシュンは、ケーキを持ってきたと聞き、気を良くする。

「ははっそうですね。俊輔も仕事終わりですよね、糖分を取って体の疲れを癒しましょう……あ」

 ここで啓次はシュンと会話する中、何かに気付く。シュンも啓次が目を向けた先に同じように向けた。

「どうしたんだ?」

 そこには、二人をじっと見つめたまま口を尖らせる美菜の姿が。

「……早く行きましょうか」

「そうだな。あのお嬢様、怒るとすぐ手を出すからな」

 美菜は特に一言も口にした訳でも無いが、一体言うまで待たせるつもり言わんがばかりの目をしている。二人はそれを察知し、美菜の機嫌を損ねる前にベンチへと向かった。

 美菜はベンチの一番手前に座っていた。

「……なるほど、そうですね」

 啓次は一人何かに納得し、三つ席の在る内、奥の席に座ろうとした。

「何で啓次はそこに座るの、こっちにしなさい!!」

「えっ……!あ、はい……」

 何故、と思った啓次だが、言われた通り真ん中に座る。そしてシュンは自然に空いた席に座る事となった。

 座ったばかりの三人は特に会話をすること無く、それぞれ違った表情を浮かべる。美菜は俯いて目線だけをちらりちらりと横に向けて、何処となくまだ恥ずかしそうな表情だ。啓次は左右にいる二人を交互に見て、どちらか喋り始めるのを待っている。困った顔をしているところからとても居辛そうである。シュンは眠たいのか欠伸をする、一人だけ緊張感を感じられない。恐らく美菜の変化にも気付いていないのであろう。もし気付いていたとしてもそれほど気にしていないに違いない。

 こんな感じが五分以上続いた。普段ならすぐにでも会話が始まるものだが、座るポジションが違うだけこうも空気が変わってしまうのか。ただこの沈黙を続ける訳にもいかない。中央に座る人物が、とうとう居た堪れなくなったのかついに意を決し第一声を発した。

「あの、俊輔、そろそろ何かに気付きませんか」

「へ?何が?」

 シュンがこう応えた直後、美菜は啓次の首元を掴んでベンチから通路の隅へと連行した。

「バカ!!啓次バカ!!もうバカ!!」

「そう何度もバカと言わないで下さい……」

 啓次は美菜の顔元まで屈んで、美菜はただ啓次に吠える。その光景を一人ベンチで見ていたシュン。

「何なんだ、あいつら。つーかこれ先食っていいのか」

 これとはベンチの中央に置かれたままのケーキの事である。シュンはケーキの事を気にしている時点で見事に二人の期待を裏切っている。

 二人は依然、説教、と言うよりも小声で作戦会議らしき事を話し合っていた。

「だからさー、もうちょっと上手く言ってよ」

「あの状況ではあれが精一杯です」

「でも、もうちょっと他に言い方ってあるでしょ?シュン、きょとんとしてたよ」

「ええ……。もしかしたら俊輔はお嬢様の「はい!!ストーーップ!!啓次、今何を言おうとしたのかな??」

「あ、いや、すいません。でも気になるのでしたら御自分で直接言った方のが賢明かと……」

「……確かに、それもそうね。わかった」

 どうやら結論は出たようで、二人は再びベンチへと戻った。

「なあこれ食べて……あれ?」

 今度は美菜が中央に座る。シュンは話掛けた相手が啓次では無かったので戸惑ったが、気を取り直しまた同じことを訊こうとした。

「なあ美菜これ食っていいか」

「………」

 美菜は固まっていた。

「おい美菜?聞こえてるか?」

「………」

「おーーい」

「…………えっあ、うん」

 シュンの二度目の呼びかけに美菜は時間差で応えた。

「……大丈夫かよ……」

 こんな美菜を見てシュンは少し心配する。そんなシュンのボヤキが発せられたと同時くらいに美菜の目の色が変わった。

「……シュン!!!!」

 不用意に聞こえた大声にシュンは驚いた。

「ぬおっ!?急にでかい声を出すなよ!」

「シュン、私ね、今日、結構お洒落してみたんだけど……どうかな??」

「ん、ああ、いいんじゃない?」

 あやふやな答え方をするシュンに、求める一言が出てくるよう美菜は押し迫るように追及していった。

「何処が!!??どういう風に!!??もうちょっと具体的にっ!!」

 美菜のド迫力に、少し怖気付くシュン。

「具体的……って言われてもな……んーまあ、ザ・お嬢様って感じ?」

 この回答に美菜はイラッとした。

「……何、それ」

 そんな美菜を余所に、具体的、と言う要望を応えようと、シュンは思ったことを述べた。

「何つーか、何時もよりキラキラしてんなーって思ったぐらいだな。まあ“俺としちゃー前のが良かった”がな。まあでもよ、似合ってるよ、うん、らしくて良いよ。」

 期待していた一言は出なかった。しかも今までの努力を否定するようなことまで言った。

 美菜の心は、どん底深くまで落ち込んだ。

「シュンは前の方が良い……」

 シュンの言葉は全体的には褒めている。ただ、前のが良い、この一言は美菜にとって強烈過ぎるほどショックだった。

「…………ぅぅ……啓次ぃー……もう帰りたいぃー……」

 美菜は啓次に半泣きの顔を向け、帰りたいと嘆く。

「我慢して下さい、ケーキ食べてからにしましょう」

「…………うん……」

「場所、変わりましょうか?」

「うん……お願い」

 啓次は立ち上がり、美菜が空いた場所へのそっと移動する。そして啓次は真ん中へ、最初と同じ位置となった。

「啓次、俺、不味いこと言ったか……」

 美菜の落ち込みようにさすがシュンも心配する。

「ま、まあ……」

 どういえば良いか判らない啓次は言葉に詰まり誤魔化した。シュンとしては褒めたつもりであったから落ち込む理由なぞ解らない、ずっと顔を歪ませ美菜の方を覗く。一方、横に居る美菜は戦意喪失からか、そっぽを向き自分の携帯をいじっていた。

 この氷付いたような空気のまま沈黙は続き、時計の長い針は数字を二つほど越えて行った。

 このとても嫌な雰囲気、啓次はケーキを使って払拭しよう試みる。ケーキの箱を開け、美菜に声を張り上げこう言った。

「さ、さあ!ケーキ食べましょう!!ほら、お嬢様も!!」

 美菜は振り返ること無く応えた。

「後でいい……」

 未だに携帯をいじっている。仕方無く、啓次はシュンにケーキを勧めた。

「で、ではっ!!俊輔、どうぞ!!」

「お、おう。い、色々あるなー……。ショートにチーズか、おっモンブランあるじゃん!!いっただきーー!!」

 シュンはわざと美菜に聞こえるように言うだけ、ただまるで反応は無かった、と思いきや顔だけ振り向いた。

「恵、来るって」

 出てきた言葉はケーキの事では無い。シュンは、恵が来ると聞き、疑った。

「恵って……あいつ東京だろ?来るわけが……」

「もうあそこに居るよ」

 美菜は出入り口を指差す。

「はぁ!?」

 そこにはキャップを被った一人の女性が、三人に向けて手を振っていた。

「やっほー、久し振りー」

「何で!!」

 シュンは恵の今ある現状を全く知らない、大学を出て東京で働いていると思いこんでいたので、ここに来ることが信じられなかった。でも実際に、もう居るのだが。

 ちなみに最初に恵が美菜と会って一か月、恵は一度も東京へは戻ってはいない。彼女を呼んだのは美菜だ。美菜が恵の携帯番号を知っているのは、こことは別で何度か会っているからである。もちろん啓次はその事を知っている訳で、そしてシュンは知らない。

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