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誕生石へのエチュード  作者: なつ
第四章 パールとルビーが重なって
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 6

 篠塚桃花は、甲斐雪人に続いて芹沢丁子の仕事場に足を踏み入れた。左右のブックシェルは大きいが、すでに容量を超えているようで、一部本が積まれるように置かれている。また、赤色のカーペットにも何冊もの本が落ちている。その中央に、人の形に白いロープが置かれている。おそらくここに丁子が倒れていたのだろう。

「いつの間に?」

 甲斐が驚いた表情で振り返ると、それに芹沢雅が俯き加減で答える。

「昨日、甲斐君と桃花と、瑠璃ちゃんが下にいたとき、スージー捜査官の指示で、その、お父様は外へ運び出しました。念のために、司法解剖に回すようなことを、言っていましたわ」

「外へ? そんなはずはないだろう?」

 あの時のことを思い出しながら、篠塚は首を捻る。何らかの理由で外へ出たとしても、必ずあの門を通ることになる。そうなると、セキュリティーの関係でこの屋敷にはそれが伝わるはずだ。その疑問に、芹沢茜が腕を組んだまま答える。

「いや、外といっても、屋敷の外、という意味。この敷地の外じゃない。スージー捜査官には、以前から研究棟として一棟貸してあるから、そこに」

 甲斐はその返事まで聞くと、床のカーペットを見ている。篠塚もその視線を追う。白いロープの、右手の先に、確かに何か字らしいものが見える。もっと色の違うものを利用すれば、はっきりと読むことができたのだろうに、なぜか赤い塗料を使って書かれている。おそらくは、血、なのだろう。あるいは、逆に赤い色で書くことですぐに気づかれないようにしたのかもしれない。

 だが、なぜ、血を使ったのだろうか。

 篠塚の疑問に気づかないのか、甲斐はその後部屋の中をぐるりと歩いて回る。奥の窓近くにあるデスク、そこから一度外を見下ろし、本棚の背後と続く。

 死因はロープによる絞殺であろうとスージーはあの取調べで言ったはずだ。あるいは、それが絶対ではないから、死体を解剖することにしたのだろうか。それなら、それも分かる。だが、問題はそこではない。

 いつこの文字が書かれたのか。

 そして、何の血を使って書いたのか、ということだ。

 文字はおそらく翠と書かれているのだろう。甲斐は確か、羽と卒の二文字ではないか、と言っていたが。縦に並んでいることから、一文字の可能性のほうが高い。

 そして、この文字が指し示す人物は一人しかいない。けれど、先ほどの疑問が再び問題となる。果たして、その人物に、何の意味があるのか。ただのミスリードなのか、それ以上の意味があるのか。丁子がなぜ、この文字を選んだのか。あるいは、この文字を書いたのは、丁子ではないのか。

「だめだ、やっぱりこの部屋にもいないみたい」

 肩をすくめるように、甲斐は首を振る。篠塚も、甲斐の後に続き部屋を見て回るが、誰かが隠れられるようなスペースもないし、誰もいないのは確かだ。

 それから、雅と茜もそろって部屋を出る。部屋の外には、震える芹沢菫を支えるように芹沢浅葱と芹沢鴇が立っている。彼らにも、この部屋に誰もいなかったことを伝えると、そのまま次は芹沢萌の部屋に向かう。

 そちらに近づくと、血の匂いが強くなる。昨日に比べればましではあるが、それでもまだ鼻につく。

 二つ目の扉の前で甲斐は立ち止まると、一度深呼吸をする。

「念のため確認するけど、萌さんは、動かしてないよね」

「ええ。当然そのような指示は誰からもなかったですから、昨日のままのはずです」

「それなら、女性はあまり見ないほうがいいと思うけど」

「わたくしは、大丈夫です」

「あたしも」

「私は甲斐と同じものを見る」

「あーっと、俺らは、また外で待ってるよ」

 菫を支えながら、鴇が代表して答える。甲斐は頷いてから、扉のノブに手をかけた。篠塚も、そのすぐ後ろで、甲斐の様子を見守る。丁子の部屋の前よりも、慎重な動きだ。それだけ、状況が凄惨だったのだろう。それは、この匂いからも想像できる。

 想像はできるが、それだけだ。

「開けるよ」

 そう言ってから、甲斐は扉を開けた。

 部屋の作りは、蘇芳のものと変わらない。けれど、雰囲気は落ち着いている。薄いブルーを多く用いた内装で、それだけでヒーリング効果がありそうだ。少し進むと広いスペースになっていて、ベッドが左手にある。その周りに、おびただしい量の血の跡。

 跡だけ。

「萌さんは、動かしてないって、言った?」

「ええ、言いましたわ」

 けれど、どう見てもそこに萌の姿はなかった。


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