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芹沢萌の部屋に踏み込む直前に、篠塚桃花は甲斐雪人の腕をつかんだ。そのときには、芹沢蘇芳と芹沢浅葱は部屋に入り込んでいたし、後から来た芹沢鴇もすぐに続いた。短い悲鳴が聞こえ、想像したくない惨状がそこに広がっていることは嫌でも頭に浮かんだ。篠塚の手が、自分でも分かるくらい震えている。
すぐに浅葱が出てきて、芹沢雅と芹沢菫、日達瑠璃を制止する。つまり、女性に見せるべきではない状況なのだ。が、浅葱は甲斐を見ると、中を見るようジェスチャーする。甲斐の喉が動く振動が伝わってくる。
続いて出てきた鴇が、スージー・F・パールを連れてくると言い残して、廊下を走って戻っていく。甲斐は、ゆっくりと扉に近づいていく。篠塚はそれについていく。
「来ないほうがいい」
甲斐が小さく囁く。けれど、篠塚は首を振る。どうして首を振ったのか分からない。できれば、見たくないのだけど、甲斐と離れたくないと本能がそう言っている。
部屋の中は暗い。まだ外からの光が充分に入って来てもよさそうなものだが、閉められているようだ。それに、室内の明かりは、オレンジ色の蝋燭が一つ、ベッドの近くの壁に灯っているだけ。入ってすぐ、甲斐の動きが止まる。そっと篠塚が見上げると、その表情は青く、震えている。
その視線の先を、篠塚は追いかける。
ベッドの上に。
両手を、まるでそこに大きな樽でも抱えているように、広げ。
けれど、動かない。
シーツまで真っ赤に染まっている。
まるで、一つの芸術作品のように、そこに横たわっている。
その胸に、一本のナイフが刺さっている。
揺らめく光に照らされて、最初から動くことのない、オブジェのように。
ああ、やはり見るべきではなかった。
「くそぅ」
蘇芳が振り返ると、甲斐と篠塚二人を強引に部屋の外へ連れ出す。その目が、怒りに震えているのが分かる。
「どうしたの、お母様は?」
菫が蘇芳に駆け寄るが、答える代わりに見たこともないほど冷たい目を菫に与えた。その表情に、菫は腰を抜かしたように、倒れる。
「ちょっと、お兄様、何をするの? 中は?」
「臭いで分かるだろう。隠しようがない」
確かに、おそろしいまでの血の臭いが漂っている。こんな状況では、中を見なくても最悪の事態は想像できる。
「そんなっ、お母様まで?」
「はん、そんな演技どうでもいいね。この中の誰かがやったんだ。誰だ?」
蘇芳の迫力に、篠塚は甲斐を握る手に力が入る。
「そんな、お兄様は私たちを疑うの?」
「それ以外の誰がやるっていうんだ。どう考えてもここにいるメンバーしか考えられないだろうが」
「それならお兄様だって、同じじゃない。お兄様が犯人じゃないのかしら」
「俺は自分が犯人じゃないと知っている」
「そんなもの証拠にならないわ。二人がなくなれば、お兄様が仕事を独占できるものね」
「それこそ冗談じゃない。そんなことのために人を殺すほど、俺は仕事好きじゃないものでね」
「どうかしら?」
「やめてっ!」
雅の、ハープのような声が高いトーンで2階に響く。
「お願い、やめて。わたくしたちがこんなところで言い争っても、どうしようもならないわ。とにかく、今はスージー教授を待ちましょう?」
「……すまない」
蘇芳が首を振って、その場に座り込む。それに吊られるように、雅も、菫もその場に座ってしまう。確かに、立っていられるような状況ではない。甲斐を見上げると、甲斐の表情もおそろしいまでにやつれている。
篠塚は甲斐の腕を引くと、一緒にそこに座り込む。それに習うように、浅葱も瑠璃もそこに座り込んでしまう。
誰も一言も発しない。
ただ、血の臭いだけが、漂っている。
やはり見るべきではなかった。
蝋燭のゆらめく光の中、その表情は目を見開き、最後の最後まで、その犯人を睨んでいたのだろう。
もしも網膜のその情報が残るのだとしたら、多くの完全犯罪の完全性が失われてしまうのだろう。だが、そんな情報は残らない。最後に萌が何を見ていたのか、分からない。ただ、与えられたのは残されたこの状況だけだ。
「あれ、みんな、どうしたんだ?」
廊下の先から、鴇が戻ってくる。それに蘇芳が代表して、疲れた、と完結に答える。
「それよりも、スージー捜査官は?」
「それが、どこにも見当たらないんだ」




