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誕生石へのエチュード  作者: なつ
第六章 アメジストはサファイアとターコイズにかしずいて
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 5

「ガラスが割れてから、1分もなかった」

「そうか、私にはかなり長い時間に感じられたが」

「その体感時間を考えても、1分ということ。そんなわずかな間に、あそこまでどうやったら運べるっていうんだよ」

 甲斐雪人は舌打ちした。その2分前に、動くべきではないと頭では考えていたというのに。もちろん、犯人を捕まえて方法を聞けば、すべての疑問は消失するわけだが。篠塚桃花が隣から不安そうに甲斐を見上げているのが分かる。もう切れるわけにはいけない。切れると、とんでもないことを口にしてしまうし、篠塚の前では遠慮したい、恥ずかしいだけだ。

 ロープの先に、今度はスージーの真下に芹沢菫は吊るされている。ちょうど、こちら側から近い位置に止められているロープが、その菫の位置まで伸びている。甲斐は、割られた窓ガラスに注意しながら、その窓の先を確認する。

「危ないぞ」

「届きそう」

 窓の先には、広くはないが人が歩けるだけの段があった。そこを利用すれば、一番近い一つのロープのところまで歩くことができる。これを利用したのは間違いない。甲斐は篠塚がついてきていないことを確認して、そのロープのところまで歩いた。かなり強固に固定されているようで、簡単には取れそうもない。それにロープ自体も、むしろ綱に近いほどの太さがあり、充分に重さに耐えられそうだ。これに滑車をつければ、あるいは運ぶことができるかもしれない。それに、1分という時間の制限もクリアできるだろう。けれど、運ぶだけでは、あそこまできれいに吊るすことはできない。

「甲斐、早く戻ってきてくれ。恐くて見ておれん」

 篠塚のハスキーな声が、ひどくぶれている。驚いた甲斐は、ゆっくりとそこを歩いて戻り、気をつけて窓をくぐった。

「怪我はしておらんか?」

「ちょっと、雅様のジャージをやぶっちゃったかも。これは、高級なものじゃないよね」

「さあな。それで、何か分かったか?」

「かなり頑丈だということ。サファイアは青だろ。だとしたら、暗示しているのは、瑠璃?」

「そうだろうな」

「とにかく、一から考え直しかも。これの方法はなんとなく想像ができた。だから、まずは瑠璃さんを探そう」

「この会場に戻ってくる可能性は?」

「菫さんよりも低いと思うけど。でも、生きている可能性があるなら、感情的にそちらを優先したほうがいい」

「方向性が見えた、ということか」

「どうだろう。でも、これでもし、瑠璃さんも殺されていたら、残されたのは誰?」

「私と、甲斐と、雅だけだ」

「そういうこと。だから、生きているとしか考えられない」

「となると、どこから探すか、ということだな」

 そもそも、今日の朝、気絶してから甲斐は日達瑠璃の姿を見ていない。もしかしたら、もうこの屋敷にいないのではないか、とも思ったが、その可能性は低い、ということになる。犯人であれば、この屋敷にいなければ犯行ができないからだ。

 けれど、もはや見ていない部屋などいない。となると、すでに調べた部屋に隠れていると考えたほうがいいだろう。それは、秘密の部屋にいる、というわけではない。一度調べられた部屋に、改めて隠れたという意味だ。こちらの行動を把握しているのなら、それは可能であろう。いくらでも方法はある。1階を調べている間は2階にいて、2階からは外の非常階段を利用して、玄関から戻ることができる。あとは2階を調べている間に、1階の部屋に隠れる、という寸法だ。逆でも同じ。

 この方法を用いれば、どこの部屋にでも今同等に隠れている可能性がある。が、甲斐ならどこの部屋を利用するだろうか?

「まずは、瑠璃さんが借りた部屋をもう一度調べてみよう」

「なぜ?」

「可能性的にそこに隠れている可能性が一番高い気がするから」

「ならそうしよう」

 甲斐の手を篠塚は握る。甲斐は、走ることなく階段を下りると、甲斐が借りた部屋のある右側へと進む。甲斐の部屋を通り過ぎ、その先が瑠璃が借りていた部屋だ。廊下には北側にしか窓がない。そのせいもあり、太陽が沈み始めた廊下はそれほど明るくない。蝉の鳴き声も、心なしか弱くなっているように感じる。

 部屋の前にたどり着くと、甲斐はそのノブを確認する。鍵はかかっていない。

「開けるよ」

 篠塚が頷くのを確認してから、甲斐はその扉をゆっくりと開く。もし、中から突然襲われてもいいように、常に緊張しながら。

 けれど、その様子はなかった。

 静かだ。

 少し進むと、ベッドが見えてくる。そこに、足が見えている。篠塚を握る手が強くなる。進むと、少しずつ全身が見えてくる。

 が、

 その胸部に、

 ナイフが刺さっている。

 そして、血が、そのナイフの柄の近くまで赤く、シルクのパジャマも、シーツも、すべてが、赤く。

 両手を、萌と同じように広げ、けれど、目は閉じている。

「甲斐!」

 篠塚のその声は、すでに遠くから聞こえていた。甲斐は、走り出している。後ろから、篠塚が懸命に追いかけてくる。

 甲斐の足は、2階へ。

「甲斐!」

 息を切らせて、篠塚が追いつく。

「ばか者、いきなり私を置いていくな。心臓が止まるかと思ったぞ」

「ここがどこか分かる?」

「雅の部屋であろう?」

「これで、残ったのは3人だね」


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